3.2.22 奇跡

――王国歴 300年 晩夏 ヒュミリッツ峠付近 ザルトビア街道

――連合中隊救護天幕


王国直轄軍を撃退したヒュードルおよびアルビオン連合中隊は、勝利に浸る間もなく、負傷者の介護と戦利品の回収を始める。グロスター伯爵家の敗残兵による追撃と王国直轄軍の増援を懸念し、急いで帰還する必要があるのだ。


救護天幕には、ヒュードル中隊の負傷者、約百名が地面に横たわる。その中でザエラとサーシャ、ララファ、フィーナが治療に当たる。四肢の欠損がなく傷口が軽いものは、ララファとフィーナが担当する。煮沸した水で傷口を消毒した後、彼女たちの糸で傷口を縫い、回復魔法をかける。出発前にソフィアから学んだ手順を忠実に守る。


「ララファ、早くするのです。まだ、患者がたくさんいますよ」

「手を抜いちゃだめなの、消毒が不十分だと傷口が化膿して病気になるわ」


処置を受けた兵士の回復は早い。すぐに起き上がると彼女たちの真摯な看護に礼を言いながら自分たちの持ち場に戻る。


四肢の欠損はないが傷口が深く内臓や骨まで達している患者はサーシャの担当だ。彼女は眼帯で目を覆い、額の触眼と両手に神経を集中する。土魔法による体内に混入した小石と金属片の排除、および聖魔法による異物の浄化。続いて糸による内臓および筋繊維の縫合を行い、最後に傷口を塞ぐ。そして、聖魔法‟解毒キュアポイズン”と‟上級回復ハイヒール”を出血が止まるまでかけ続ける。魔力が切れるとザエラから‟急速充電ラピッド・チャージ”で供給を受けながら手術を続ける。全員の手術が終わると彼女は気を失い倒れた。ヒュードル中隊の兵士たちは彼女を支え、簡易ベットへ横たえる。


四肢が欠損している重症患者はザエラが担当する。まずは、隊員に集めさせた欠損部位と本体を魔力糸で縫い付ける。骨、血管、神経をつなぐ繊細で緻密な作業だ。それが終わると聖魔法‟蘇生リバイバル”と‟完全回復フルヒール”をかける。‟蘇生”により、欠損部位の細胞が蘇り、‟完全回復”で本体の一部へと戻る。ザエラが重症患者を助けるたび歓声が起こる。前線で重症を負うと死ぬのが当然なのに、欠損部位まで元に戻るなど、奇跡に等しい行為なのだ。


――連合中隊本陣


「何やら騒がしいな」

本陣の天幕で帰還作業を指示するヒュードル大尉はつぶやいた。


「アルビオン大尉とその部下が負傷兵を救護しているようです。さきほどは、両足と片腕を捥がれた兵士に意識が戻り、歓声が沸いたそうです。しかも、両足と片腕は元通りに動くのですから神の為せる業だと泣き出す者もいました」

様子を見てきた副官が興奮気味に話しをする。


「そうか……確かに人の為せる技ではないな……」

(アルビオン大尉に我々の常識は通用しない)

ヒュードル大尉は特に驚く様子も見せず静かに言葉をつなぐ。彼は戦闘におけるザエラの様子を思い出した。


ザエラは麻痺毒のために挨拶が遅れたと詫びると、多重詠唱により全兵士に強化魔法をかけた後、敵陣へと消えた。死んで詫びになるかと叫んだが振り返りさえしない。ヒュードル大尉は彼の死を確信した。


しかし、雨が止んだ後、ザエラは平然した様子で報告に現れたのだ。敵兵は全滅させたが、敵将に辛くも逃げられたと少し恥ずかしそうに話す彼を見て、ヒュードル大尉はザエラから底知れぬものを感じ戦慄を覚えた。


◇ ◇ ◇ ◇


互いに共闘したという連帯感とサーシャたちの看護により、二部隊の関係は急速に改善され、共同して作業を進めた結果、帰還準備は予定より早く完了した。


敵の軍馬が牽引用に繋がれた荷台が並ぶ。敵兵から剥ぎ取られた装備が荷台に満載されている。また、合流したベロニカと重症患者も荷台で運ばれる。なお、平民からの略奪は処罰されるが、敵軍からの略奪は許可されているため、軍紀違反にならない。


カロル隊による偵察では敵兵は現れていない。そのため、ザエラは帰還する前にヒュードル大尉と部下の中尉へ挨拶を申し入れた。


「この度は誠にありがとうございました。ヒュードル大尉のご配慮がなければ我々は全滅しておりました。帰還後に戦利品の分配に加え、お礼をさせていただきます」


「私も若き頃は上官の意見を聞かずに戦功を求め無茶をしたものだ。貴公程の実力があればなおさらだろう。兵を生かすのも殺すのも上官次第だ。今後の経験を生かして欲しい」


「ヒュードル大尉、こちらからお伝えすることがあります。……そちらの部隊に敵国との内通者がいます。特定に手間取りご連絡が遅くなり申し訳ありません」


突然の内通者の報告にヒュードル大尉と五名の中尉は騒然となる。


「我が隊に内通者だと?我々に助けて貰いながら無礼にも程があるぞ」

マルコイ中尉は珍しく声を荒げてザエラに怒鳴りつける。


「マルコイ落ち着け。アルビオン大尉、何か証拠はあるのか?」

ザエラはヒュードル大尉に言霊の魔石を渡す。


「内通者がグロスター伯爵軍に我が部隊の内情を密告した音声が保存されています」

ザエラが話し終えるやいなや、マルコイ中尉はヒュードル大尉から言霊の魔石を奪い地面に落とし足で砕く。


「これで証拠などあるまい。ヒュードル大尉、これは我が部隊を陥れる謀略です。こいつは魔人に操られています。今すぐ殺すべきです」


「マルコイ、なぜ密告などしたのだ?何か事情があるならなぜ私に相談しない?」


ヒュードル大尉はポケットから本物の言霊の魔石を取り出す。ザエラは事前にヒュードル大尉に報告していた。犯人を確実にするために一芝居したのだ。それに気づき、暴れ出そうとするマルコイ中尉をサーシャが糸で拘束する。


「俺はあんたのようにお人好じゃないんだ。あんたは帰還途中に突然、きびすを返して援軍に駆け付けた。いつもの悪い癖だ。過去にも似たようなことがあったよな……でも、何か報われたかい?戦功は奪われ、損害は我々の責任だ。あんたは昇進することもなく、その部下の俺たちも同じだ。気づいたらもう白髪にまみれた中年だ。あんたは定年間近だからいいけど、俺はまだ十何年もこの生活が続くんだ。そう考えたら、悲しくってさ……自軍の情報を少し流して小遣い稼ぎするのが何が悪いんだよ?俺のこれまでの軍への献身に比べれば安いだろうがっ」


「私はお人好ではない。これは過去の贖罪なのだ。ただ、自分のことばかりで部下たちおまえの気持ちに気づかなくてすまなかった。しかし、内通は国家反逆罪、三親等内の親族まで罪に問われる重罪だ。どんな言い訳も通用しない」


マルコイ中尉の喚き声が辺りに響いた。


――後味の悪い雰囲気に包まれながら、ヒュードルおよびアルビオン連合中隊はザルトビア要塞に向けて出発した。

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