2.1.8 四階 古代神官騎士(2)

――ザエラ五歳 夏 アニュゴンの街 郊外 地下迷宮四階


「キリル、イゴールいくよ」


オルガはキリルとイゴールを両脇に従え、彼に立ち向かう。彼は片翼が折れたペガサスから降り、彼女に向けてランスを突き刺す。キリル、イゴールが盾を重ねて前面に出てランスを受け止める。オルガは飛び上がり、投影したハルバートを彼の頭上に振りかざす。「ガンッ」、彼女のハルバートは彼の盾に阻まれた。


「兄さん、ひどいケガだ。 ポーションを傷口にかけるね。 痛いけど我慢して」

カロルの声が聞こえ、ポーションの蓋を開ける音がする。そして、腹部に激痛が走り息が止まる。


「ミーシャさんたちを見に行くから、しばらく体を動かさないように」

腕は辛うじて動くようになったが、下半身は全く動かない。 「くそっ」舌打ちすることしかできない自分を情けなく感じた。


彼はランスを引き戻すと距離を取ろうと後ろに退いた。オルガはハルバートを消し、一気に距離を縮めると背後に回り打撃を加えようとする。


「危ない!ランスの動きに気を付けて!」


ランスは両端に尖端があり、片側が透明武器インビジブル・ウエポンで隠されている。そのため、ランスを回転させることなく後背からの敵を突き刺せるのだ。


オルガは僕の声に反応し、両腕で防御した。そのため、腹部への直撃はないが、右腕の肉がちぎれ骨が見えている。


「うああああ、私は負けないぞ、今度こそ」


オルガは叫んだ。 痛みではなく、悔しさに悶えるうめき声だ。背中の魔術紋様が光るやいなや、漆黒の得体のしれない存在ものが彼女を包みこんでいく。あの時と同じだが、溢れ出す威圧感は比較にならない。彼はその存在ものからの打撃を盾で防ごうとするが、盾ごと吹き飛ばされる。ランスもはじき返され、何度も殴られるうちに、骨格が崩れてきた。


彼は聖魔法‟聖息吹ホーリーブレス”を唱える。その存在ものは消えて、床に倒れこんだオルガが姿を現した。腕の出血がひどく血だまりができている。


(甘かった、本当に甘かった。四階まで楽に到達できたぐらいで、調子に乗っていた。何が将来は将軍だ、自分の見込みの甘さで、仲間を死地に追いやるとは……)


僕は唇をかみながら立ち上がる。足を糸で縛り動かす。彼は僕を見つけるとランスを手に取り、骨片を落としながら突進してくる。


(動け、動け)、僕は心で念じながら足を糸で操作するが、思うように動かない。彼がまさにランスで僕にとどめを刺そうとしたとき、キリルとイゴールが彼に体当たりする。二匹の頭部は裂け、流れ出た血が顔を赤黒く染める。


彼は起き上がろうとするが身動きが取れないようだ。左右からミーシャとサーシャが座り込んだまま糸で彼を縛っていた。


「兄さん、決めて!」カロルが叫ぶ。

僕は鞭を手に取り渾身の魔力を流し込む。


千匹の蛇サウザント・スネーク + 回転する蛇トルネード・スピン

鞭が伸びて彼に絡まり、回転する先端の刃が全身の骨を砕いた。


◇ ◇ ◇ ◇


『ここはどこだ、私は夢を見ているのか……教皇様をお守りしなくては……』

彼は意識を周囲に飛ばすが暗闇しか感じ取れない。


「時間がない、お前のすべてを俺に食わせろ」

どこからともなく声が聞こえ、彼の魂が何者かに取り込まれていく。


『うぎゃああ、教皇様……お慕いしておりました……』

彼の断末魔が暗闇に響き渡る。


僕は‟魂の補食ソウル・イーター”を発動し、彼の魂を喰らうと、すぐにオルガのところに這いながら近づいた。カロルがポーションを腕にかけてはいるが、彼女の顔は真青で紫色の唇が微かに震えている。


(くそっ、このまま死なせるか。 絶対に死なせるもんか)


僕はオルガの腕の肉片を魔力糸でつなぎ合わせ、聖魔法‟蘇生リバイバル”と‟完全回復フルヒール”を何度も発動させる。彼女は光の粒子に包まれ、次第に顔色が良くなる。 腕も傷口が見えないほど回復した。


「ザエ兄、もういいよ。 もう、大丈夫」

オルガは僕の手を取り、弱く微笑んだ。


「よかった、ごめん、僕のせいで……」

僕は涙が止まらなかった。


「ザエ兄のせいじゃないさ、ところであいつは倒したの?」

オルガの問いに僕は大きく頷く。


「そっか、じゃあ、勝ったんだな」

オルガが差し出した拳に僕の拳を重ねる。


「いい雰囲気のところを邪魔して悪いけど、こちらもお願いできない?」


ミーシャとサーシャがお互いに支えあいながらこちらに近づく。また、足元にはキリルとイゴールが体当たりしたまま倒れている。僕は聖魔法‟全回復フルヒール”を全員にかける。


「ああ、鳥のから揚げは、きっと母様が食べてしまったわね、残念……」

ミーシャとサーシャは床に座り込み肩を落とす。


「じゃあ、から揚げの代わりに鳥の蒸し焼きを作ってあげるよ」

僕は緊張が解けた反動で鳥の蒸し焼きの美味しさを饒舌に語る。


「よくわからないけど、ザエラが作るならきっとおいしいわ、楽しみにしているね」

二人は熱心に語る僕を面白そうに見つめる。


みんなが無事で安心したら、今度は眠くなった。そういえば、自分に聖魔法をかけていなかったな……。周りで騒ぐ声を聴きながら僕は意識を失った。

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