3.2.17 三人の中隊長(3)
――王国歴 300年 晩夏 ヒュミリッツ峠付近 ガルミット王国軍夜営地
――アレス公右翼伏兵(オルガ隊)
ジレンは三メルクはある
棒を振り回す速度が早くなるにつれて、体から放電される稲妻が激しくなる。そして、高速に回転する棒を敵将の脇腹目掛けて打ち込む。
「ふん」、敵将は斧を手放し盾で脇腹を守りながら打ち込まれた棒を受け止める。踏ん張る足を地面にめり込ませながら耐え、脇に棒を挟み手で掴む。
「脇腹が数本折れたが、何のこれしき」
ジレンと敵将は棒の両端を持ち、相手を地面から浮かせようと持ち上げる。敵将は
「ベキン」、鈍い音がして棒は中央から折れた。その瞬間に二人は接近し、互いに手を握り、手四つで力比べを始める。
「貴様の稲妻など、我らが主様の雷魔法と比べる効かぬわ」
敵将はジレンの稲妻を物ともせず、両腕に力を入れ彼を押し倒そうとする。彼も負けじと歯を食いしばり力を入れる。
「俺の稲妻は体に力を込めるほど威力が増すんだ。こんな風にな」
「ウオオオオ」、ジレンが叫びをあげて力を振り絞ると全身が稲妻で金色に輝き、敵将の腕は小刻みに震え、顔は引きつる。「ガツン」、彼は敵将の顔に頭突きし、姿勢が崩れたところで手を離すと、素早く後ろに回り背後へ反り投げる。
「ゴキン」、敵将は首の砕ける音と共に地面へ突き刺さる。
「敵将討ち取ったぞ、勝どきだ!!」
肩で大きく息をしながらジレンは叫ぶ。「ウォー」周りで敵兵と戦うキリル、イゴールとホブゴブリンたちは盾と武器を叩いて勝どきを上げる――が、オルガは彼をじっと見つめる。
「お前、ザエ兄じゃないな……ジレンだろう?」
「ああ、すまねえな、少佐と一騎打ちするため中隊長の姿をしてたんだ」
ジレンは変身を解除し、頭を掻きながら気まずそうにオルガに向き合う。
(思わず頬を叩いて泣かせてしまった、殴られそうだな)
オルガはジレンに向かい走り出し拳に力を込める。「ガン」、オルガの拳はジレンの頬をかすめ後方で斬りかかろうとしていた敵兵を殴り飛ばす。
「話は後だ。まずは、敵兵を一掃するぞ」
ジレンは敵将から階級章を急いで剥ぎ取り、オルガと一緒に敵将の仇討ちに群がる敵兵を拳で倒していく。シルバ以外で背を預けて戦うのは始めてだ。彼女の動きに合わせながら敵を倒すのが新鮮に感じる。
後方からザエラ・アルビオン本人が息を切らして駆けつける。
「みんな深追いしすぎだ、退却してサーシャ隊、シルバ隊と合流するぞ」
ザエラから上級聖魔法‟完全回復”を受けながら、敵左翼へと移動する。
◇ ◇ ◇ ◇
先行して退却したカロル隊を除く全部隊が敵左翼に集結した。なお、敵左翼の敵兵は既に撤退済みで周囲はひと時の静けさに包まれていた。
《我が主よ、敵左翼後方に設置型の魔道具を発見し、解除しました》
「総員、離脱の準備開始。サーシャ隊が回復次第、戦場を離脱する」
「おい、あれを見ろ。動けない奴は担いででも早めに離脱したほうがよさそうだ」
シルバが後方を指さす方向に目を向けると王国直轄軍の騎兵約五百が岩で塞いだ街道を迂回して現れた。また、前方の敵右翼からグロスター伯爵家の残部隊約千が迫る。
(敵右翼の歩兵は振り払えるが、後方の騎兵に追いつかれそうだな)
ザエラは後方の騎兵を見ながら考えていた。
「
「それでは離脱を開始。前方左翼の敵兵は無視して一気に突き進め」
オルガ隊、サーシャ隊、シルバ隊の順で街道の右側を通り脇道へと離脱を開始する。最後にザエラが
――アレス公右翼残存兵
グロスター伯爵家三男、アレス公は約千名の残存兵を率いて、前方の敵魔人部隊に一矢報いるために突撃する。しかし、少佐を失い士気の低い兵士の動きは鈍く、敵兵が目の前を次々と通過していくのをただ眺めるだけしかできない。
「なぜだ……なぜ、戦役奴隷の鬼人が部隊に協力的なのだ」
アレス公は膝から崩れ落ちる。
(野生の魔獣や魔族を捕獲するために叔父上の一族が極秘に開発した魔道具だ。諜報員の情報に従い、敵主力のアルケノイドに効果が出るように調整していた。部隊に疎まれている鬼人は逃走すると予測していたが……見事に見当が外れたな。もはや仕方あるまい、仇の一人を倒したことをどれだけ評価されるかだな)
「アレス様、ご報告が遅れましたが、敵の人族に魔道具の効果とみられる弱体化が確認されたそうです」
「鬼人に効かないのに、人族に効いただと、ばかばかしい。叔父上に報告しても笑われるだけだ、報告書に記載は不要だ」
「ドドドド」、アレス公の言葉をかき消すかのように、目の前を銀色の甲冑に身を包んだ騎兵と騎乗した魔導士が続く。敵魔人部隊を追撃しているようだ。
「王国直轄軍……我々は援軍など頼んでいないぞ。副官、どの部隊かわかるか?」
「部隊旗は“魔人を斬首する騎士”……国王様の直系血族の部隊です」
「王族の部隊の進軍だ、全員敬礼!!」
アレス公と部下たちは慌てて背筋を伸ばし敬礼をする。
(国王様のご子息の部隊か?五百程度とは随分と少数だな)
アレス公は不思議そうに騎兵の後姿を眺めていた。
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