3.2.25 居場所(エリス)

――王国歴 300年 晩秋 ガルミット王国 エリス離宮


「はぁ、はぁ……ふぅ」


全身を剃刀で剃り上げた屈強な男が、ガルミット王国第三王女 エリス・フォン・シュナイゼンの股にそそり立つ男根を挿入し腰を振る。彼女の体に男が触れないように、全裸の侍女がエリス王女の両足を持ち上げ股を拡げている。下着姿の彼女は汗まみれで懸命に腰を振る男をつまらなそうに見上げる。


(王都で随一の技量を持つ男娼と聞いて呼び寄せたが、何も感じぬな)


エリス王女は王宮の社交場が苦手だ。豪華絢爛なドレスに身に纏い、礼儀正しい貴族の紳士とダンスを踊ろうと、気持ちが昂ることはなく、ただ窮屈で息が詰まるのを感じた。ついには、涼しい顔してお世辞を並べる貴族たちを目にするだけで吐き気がするようになり、体調不良を理由に社交場から姿を消した。


逃げるように王室の書庫に閉じこもり、禁書を読み漁る日々が続く。そして、幼い頃から聞かされた始祖の伝記を見つけた――魔人殺しデーモン・スレイアー、王家のみが神から与えられた魔人殺しに特化した職業。その時、エリス王女はまるで神から啓示を受けたように感じた、自分こそが始祖の能力に目覚める運命にあると。


エリス王女は剣を習い始め、父(国王)にお願いして国王直轄軍の精鋭部隊を配下に加えた。国王は変わり者の娘が結婚するまでの遊戯程度に考えていた。しかし、住民に危害を加える魔人の排除や魔人が蔓延る地下迷宮の踏破など成果を出すと、彼女の実力を認めるようになり、配下は中隊規模(五百名)までに増員された。しかし、前回の戦闘で部隊は全滅してしまい、エリス王女は謹慎を命じられている。


(結婚相手が見つかるまでこのままであろうな。政略結婚で見ず知らずの男と結婚し、社交界で良妻を演じるなど反吐がでる。魔人殺しに至ることができず、あの男から与えられた性の喜びにも見放されるのであれば、生きている意味などない……死んだほうがましだ)


「エリス王女様、王室の書庫へ向かう馬車が参りました。ご支度をお願いします」

扉の外側から執事の声が聞こえると、エリス王女は一瞥することなく男娼を足で蹴り飛ばし、起き上がる。


◇ ◇ ◇ ◇


エリス王女は執事と共に馬車に乗り、王室の書庫へと向かう。


「王都一の男娼はいかがでしたか?王女様は浮かぬ顔をされているようですか」

執事はエリス王女へ笑顔で声を掛ける。謹慎を言いつけられた日から新たに赴任してきた。若くて顔が整った上品な男性だ。


(父が慰めに手配した男だろうか……私は戦場で斬り合う血生臭い野心的な男が好きなのだが……燃えるような赤毛をしたあの男のような……)


「ふん、ぬかるみを走る馬車のように体が揺れて酔いそうだった」


「戦場でお気に召した兵士を傍に置けばよいのではありませんか?しかし、王女様であれば恐れ多くて近づく者さえおりませんね」


(なんだこいつは……さきほどから親しそうに話しかけて来るな)


「軍の規律のため特定の兵士に目をかけることはしないが、私に夢中で抱き付き、押し倒す敵将がいて困ったぞ。奴を男妾にしてやれば泣いて喜んだであろうな」


ザエラを傍に置き、体と心を支配する――エリス王女は想像しただけで興奮してきた。


「おや、濡れていますね」

「そ、そんなわけないだろう」

エリス王女は恥ずかしそうに股を隠す。


「はい?馬車の外の話ですよ。雨で石畳が濡れていますね。間もなく着きますので足元にお気を付けください。ところで、その敵将はどうなりましたか?」


エリス王女は無言で執事のみぞおちに拳を打ち込む。「ガハッ」、執事は腹を抱え、息苦しそうに上品な顔を歪める。


「なれなれしいぞ。今後は私に許可なく発言することを禁ずる」

エリス王女は一人で馬車を降りて歩き出した。


(あの執事、意外と筋肉が付いているな)


◇ ◇ ◇ ◇


エリス王女は王室の書庫へ到着すると大司書長と面会する。


「大司書長、隷属魔法の魔法陣の準備はどうだ?」

「王女様、最終儀式の魔方陣の配置と魔力の充填まで完了しております」

「ご苦労であった。後は私一人で十分だ。下がってくれ」


大司書長はお辞儀をし書庫から退出した。王室の書庫には隷属魔法に関する禁書が数多く存在する。さらに書庫には隠し扉があり、隷属魔法を執り行える祭場まで存在する。隷属魔法とは隷属者から一方的に搾取する魔法ではない。隷属する代償として等価である何かを主人は与えなければならない、等価交換の契約である。しかし、世の中には手続きが不十分で隷属者に不利な契約となる場合が多い。ザエラもそれを把握した上で不完全な隷属魔法を結んだのだろう。


「これから禁書に基づき最終儀式を執り行う」


エリス王女は祭場に入ると魔法陣の中央に立ち、胸元から赤い色の液体が入る小瓶を取り出す。この液体は魔獣蚊デビルモスキートが彼から吸い出した血液だ。彼女の指をナイフで斬り、その血を小瓶に注ぐ。二人の血を小瓶の中でよく混ぜた後、胸に垂らすと隷属を示す魔方陣が浮かび上がる。そして、床に配置された魔法陣を起動すると胸の魔法陣が赤く染まり彼女の奥深くに刻まれていく。まるで、契約書に血判が押されるかのようだ。そして、その奥から忘れもしない彼の魔力が流れ込む。


「あぁ、ついに彼とつながった。あの人の魔力が体中に満ちる……胸と背中が痛い」

エリス王女はそのまま気を失う。


◇ ◇ ◇ ◇


“職業の女神”の大司教から職業の鑑定書を受けとるとエリス王女の手は震えた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

名前:エリス・フォン・シュナイゼン

職業:魔人殺しⅠ

…………

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


あの日、しばらくして目覚めたエリス王女は、胸の焼けるように痛みと、背中全体の痺れに耐えながら帰宅した。侍女と執事によると建物に入るなり気を失い、全員でベットへ運んだそうだ。それから二日、彼女は眠り続けた。


目が覚めると、胸からは魔力の力強い流れを感じ、背中には魔術紋様が浮かびあがる。おそらく、主人ザエラからの対価ギフトだろう。そして、すぐさま“職業の女神”の大司教に鑑定を依頼した。


「まだ、熟練度はⅠだが、始祖以来の魔人殺しだ」


諦めかけていた夢が実現し、エリス王女は思わず涙ぐむ。そして、報告を受けた王宮も騒然となり、専門家が彼女の身体を調べたところ、胸からは湧き水のように魔力が溢れだしていること、背中の魔術紋様は始祖の伝記に残るものと一致することが判明した。


(彼の桁違いの強さから魔人による変装を疑い、調査のために血を採取したのが思わぬところで役に立ったな)


◇ ◇ ◇ ◇


エリス王女は馬車の中で窓の外を見ている。行先はアストラル城砦、魔人と魔獣の王国への侵入を防ぐために築かれた最西端にある砦だ。古の魔人帝国は滅亡したが、生き残りは西へと落ちのびて魔族による連邦国を興した。その連邦国との国境に位置する砦は派遣された九割の兵士が死ぬという過酷な戦場だ。彼女は、前回の戦闘で死んだ兵士達に報いるため、自ら進んで砦への赴任を志願した。感動した国王により、謹慎は解かれ、始祖が愛用していた魔剣を授与された。


「街道に並ぶ国民の声援はまさに英雄に向けられたものでした。これは、王女様が次期国王になる可能性もありますね」


「兄上、姉上は始祖の能力など興味はないだろう。建国以来、魔族が我が国に攻めてきたことなどないのだからな。そんなことより、なぜ貴様がいるのだ?」

エリス王女は当然のように付いて来た執事を訝しそうに見つめる。


「英雄の執事だからです。と言いたいところですが、私は連邦国と接するヨーク伯爵家に連なるものでして、伯爵家から王女様の力になるように命を受けているのです」


「魔人や魔獣の研究が盛んなヨーク家の人間なのか。まあ、好きにするが良い。召使いがいなくて困っていたところだ」


(私は新しい戦場で魔人殺しの習熟度を上げ、さらなる高みを目指す。半年後の隷属契約の更新で彼を驚かせてやろう)


エリス王女は彼と次に出会えるのを心待ちにしながら魔剣を抱きしめた。

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