3.3.20 女難
――王国歴 301年 初春 貴族連合討伐軍 診療所
ザエラは重たい瞼を気合で開ける。そして、力を入れて起き上がろうとすると、節々に痛みが走り身体が動かない。
「ヨセフ少将は診療所の医療従事者もろとも絶滅させる気か」
ザエラは思わず、ヨセフ少将への恨み言を小声でつぶやく。
ヨセフ少将の部隊は、連日、セリシア少将率いる重装騎兵に蹂躙され、敗戦続きだ。多くの負傷兵が診療所に運びこまれ、朝早くから夜遅くまで手術が続いていた。
白エルフは生命魔法には優れるが、手術の経験者はいない。三人では治療しきれず、心得のあるララファ、フィーナまで動員した。全力を尽くしたが、救えない者も大勢いた。彼らは虚しさと疲労に包まれて、休憩室で泥のように眠りについた。
頭が冴えて来ると、隣にアイラが寝ていることに気づいた。お互いの顔は近く、アイラの寝息がザエラの頬にかかる。
(目にくまができて、彼女もつかれているな。優しい子に辛い思いをさせたな)
まじまじとアイラの顔を見ていると、愛おしくなり髪を手をかける。アイラはふと目を覚ますと顔を近づけ、唇を重ねて来た。下唇に吸い付き優しく嚙みながら唇を離す。
ザエラは耐えきれなくなり、アイラの顔を抑えて舌を絡ませようとした。すると、「ああ、もう朝か……寝たりないわね」と言いながら、アイラの隣で寝ていたティアラが起き上がる。二人は慌てて顔を離した。
「今日は安息日だから負傷者は来ないわね。湯浴みをしたら朝食に行かない?」
アイラは起き上がるとティアラに声をかける。ティアラは頷くと着替えを取りに先に自室に戻ると言い、部屋を出ていく。
「すぐに欲情に流される情けない男。貴方を好きだと勘違いしないでね」
アイラは冷たくザエラに言い放ち、ティアラの後を追う。
(俺は試されたのか……女という生き物は難しいな)
ザエラは気持ちを入れ替えるように両手で顔を叩く。
そして、今日はエキドナ大佐と面会する日であることを思い出した。ザエラは身体の痛みに堪えながら起き上がる。
――貴族連合討伐軍 西方軍 訓練場
(眠い……、寒い……、頭に血が上る……)
ザエラは、レーヴェ大尉とその部下たちと共に、寒空の中、上半身裸で逆立ちをしていた。頭に血が上り、腕を振るわせながら必死に耐える。
「うがあぁ、全然大したことはないぞうぉ。まだまだ大丈夫だ」
レーヴェ大尉は大声を上げて気合を入れる。
先日の戦いでレーヴェ大尉を救助したところ、剣術を教えて欲しいと懇願された。そこで、二刀流・剣極の職業を持つエキドナ大佐と面会することを伝えたら、ぜひ会いたいと付いて来たのだ。
エキドナ大佐は銀髪に褐色の肌をした女性だ。初めて挨拶をしたとき、俯き加減に鋭い目つきで見つめられた。二刀流を教えて欲しいとお願いしたところ、ついて来いと訓練場へと案内され、逆立ちするように命じられた。
エキドナ大佐は逆立ちをする男たちを見ながら声を掛ける。
「みんないい体をしているな。しかし、二刀流を極めるには体幹と両腕の筋力を均等に鍛える必要がある。逆立ちは最も効率の良い特訓だ。数時間耐えれるようになれば剣術を教えてやる」
(なるほど、そういうことか。不愛想だが決して悪い奴ではないのだな)
ザエラは歯を食いしばり逆立ちを続けた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ふう、疲れたな。お前の尻を貸せ」
エキドナ大佐はと逆立ちしているザエラの尻の上に腰かける。
エキドナ大佐の引き締まったお尻と太腿の感触が心地よい反面、両腕に体重が掛かり折れてしまいそうだ。
「そういえば、私に質問があると
ザエラは声を震わせながらエキドナ大佐に質問する。
「ああ、王族の前で人族と魔人の本質は同じと豪語した男の器量が図りたくてな」
エキドナ大佐はザエラの股に手を添えて摩り始める。
ザエラのモノは見る見るうちにに元気になり、ズボンからはち切れそうだ。頭の中が気持ちよさと腕の痛みで混乱してくる。
(悪い奴ではないと思っていたのに、女はよくわからない。しかし、これ以上摩られると耐えられなさそうだ。アイラの件といい、サーシャがいなくて溜まっているな)
ザエラは欲望に流されないように冷静に自分を分析していた。
「ふふ、大した器量だな」
エキドナ大佐はザエラの怒張したモノを指で弾くと起き上がり、終了の合図を伝える。男たちは地面に大の字になり、大きく息を吸う。
「毎日続けろよ。次の安息日には剣術を教えてやる」
エキドナ大佐はそう言い捨てて立ち去る。
「やってやるぞぉ、俺は強くなるんだぁぁ」
レーヴェ大尉は大声で叫ぶ。
レーヴェ大尉とその部下たちは同じ部族の出身で、弓が下手なため肩身の狭い思いをしてきたそうだ。弓矢が通じない敵を倒すことで見返したいのだろう。
――貴族連合討伐軍 第一王女本陣
ザエラはレーヴェ大尉と会話しながら自軍へ戻る。
「なあぁ、中佐殿、なんで戦場で戦わないんですかぁ」
レーヴェ大尉は不満そうにザエラに問いかける。
「
ザエラは仕方なさそうに答える。
また一方で、連敗続きの白エルフを気の毒に感じながらも、シュバイツ伯爵からの依頼の中に戦場における戦功は含まれおらず、危険を冒してまで自発的に助ける気にはなれないでいた。
「俺の部隊はぁ、怪我の回復が優れないと言い訳して戦場には参加していない。同じ奴らが沢山いるらしいぞぉ。もう、
「上官の批判は軍事規定に反するぞぉ。俺が参加しても状況は同じだぁ」
レーヴェ大佐の声真似をして、とぼけた調子でザエラは答える。
「これから本陣で軍事会議だろうぉ、何かあると思うぞぉ」
と言い残し、レーヴェ大尉は部下たちと食堂に向かう。
ザエラの夕食は軍事会議の後だ。空腹を我慢しながら本陣へと向かう。
◇ ◇ ◇ ◇
軍事会議は暗くて重たい雰囲気に包まれる。連敗中だから仕方ない。
「死者一千に、負傷者三千か……散々な状況だが、診察所の頑張りがなければ死者はさらに増えていたであろう。診療所で陣頭指揮を取られたザエラ中佐に感謝したい」
第一王女はザエラに向かい礼を述べる。周りの将官たちも好意的な目でザエラを見つめる。ただ一人、ヨセフ少将を除いては。
「さて、この状況を打破すべく新たな人事を発令する。ザエラ中佐を副大将に任命する。囚われた者を殺すことなく奴隷商を退けたこと、治療により、多くの兵士の命を救ったことを評価したものだ。謹んで受けるが良い」
ザエラは立ち上がると、第一王女の前に跪き、任命書を受け取る。
「ヨセフ少将から何かあるか?階級は彼が下だが、わらわに次ぐ最高責任者となる。お主は副大将補佐として、彼の指示に従い、己の糧とするように」
ヨセフ少将はうつむいたまま第一王女の問いかけを無視した。
(シュバイツ公爵の長男と聞いていたが、まさか降格させられるとは。俺の部隊による負傷兵の救出許可を彼に申請したときは、不遜な態度で渋々了承していた。彼と仲良くすることは不可能だろう)
ザエラは表情を変えることなく心の中で深くため息を付いた。
「それでは、ザエラ副大将。明日からの戦術について説明を頼む」
(毎日のように彼女の自室で魔術回路の活性化の施術をしているが、事前に何も聞かされていないぞ。あんなにお喋りなのにどういうことだ)
第一王女の突然の無茶ぶりに内心動揺しながら、
「畏まりました。それではご説明させていただきます」
とザエラは自信に満ち溢れた様子で喋り始めた。
――第一王女陣営 ヨハン少将宿舎
「やはり父は私に愛想を尽かせたようだ。私はどうしたらいいんだ」
ヨセフ少将は頭を掻きむしりながら嘆く。
「兄さん、
目の前に座る女性は慰めるように優しく声をかける。
「そうだな、変われない者は生き残れない。私も泥臭く生き抜いて見せるよ」
「うん、兄さんには期待しているわ」
(兄さん、ごめんなさい。父さんに彼を副大将に任命するようにお願いしたのは私なの。貴方にシャーロット様の望みを叶える器量はないわ)
と心の中で謝りながら、女性は満面の笑みを浮かべてヨセフ少将を励ました。
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