3.3.19 敗戦
――王国歴 301年 初春 西方軍 ヨセフ少将 vs セリシア少将
――セリシア少将陣営
「敵は半円状に陣を構え、中心後方に本陣を構えています」
偵察兵は第一王女陣営の陣形を報告する。
セリシア少将は報告を聞くと部下たちに指示を出す。
「奴隷商が排除されたので、援軍が来たのかと警戒したが、陣形は相変わらずだな。こちらは、主力の幻影重騎兵二千と軽装騎兵三千を中央に配置、両翼に重装歩兵と軽装歩兵をそれぞれ二千五百だ。中央は私とクレマン大佐、左翼はジル中佐、右翼はジャック中佐とする。しばらくは様子見だ、深追いはするなよ」
部下たちはすぐさま本陣を離れ、陣編成のため自らの部隊へと戻る。セリシア少将とクレマン大佐は中央軍の編成について協議を始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
セリシア少将が合図を送ると、中央の騎兵隊と両翼の歩兵隊が進軍を開始した。
半円状に陣を敷く敵部隊から一斉に弓矢が発射され、前方中央を疾走するセリシア少佐とクレマン大佐の騎兵隊へ、空を黒く覆いつくすように弓矢が降り注ぐ。
「幻影重装騎兵は軽装騎兵の外周を囲み、‟
セシリア少佐の指示で騎兵隊は素早く陣形を整え、四方からの弓矢を防ぎながら進軍を続ける。間もなく三角形の突撃陣形が半円の敵陣に包みこまれる形となる。
「セリシア少佐、間もなく両翼の歩兵部隊が敵陣と接触します」
クレマン大佐がセリシア少佐に並走しながら大声で伝える。
「よし、両脇からの弓矢が止れば後背の心配はなくなる。クレマン大佐、敵が精密斉射に移行すると二手で別れる。龍鎖の陣で敵陣を蹂躙するぞ」
「畏まりました。しかし、様子見のはずではございませんでしたか?」
と言いながら、セリシア少将に笑いかける。その顔には
セリシア少将はクレマン大佐の顔を指さし、
「精密斉射の標的にされているぞ、二手に分かれよう」
と言うと、二人は前方に‟幻影盾”を展開させ部隊を二分して離れていく。
幻影重装騎兵が軽装騎兵の外側を並走し、精密斉射を‟幻影盾”で防ぐことで騎兵隊は速度を保つ。そして、まるで二匹の龍のようにうねりながら敵前衛に食らいついた。
――ヨセフ少将陣営
「精密斉射でも敵騎兵は速度を落としません。二手に分かれて自陣に侵入しました。いかがいたしましょう」
ヨセフ少将は副官からの報告を聞くと青ざめた顔でその場で硬直する。
(やはり、同じ手は通用しないか……接近戦では騎兵には勝てぬ。くそ、どうしたら、どうしたらいい……)
ザエラ中佐の「変われない者は生き残れない」という言葉が頭をよぎる。
(今さら弓以外の訓練を始めても間に合わない。何を変えれば生き残れるのだ)
「我が陣の前衛部隊が突破されました。イルポ大佐、ラッセ大佐が討ち死にされています。なにとぞ、早急のご指示を」
副官は黙り込むヨセフ少将を急かすように指示を仰ぐ。
ヨセフ少将は副官を睨みながら、
「うるさい、私に指図するな。そうだ、レーヴェ大尉の独立中隊にでも止めさせろ」
と怒鳴りつける。
ヨセフ少将は弓が下手な隊員を寄せ集めた独立中隊をふと思い出した。これまで後方待機させていたが、ザエラ中佐に感化されて前線に出たいと要望を受けていたのだ。
(くそ、奴らに時間を稼がせて撤退するか)
ヨセフ少将は早くも撤退について考え始めていた。
独立中隊に指示すべくその場から離れた副官が再び姿を見せると、
「彼らは既に敵騎兵に接近しているとのことです。自軍をなぎ倒しながらですが」
とヨセフ少将に報告した。
――セリシア少将率いる騎兵隊
二尾の龍が交互に鎖を描くように交差しながら敵軍を進む。
セリシア少将とクレマン大佐は交差したときに短く会話する。
「今回も余裕ですな、このまま本陣まで攻め入りますか?」
「相変わらず脆すぎるな、まさかこれで終わるはずはあるまい。なんだあれは?」
セリシア少将が指さす前方に、自軍を蹴散らしながら突撃してくる敵部隊が現れた。先頭の敵兵は
先頭の敵兵が後方に指示を出す。
「いいかぁ、このまま牛を敵の馬にぶつけて動きを止める。そこから乱戦に持ち込み敵将の首を上げるぞお」
「ドカン、ドカン」、「ヒヒーン」、黒水牛と軍馬が衝突する音が辺りに響き渡る。白エルフに珍しい大柄な男、レーヴェ大尉とその部下たちは、鮮やかな身のこなしで
「あの湾刀、盾を避けながら体を切りつけることができる。厄介な武器です」
クレマン大佐は敵兵の動きを観察しながらセリシア少将へ叫ぶ。
敵兵を圧倒していた騎兵隊が勢いを失い、突然現れた伏兵に混乱していた。
「慌てるな、所詮、伏兵は少数だ。隊列を整えろ」
セシリア少佐が一喝すると、騎兵隊は隊列を整え、複数で伏兵を相手にする。
レーヴェ大尉がセリシア少将に気づくと、
「お前があぁ、敵将か。いざ勝負だ」
と言いながら斬りかかる。
セリシア少将は
すると、セリシア少将の頭上に斧槍が突如現れ、レーヴェ大尉を切りつける。レーヴェ大尉はうめき声を上げながら地面を転がる。
セリシア少将は、恨めしそうに睨みつけるレーヴェ大尉に近づき、
「私の‟
と言いながら、レーヴェ大尉の頭上に斧槍を振り下ろした。
「ガキン」、眼帯をした兵士が見慣れぬ刀を差し込み、寸前で斧槍を止める。
「なんだ、貴様は」、セリシア少将は斧槍を再び振り下ろそうとする。しかし、その兵士はレーヴェ大尉を抱きかかえると素早く立ち去り、セリシア少将の視界から消えた。
「敵の医療兵でしょう。我が部隊の兵士からも同様の報告がありました。さて、今日は十分な成果を得ておりますし、退却いたしませんか?」
「そうだな、釈然としないが、全軍退却だ」
セリシア少将はクレマン大佐の提案を受け入れて全軍に退却を命じる。
セリシア少将の部隊が退却した後には蹂躙された白エルフの骸が広がる。
――診療所
「身体に裂傷のある重症患者をこちらにならべて。片っ端から手術するわよ」
診療所には開戦早々、大勢の白エルフの怪我人が担ぎこまれた。ティアラは助手のアイラと共に重症患者の手術に取り掛かる。
二人が懸命に手術を続ける最中、ザエラが大柄な白エルフを担いで現れた。
「二人ともご苦労様。彼の手術をするから空いている手術台を借りるよ」
と言いながら、ザエラはレーヴェ大尉を手術台に乗せる。
「今日の戦争は終わったの?」
心配そうにティアラが質問する。
「ああ、終わった。完敗だ。ララファ、フィーナ隊に負傷兵の搬送を指示しているから、まだまだ重症患者は増えるよ。これからが踏ん張りどころだ」
「私は大丈夫。アイラは二人の助手で大変だけどお願いね」
アイラは無言で力強く頷く。三人の夜通しの手術が始まる。
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