3.2.19 魔人の味(2)

――王国歴 300年 晩夏 ヒュミリッツ峠付近 街道


「君は魔人を食べたことがあるかね?」

敵将は冷静にザエラに問いかける。兜に下から見え目は真剣そのものだ。


「庶民のことなど知らない私に反論できないことを言う君が悪いのだぞ。これは君への罰だ。我が王国の始祖は“知識の女神”より魔人殺しデーモン・スレイアーの職業を授かっている。この職業へと覚醒することが、幼き頃から始祖の物語を聞いて育った私の悲願なのだ。しかし、ここ数百年は魔人との争いもなくこの職業へ至る者は現れていない。王宮の古い書物を調べても情報ヒントが乏しくてね」


「ふう、暑くなってきた」、そう呟くと銀色の兜を脱ぐ。後ろで束ねた金髪と青い瞳を持つ若者が現れた。額から汗が流れ落ち、鼻元には小さな水滴が出来ている。


「その話と魔人を食べる話がどう結びつくのだ?」


「我が始祖は捉えた魔人を食べていたのだよ。血の抜き方、解体方法、部位別の下処理や調理法レシピまで記載された分厚い書物を見つけたのだ。始祖の肖像画の額縁に隠されていたそれを発見したときは心躍ったよ」


「由緒正しい王家が人肉嗜食カニバリズムを嗜むとは驚きだな」


白毛牛フォルワカウ魔獣猪イービルボアを食べるのと何が違うのだ?我が王家の崇高な儀式をそのように貶めるのは庶民の悪い癖だ。まあいい……」

と言いながら、その若者は意地悪く微笑む。


「その書物には魔族別に細かく調理法が記載されていて、君の愛しいアルケノイドももちろん含まれているよ。詳しく聞きたいかい?今日の私たちの晩餐に君を招待してもいい。百聞は一見に如かずだ」


「ガキン」、ザエラは若き敵将に長巻を切りつける。魔導士の施した物理結界に弾かれ、何度打ち込んでも傷一つ付かない。彼は千匹の蛇サウザント・スネークを取り出し、物理結界ごと巻き付け砕こうとする。


「王室専用の特殊な魔法陣で防御された結界だ。無駄だよ」

「王家のご子息の馬鹿話に何もせずに付き合うと思うなよ。既に解析済みだ」


ザエラの鞭から魔法陣が現れると物理結果が音を立てて砕け、八本に枝分かれした鞭が敵将に襲い掛かる。会話の間、魔力糸を物理結界に巻き付け解析していたのだ。


「我々も時間を稼がせてもらった。お開きだ」

敵将は魔導士の元まで瞬間移動する。かすめた鞭が髪留めを砕き、解かれた金色の髪が肩にかかる。砕けた物理結界から微かな香水の匂いがする。


(魔人を喰らう若き王女か……。厄介な相手に目を付けられたな)


敵将が合図すると魔導士から一斉に風魔法‟風刃ウインドカッター”が放たれ、地面と側面の壁に生成した馬防柵が砕かれる。それを合図に騎兵が突撃を開始する。


《全員突撃するぞ、サーシャ隊は側面から兵士を狙え、他のものは馬の腹に滑り込み馬脚を切り落とせ。乱戦に持ち込むぞ》

《了解》


ザエラも突撃しようと足を前に出そうとするが力が入らない。足元に目をやると、ふくらはぎにへばりつく魔獣蚊デビルモスキートに気がついた。約十セルクはある蚊の腹は彼から吸い出した血で膨れ、重そうに飛び立つ。


(麻痺毒を流し込みながら血を吸うので気づくのが遅れたか…この辺り寒冷地には生息しないはずだが、彼女の策略だろうな)

ザエラは膝を地面に付き、ゆらゆらと飛ぶ魔獣蚊を恨めしそうに見つめた。


敵の騎兵とザエラの部隊が激突しようとしたまさにその瞬間――再び土魔法‟土嵐サンドストーム”が吹き荒れる。


《カロル隊だ、突撃は中止して全員騎乗して道を下りザルトビア街道まで退却して》

土埃の中、カロルから全隊員へ念話が届く。


《無事で何よりだカロル、彼に従い全員退却だ》

ザエラや怪我して動けない隊員をラピスが背中に乗せる。お互いにかばい合いながら全隊員は一斉に退却を始めた。

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