3.2.23 転属

――王国歴 300年 秋 ザルトビア要塞


「最近は朝晩が寒くて、すっかり秋じゃな。残務処理は片付いたか?」


第十三旅団長、レイデン少将はテーブルを挟んで座るヒュードル大尉とアルビオン大尉に話しかける。彼から呼び出しを受け、執務室に入ると既にヒュードル大尉が椅子に座り水を口にしていた。おそらく、二人で先に会話していたのだろう。


内通者マルコイ中尉の件につきましては、王国安全保安局からの事情聴取が昨日で終わりました。二人の捕虜ベロニカは、敵軍の暗示による記憶障害が認められ、敵意無しとみなされ、戦利品扱いで私が引き取ることになりました」


ザエラとヒュードル大尉がザルトビア要塞に帰任してから一ヵ月が過ぎた。マルコイ元中尉の自白から内通者組織が芋づる式に摘発された。最後は物資調達部門の事務次官の自殺で捜査が打ち切られた。遺書には自分が内通者組織の元締めであること、北部遠征軍の物資調達量を改竄したことが記されていたそうだ。また、王国安全保安局の追求は厳しく、通報者であるザエラでさえも複数回に及ぶ事情聴取を受けさせられた。


「本当に事務次官が元締めかどうかわからないがな。また、ブルート少将を殺害した組織についても手掛かりは掴めなくて、どちらも後味が悪い結果だ」


軍に引き渡した魔獣調教師は取り調べ中に舌を噛みちぎり自害したと聞かされた。ベロニカも組織にいたときの記憶が抜けているそうだ。


(俺の情報を回収されたので、正体を掴む手がかりが欲しかったが残念だな)


「さて、戦功の査定が終わり内示がでた。アルビオン大尉は中佐(二千人将)へ昇進となる。夜襲により敵補給部隊を殲滅し二万五千の援軍を退却させた戦術が高く評価されたそうじゃ。元帥閣下(国王)がお喜びになられて二階級特進を即決したと人事から聞いておる。今後も励むと良い」


「ありがとうございます」


二万五千の援軍は西方への進軍を諦め城塞都市アリアネッサへ入城した。また、我々の報告を受けて、北部遠征軍の本隊は兵糧問題の解決を待たずに北上を開始した。今頃は城塞都市アリアネッサの包囲が完了しているだろう。第十三旅団は本体へは随行せず、残務処理のためザルトビア要塞の守備隊として駐留している。


「鬼人の恩赦についても寛大な処置が出た。少佐を討ち取った二名と軍関係者から嘆願書が出ていた一名について恩赦が決まった。さらに、彼らの仲間を貴公の部隊に集約する許可も出た。どの部隊も彼らを持て余していたのが正直なところらしいがな」


(軍関係者から嘆願書?聞いていないな誰のことだろうか……)


「それは嬉しいです。隊員の増員に頭を悩ませていたところでした。来年になれば故郷の街から増援が期待できるのですが、それを合わせても全く足りませんので」


「兵士が十分に補充できないのはこちらの問題だ。申し訳ない。魔人が多数を占める部隊への配属を断る者が多くてな。しかし、調査に向かう前に伝えたが、条件付きで千人程度の兵士を融通していいという騎士団が現れた。シュバイツ騎士団の名前は聞いたことがあるか?」


「シュバイツ伯爵家の騎士団で白エルフのみで構成されていると聞いたことがあります。亜人で唯一の伯爵家で、噂ではプライドの高く排他的とのことですが……」


「貴公は意外に詳しいな。伯爵家の現当主の妹が国王陛下の側室で一人娘が第一王女として王位選定に参加しておる。融通する条件は、貴公の騎士団の王位選定への参加と第一王女への支援だそうだ」


「私の騎士団が支援したところで、将爵家の大規模な騎士団に敵うとは思いませんが。他の王位候補者を同時に支援することは許されているのでしょうか?」


(第一王女のみに支援すると、他の王位選定者から恨まれかねない)


「貴公が直接支援さえすれば、貴公の騎士団を他の王位選定者に割り当てても構わないとのことだ。詳しくはこの書状に書かれておる。回答期限は一週間後とのことだ」


「畏まりました。検討いたします」


「なお、申し出を受けると貴公の騎士団はハフトブルク辺境伯領で睨み合いが続いている貴族連合討伐軍へ転属することになる。既存の隊員の騎士団への加入手続きや鬼人の増員など時間が掛かることは伝えているので、春までは準備期間が与えられるそうだ。どちらにしても冬は雪が積もりいくさにならないからな」


◇ ◇ ◇


「アルビオン中佐、なぜマルコイ中尉が内通者だと気づいたのだ?」

レイデン少将の執務室を出た後、ヒュードル大尉が話しかけて来た。


蜃気楼竜ミラージュ・ドラゴンに襲われたとき、彼らは空中から降下してきました。我々が来る見込みなく毎日空中で待機しているとは信じ難く、違和感を感じていたところ、そちらの隊が後方から追跡していたのを聞いて内通者の存在を疑いました。そのときに、定期的に我が隊に内情を聞きにくる彼が真先に思い浮かびましたね。あとは、貴方と言い争いをした後に彼を尾行して裏取りをした次第です」


「なるほど」

ヒュードル大尉はザエラの話に納得した様子で頷いた。


「ところで話は変わるが、我が中隊を貴公の配下に加えて貰えないだろうか?レイデン少将からは許可を得ている。前回の共同作戦で互いに連携できる自信が付いた。もし、シュバイツ伯爵家の申し出を受けるなら、一時的に貴公の騎士団に入団するつもりだ」


「前回の戦いで魔人だけの組織に危険リスクを感じました。貴方の中隊に参加していただけるなら大変助かりますが、隊員に不満はありませんか?また、貴方は定年間近と聞いています。無理をして戦場へ行かなくてもよいのではありませんか?」


「隊員はむしろ君の配下になることを喜ぶよ。奇跡を起こす名医がいるからね。また、私は第一王女と過去に因縁があり、是非とも最後にお会いしたいのだ」

ヒュードル大尉は思い詰めたようにザエラを見つめる。


「事情は理解しました。貴方の申し出は遠慮なく受けさせてもらいます。シュバイツ伯爵家の申し出については決まればご相談させてください」


「よろしく頼む」

ヒュードル大尉が差し伸べる手をザエラはしっかりと握りしめ、握手を交わした。


――数日後、ザエラはシュバイツ騎士団の申し出を受け入れ、転属に向けた準備を始めた。

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