3.2.21 接吻

――王国歴 300年 晩夏 ヒュミリッツ峠付近 ザルトビア街道

――王国直轄軍別動隊


「隊長、水塊の動きが制御できません。我々の頭上に急速に接近し降下してきます」

「そんな馬鹿なことがあるか、各隊で魔力波長マジックパルスを確認しろ」


魔法で生成した物体は術者の波長を持つ魔力でのみ制御できる。そのため、複数人が戦略魔法を発動させ制御するには、全員が同じ魔力波長を使用する必要がある。さらに、複数の集団で戦略魔法を同時詠唱する場合は、干渉を避けるために集団毎に異なるそれが使われる。


小隊内の魔力波長が不安定となり、他小隊のそれと干渉することで、制御ができなくなることは戦場で良く起きる。しかし、今回はすべて同時に発生しているため、原因が分からず現場は騒然となる。


魔導士部隊が混乱する中、王女を除いた味方の兵士全員が巨大な水塊へと飲み込まれていく。彼らはまるで空気におぼれているかのようにもがき苦しむ。


「どうしたお前たち。それでも王室の精鋭部隊か?何とか脱出しろ」

王女の呼び掛けも空しく、窒息した兵士が次々と空中に浮かび上がる。


「哀れな者たちだな、引き際を心得ぬ無能な上官の配下になるとは」

目の前に赤い髪の毛に瞳を持つ青年――ザエラ・アルビオン大尉が現れる。


「戦略魔法の魔力制御を奪い水塊を我らに落としたのは、貴様か!?」

王女はザエラに気づくと叫び声をあげる。


戦略魔法で使用する魔力波長は、複数人で合わせるため、波長が長く単調で覚えやすい。攻撃魔法のように魔法の発動から収束までが一瞬の場合は十分だ。しかし、今回のように水塊の生成と移動という魔法の行使時間が長い場合は、魔力制御に長けた彼であれば魔力波長を解析して水塊の制御を奪うことは容易だ。


「そうだ、制御を奪うだけなので魔力消費が少なくて助かったよ」

ザエラはうっすら笑みを浮かべながら答える。


王女はザエラに斬りかかるが足払いされて水溜まりへと倒れ込む。すかさず、彼は王女の濡れた髪の毛を掴み頬を数発叩く。そして睨みつける彼女へと覆いかぶさり、その顎を掴み、鼻をつまみ、唇を重ねた。ザエラの舌を無理やり王女の舌に絡ませ、歯を閉じるのを防ぐ。王女は彼の背中を叩くので精一杯だ。ザエラは無理やり彼女の肺から空気を吸い取る。王女は呼吸ができず、肺の空気も奪われ、目から涙がこぼれ始めた。


《聞こえるか王族のご息女よ。聞こえているなら手を上げろ》

王女の耳に念話のためのピアスをはめて話しかけると、彼女は静かに手を上げた。


《魔法を詠唱するように魔力に言葉を込めて耳のピアスに流してみろ》

《貴様、王族の私にこのような不義を働くとは……はあ、息が苦しい、助けて》

ザエラは自分の息を王女の口の中に流し込むと彼女は貪るようにそれに吸い付く。


《お前の部下が苦しみを思い知ったか?この息苦しさの中で死んだんだ》

王女の反応はなく、ただ彼女から吐き出される空気をザエラが再び吸い出し、彼が新しい空気を王女へと送り込む。しばらく、ただ、それだけを繰り返した。


《苦しみだと?貴様の呼吸を吸う毎に貴様の魔力が私の肺に満ちて全身に行きわたる。まるで、貴様に肺から犯されて、快感が全身に行きわたるようだ。今の私は喘ぎ声を抑えるので精一杯だ。これが貴様が私に与えたい苦しみなのか?》


ザエラは表情を変えないまま躊躇した。自分勝手な行動で部下を死なせているという自覚を持たせ、自分も死んでしまうという恐怖を与え、自分たちのことを敵国内に口外しないように契約魔法を結ばせる目的が、なぜか思わぬ方向へと進んでいることに戸惑いを感じていたのだ。


《俺が息を止めればお前は死んでしまうぞ。俺たちのことを敵国内に口外しなければ助けてやるがどうする?》


《もう少しで絶頂に達しそうだ。息を止めないでくれ、貴様との約束は守るから》

質問の意図と答えが違うが、目的は果たせそうだ――とザエラは開き直る。


《では契約魔法を結ぶぞ、契約魔法の被契約者の詠唱をしてくれ》

ザエラは相手を苦しめるため一旦呼吸を止める。


《私は処女ではないのだが、このような快感に包まれるのは始めてだ。焦らさないで早く続きをして欲しい。契約魔法など手間なので最上位の隷属魔法にしてくれ》


意図した方向に話が進まないが、隷属魔法であれば主に逆らうことはできない。最上位となれば詠唱だけでは手続きとして不完全だが効果は十分だ。王女を隷属者とした隷属魔法を結ぶと隷属を示す魔法陣が彼女の胸に浮かび上がる。


《ああ、貴様の魔力が私の中に満ちて胸が熱くなる。さあ、続きだ》

少し魔力を濃くして王女へと呼吸を送り込む。お互いに呼吸を受け渡す間隔が短くなり、暫くすると彼女は眉間に皺を寄せ痙攣し意識を失う。


エリス・フォン・シュナイゼン――隷属魔法を結ぶときに知らされた王女の名前だ。ザエラは思い出した。それがガルミット王国第三王女の名前と一致することを。


エリス王女を水溜まりから抱きかかえ、水塊の制御を解放リリースする。水塊がはじけると、辺り一面に溺死した敵兵の骸が転がる。


敵兵の目的がエリス王女の欲求を満たすことであれば、敵兵たちの死は決して無駄ではないだろう。それほどまでに、彼女は満足げな表情で寝息を立てているのだから。


――雨が止み、雲の合間から太陽の光が差し込み始めた。こうして、明け方の夜襲から始まるヒュミリッツ峠における戦闘は終了した。


◇ ◇ ◇ ◇


エリス王女は目を覚ますとベットの上にいた。王城ではなく民家の一室だ。おそらく、住民が戦争で非難している街道脇の空き家に彼が寝かせてくれたのだろう。


燃えるような赤毛の彼――ザエラ・アルビオン大尉……エリス王女は快感の波に飲まれ絶頂に達したことを思い出し、恍惚とした表情を浮かべる。そして、慌てて胸元を調べ始め、服に縫い付けた赤い小瓶を見つけると嬉しそうに両手で握りしめ唇を重ねた。

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