3.2.18 魔人の味(1)

――王国歴 300年 晩夏 ヒュミリッツ峠付近 街道


「ドドッ、ドドドッ、ドドッ……」


戦場を撤退しザルトビア街道へと進む特殊魔導独立中隊に王国直轄軍の騎兵隊の蹄の音が迫る――殿シンガリであるザエラから約五百メルクの距離まで近づいて来た。


《主よ、次を右折すると両脇が崖に囲まれ道幅が狭くなります。その先はザルトビア街道ですので、騎兵を足止めする最後の機会チャンスとなります》

先回りして道の様子を調べていた黒猫ガリウスから念話が入る。


《全隊員に通知する。次を右折したら反転攻勢に出る。対騎兵部隊の迎撃作戦だ。サーシャ隊は魔法を展開ができるか?》


《魔力が残り少ないから一発勝負よ。体が動かないときに無理に魔力を体内に流そうとして消耗してしまったわ、あなたザエラは大丈夫?》


《大丈夫だ。俺が敵を引き付けるから中央だけは空けておいてくれ》


《わかったわ……けれど、無理はしないでね》


(外装魔石による変換コンバートで魔力を浪費したので不安は残るが、ここが踏ん張りどころだ。どんな手段を用いても勝ち残ってみせる)


――王国直轄軍別動隊


「魔人の尻尾を掴むまであと少しだ。速度を維持したまま右折しろ」

「了解」


別動隊の隊長の指示に従い、速度を落とさずに右折すると目の前は土埃で視界が遮られる。思わず手綱を引き速度を落とすと、後続の騎兵が次々とぶつかる。辺り一面が馬のいななきと衝突音で騒然となる。


「魔力の残滓を感じる、敵の罠だ。風魔法で土埃を排除しろ」

隊列を立て直しながら土埃を排除すると視界が開ける。約二百メルク先に赤髪の男を先頭に敵魔人部隊がこちらに向かい待ち構える。


「隊列を整えるための時間稼ぎとは思えない、三列づつ突撃して様子見だ」

三十名(十名×三列)の騎兵は風をその身に纏い急加速して敵に突撃する。


赤髪の男が手を上げると前方と側面の崖に大蜘蛛に騎乗した兵士が現れる。そして、地面と側面の壁から岩で出来た馬防柵が斜めに突き出し、突撃する騎兵を串刺しにする。


赤毛の男がいる中央の一列だけは馬防柵がなく、三体の騎兵が列を為し突撃する。


一列目は赤髪の男の胴体を騎兵槍ランスで狙うが、身をかわされて長巻で首を切られる。二列目は体を馬の横腹に移動し、一列目の死体の死角から至近距離で弓矢を連射するがすべて弾かれて脇腹を貫かれる。三列目は馬の上に……いない――甲冑を脱ぎ捨て、彼の頭上へと飛び上がり剣を突き立てる。


「‟自動砲台オート・キャノン”&‟鳥落としバード・ストライク”」

突然、赤髪の男の頭上に現れた竜巻が剣を突き立てた兵士を巻き込む。その兵士は体中が捻じられた死体となり地面に転がり落ちる。


――特殊魔導独立中隊


敵将はザエラに向かい騎兵を繰り返し突撃させた。気が付くと辺りは敵の死体が散乱し、体に目をやると返り血で全身が赤く染まる。敵将が後方から魔導士を呼び寄せ何か指示している。攻撃再開までしばらくかかりそうだ。


(どれほど敵を倒しただろうか、長巻を振るう手も痺れて来た……そろそろ限界か)

ザエラは長巻に流れ落ちる血を振り飛ばそうともせず、その場に立ち続ける。


サーシャが近づくと、ザエラに中級聖魔法‟上級回復ハイヒール”をかけ、水と火属性の魔法で体に付いた汚れを洗い流し、装備を乾かした。そして、しばらく彼を抱きしめた後、配置に戻る。


《敵は魔法で馬防柵を壊し突撃してくる可能性がある。その時は全員で突撃だ。みんな覚悟を決めてくれ》

《了解》

隊員の返事は短く、余計なことは喋る者はいない。彼らなりの覚悟をしたようだ。


魔導士は敵将に幾重にも強化魔法をかけ、周囲に防御結界を構築する。そして、敵将は単騎でこちらに歩みよる。銀の兜のため顔を見ることはできない。


「地の利があるとはいえ、我が部隊の精鋭を倒すとは凄腕だね。戦略魔法で一掃してはどうかと魔導士長が主張するのをなだめるのに大変だったよ。君の名前を教えてくれないかね?」


「まずは貴公の名前を名乗られよ。ガルミット王国の直系の御方よ」


「部隊旗の家紋で気づいたのか。訳があり今は名乗れない。失礼極まりないが、君の名前を教えて貰えないだろうか?」


「イストマル王国第十三旅団所属特殊魔導独立中隊長のザエラ・アルビオン大尉だ」


「大尉でこの腕前か、君の王国は優秀な人材が多いね。部下は魔人ばかりだが、君は魔人を調教できるような特殊な職業を授けられているのかい?」


「さあ、どうだろうな。少なくとも彼らは私の大切な隊員であり仲間だ」


「あははは、魔人が仲間だと?私は多くの国の人族の要人と話す機会はあるが、誰も仲間などと呼ぶことはない。仲間と呼ぶのは、頭のおかしい博愛主義者フィランソロフィストか人族の皮を被る魔族ぐらいだ。君はどちらだね?」


「魔人帝国を滅ぼし、人族の国を興した王族の末裔にはそのような耳障りの良い言葉しか入ってこないでしょう。しかし、実際は魔人と亜人を合わせると人口の三割に迫ります。市民の中には私のような考えを持つ者が多いはずです」


「ふう」と銀の兜の下から溜息が聞こえる。しばらく思案した後、言葉を続けた。


「君は魔人を食べたことがあるかね?」

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