第三章 王位戦定(最西端の戦い)

3.3.18 奴隷商

――王国歴 301年 初春 ガルミット王国 ミハエラ西方軍


セリシア少将が西方軍の戦略会議から戻り、部下たちが控える天幕へと入る。


セリシア少将が入るやいなや、

「我々の相手は白エルフ共ですか?」

と部下たちは待ち侘びていたように敵軍について質問する。


質問に答えることなく天幕の奥へと進み、部下たちを前にすると、

「西方軍指揮官、ミハエラ中将から第一王女シャーロット軍を撃破するように下知を受けた。休戦前と同じく、白エルフのヨセフ少将の部隊と交戦する」

と腹の底から響く声で叫ぶ。


「それは吉報ですな。奴らの弓矢では我ら幻影重装騎兵を止めることはできません」

部下の一人が勝利を確信したかのように断言する。


「ああ、だが、中将からは半月で敵軍を壊滅するように指示を受けている。決して気は抜かぬようによろしく頼む」


「畏まりました。我らにお任せください。ところで達はいかがいたしましょうか?短期決戦には邪魔なので退去させたほうが良いかと」


「そのままにしておけ。敵の戦意を削ぐには使える奴らだ」


(それにしても、ミハエラ中将はお人が変わられた。半月で敵軍を壊滅させろなどと命令される方ではなかった。何が彼をあそこまで変えたのだろうか)

これまでになく厳しい表情で各少将に支持を出すミハエラ中将の姿を思い出しながら、セリシア少将はその理由わけを考えていた。


◇ ◇ ◇ ◇


「バーン、バーン」、銅鑼の音が辺りに鳴り響く。


台車を引き連れた男たちが銅鑼の音を響かせながら、戦場へ移動中のヨセフ少将の部隊へと近づく。


「ヨセフの旦那、お久しぶりです。奴隷商ガラモンです。いつもお世話になりやす」

顔に刺青を入れ、無精ひげを生やした男がニヤニヤしながら声をかける。


ヨセフ少将はあからさまに嫌な顔をしてガラモンを睨みつける。その一方で兵士たちは辛そうな表情で台車を見上げている。


「さあ、お仲間があちらで助けを求めております。いつもの決闘ゲームをいたしましょう。誇り高き白エルフの将よ」

と言いながら、ガラモンが指さす方向には百台近い台車が並ぶ。


台車に立てられた十字架には、裸の白エルフが縛られて力なくうなだれている。その周りを囲うように十名程度の傭兵が長槍を構えて警備に当たる。


「きさま、我らの仲間を今すぐ解放しろ」

兵士の一人が耐え切れず、小刀を振りかざしガラモンに斬りかかる――が、隣にいた二メルクはある鉄仮面の大男に殴られて吹き飛ぶ。


「冬の間に約束を忘れたのですかね。改めて思いださせていただきやしょう」

と言いながら、ガラモンが合図をすると、十字架に縛られた女性の白エルフが傭兵の長槍で心臓を一突きされる。絶叫と共に口から血が吹き出る。


「さあ、兵士を選んでください。ヨセフの旦那」

ガラモンはドスの利いた声でヨセフ少将に凄みを利かせる。


◇ ◇ ◇ ◇


ザエラとカロルは、ベロニカが操縦する二体の飛竜に乗り、上空から奴隷商と白エルフたちを観察する。二体とも‟擬態カモフラージュ”で姿を消しているため、互いの位置は分からない。


《あれが王女から退治を依頼された奴隷商の連中か。カロル見えるか?》

とザエラはカロルに念話で問いかける。


《よく見えているよ。百人近く捕らわれているようだね》

とカロルからすぐに返信が来る。


十字架に縛られた白エルフが心臓を一突きされるのを見ると、ザエラは飛竜を急降下させる。そして、その白エルフを目掛けて聖魔法‟回復弾ヒーリングショット”を数発放つ。


(心臓が止まったが脳はまだ生きているはずだ、一命を取り止めるといいのだが)

ザエラは心臓を一突きされた白エルフの様子を心配そうに見つめる。


しばらくすると、ヨセフ少将が選んだ兵士と鉄仮面の大男が一対一で対戦を始めた。第一王女によると、大男に勝つと捕らわれた仲間が一名解放されるが、負ければ奴隷にされてしまうらしい。


大男は全身を鎧に覆われている。白エルフの弓矢や小刀は鎧を貫通せず、魔法攻撃も弾かれる。近距離戦のため、精密な長距離攻撃も生かせない。


《当初の手筈通りで頼む》

とカロルに念話すると、ザエラは‟完全擬態P・カモフラージュ”で姿を消したまま、低空飛行をする飛竜から飛び降りた。


◇ ◇ ◇ ◇


四人目の白エルフの兵士が、大男の周りを残像を作りながら高速に移動し、相手の隙を伺う。‟音速駆動ソニック・ムーブメント”のスキルだろう。大男は無闇に棍棒を振りまわすと、勢いのあまり体勢を崩して地面に仰向けになる。


「もらった!」、兵士は防具のつなぎ目を狙い小刀を振り落ろす。しかし、小刀が届く前に、大男の拳が兵士の顎を砕く。「バキッ、グシャ」、大男は気を失い地面に横たわる兵士の顔面を何度も殴りつける。


「それくらいにしておきなさい。売り物にならなくなる。さあ、次の挑戦者はどなたでございやすか?それとも、今日は終わりにしますか?」

ガラモンはヨセフ少将に問いかける。


ヨセフ少将が口を開こうとした瞬間、一人の兵士が手を上げて志願する。両目に眼帯を巻いた兵士だ。ガラモンはじろじろと兵士を見つめる。


「傷ものですか……値が下がりますが、仕方ありやせんね」


兵士は剣を抜き、大男と対峙する。長物を扱う敵に警戒した大男は大盾を装備し、少しづつ兵士に近づく。そして、咆哮を上げて兵士に棍棒を振り下ろす。


しかし、兵士は動かない。棍棒が兵士の頭を砕く寸前に大男の動きが止る。まるで、紐で縛りつけられたように体を捻じらせながら苦しそうにもがく。


兵士は大男の苦しそうな様子を見ながら、

「私の糸は頑丈だから逃げることはできない。そのまま死ぬがよい」

と言うと、大男の頭上に複数の魔方陣が現れる。そして、魔方陣から発射された‟鉄の杭パイル・オブ・アイロン”が、大男の全身を串刺しにする。


「貴様……何者だ、こちらには人質がいるのだぞ」

ガラモンが叫ぶと同時に、巨大蜘蛛に騎乗したアルケノイドが‟擬態”を解いてすべての台車に出現する。そして、素早い動きで瞬く間に傭兵を槍で仕留める。


兵士は眼帯を外すと赤い眼が現れる。ザエラが兵士に化けて時間を稼ぐ間に、カロルが上空からララファ、フィーナ隊に指示して配置に付かせていたのだ。ちなみに、テレサから染料を分けてもらい、ザエラは髪の毛を金髪に染めていた。


アルケノイドは十字架に縛られた白エルフを解放すると巨大蜘蛛の後ろに乗せて、白エルフの部隊に近づく。兵士たちが歓声と共に解放された仲間へと駆け寄る。そして、泣きながら抱きしめ合う。さらに、心臓を貫かれた女性が生きていることが分かると、ひときわ大きな歓声に辺りが包まれた。


◇ ◇ ◇ ◇


既に奴隷として売られた白エルフについては、ガラモンに販売先を白状させた。ヨセフ少将がシュバイツ伯爵に早馬を出して保護を依頼する。


ザエラは縄で縛られたガラモンとその部下を見ながら、

「奴らをなぜ殺さない?仲間を辱められたのだぞ?」

とヨセフ少将に問い詰める。


「民間人を無闇に殺すのは我ら種族の評判を落としてしまう。貴公と違い、我らはシュバイツ伯爵様に仕える高貴なる一族なのだ」

世間体に拘るヨセフ少将の言葉はザエラに不快感を覚えた。


ザエラは苛立ちを隠すことなく、

「では、奴らが来るのを把握しておきながら、なぜ近接戦の備えをしない?」

とさらにヨセフ少将を問い詰める。


ヨセフ少将は顔を紅潮させて、

「それは、我ら種族の古くからの教えだ。白エルフは弓の鍛錬に一生を捧げることが戦士としての誉れなのだ。それはそうと、貴公の言葉遣いは失礼ではないか?王女の依頼とはいえ、協力には感謝するが、階級は私の方が上だ」

と反論し、ザエラの言葉遣いを注意する。


ザエラはヨセフ少将の言葉を無視し、ガラモンたちの元へ歩み寄る。そして、長巻を抜くと、一人づつ首を跳ねていく。二人の近くにいたカロルが、ザエラの様子を心配そうに見守る。


「お前が守るべきものは何だ?種族の評判や古の教えなのか?」

返り血を浴びたザエラはヨハン少将に無表情で問いかける。


「変われない者は生き残れない」

そう言い残し、ザエラはその場を後にした。

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