2.1.9 聖遺物

――ザエラ五歳 夏 アニュゴンの街 ギルド二階 執務室


「四階の門番ゲートキーパーから回収した遺品か、どれどれ見てやろう」


訓練場に並んだ古代神官騎士エンシェントプリーストナイトの遺品を師匠は手に取りじっくりと観察する。


・兜、鎧一式、ランス、ローブ、防具の下に身に着けていた中着

・頭蓋骨、粉々の骨、魔石

天馬ペガサス乗騎のためのクツワ、手綱、鞍

天馬ペガサスの骨


「ふーむ」、頭蓋骨を見ながら師匠は考え込む。


「頭蓋骨からすると鬼人かのお。骨は聖属性の魔素を発し、まるで聖属性の魔石のようじゃ。中着はほれ、神官の袈裟に似ておる。紫色なので高位の神官騎士と考えてよかろう。琥珀色の魔石は千年の時を経て化石になっておる。もはや聖遺物じゃ」


師匠は続ける。


「防具や武具は古代の名品で滅多にお目にかかれないものじゃな。天馬ペガサスは、魔族が乗騎すると聞いたことはあるが、この国では見たことがない。片翼の一部は折れているが、これだけ保存状態のよい骨であれば、金持ちの貴族が欲しがるじゃろう」


今回はこれまでとは比較にならない高値が付きそうだ。嬉しい反面、自分たちには不相応に感じて不安になる。


「それにしても、よく生きて帰ってきたな」

師匠は僕の全身に目を遣り、怪我一つないことに感心したようだ。


「みんなケガをしたけど、ポーションのおかげで何とか助かったよ」

僕は恥ずかしそうに頭を掻きがながら答える。


聖属性の魔法で瀕死のみんなを回復させたことは話していない。心配させたくないし、‟蘇生リバイバル”と‟完全回復フルヒール”という聖属性の上級魔法をなぜ使えたのか説明できないからだ。


(‟魂の補食ソウル・イーター”で魂を吸収したことが関係しているはずだけど話せないな)

僕はそれ以上何も言うことができず、頭を搔き続けた。


「そうか、生還できたならそれでええ。ザエラの顔を見たら、大体予想はつくでな」

師匠は僕の固い表情を見ながら静かにほほ笑んだ。


「これらの遺品じゃが、どうする?紅雲織コウウンシキの手工業ギルド立ち上げで、商会の支店長が頻繁に来ておるから引き取ってもらえるぞ」


街長オサと話して、決めるよ」


街長オサと相談して、天馬ペガサスの骨と乗騎のためのクツワ、手綱、鞍のみ売ることにした。オークションの結果次第だが、かなりの値がつきそうだ。その他の遺品を売りに出すことに彼女は反対した。人族ヒューマンが地下迷宮に殺到するのが目に見えるからだ。人族ヒューマンの知識は取り入れたいが、街の平穏も守りたい、そんな想いが街長オサにはあるのだろう。


――ザエラ五歳 夏 アニュゴンの街 郊外 牧場


四階の攻略が終わり、僕らは街の西側にある牧場をようやく訪れることができた。草原に柵がめぐらされ、二頭の白毛牛フォルワカウがのんびりと草を食べている。


「この人に牧場を管理してもらうことになった」

街長オサは背の低く色黒のおじいさんを紹介してくれた。


白毛牛フォルワカウの世話なら任せておくんなせい」

飼育員は帽子を取り笑顔で挨拶した。僕たちもお辞儀をする。彼が白毛牛フォルワカウまで案内してくれた。白く長い毛で覆われ、口からよだれを出している。


「角のあるほうがオスですか?角にずいぶん肉が付いていますね」

「そうですじゃ、その角はもう少ししたら生えかわるので肉が取れますのじゃ」


(角から肉が取れるんだ。肉を食べるには殺す必要があると思い込んでいた)

僕は驚きと共に安堵した。


その後は飼育小屋で搾りたての乳を飲んだ。脂とほのかな甘みが舌にまとわりつく。乳を分けてもらい、牧場を後にした。


――ザエラ五歳 夏 アニュゴンの街 ザエラ家


我が家にうちの家族と街長オサの家族が集合した。ミーシャとサーシャに約束した鳥の蒸し焼きをふるまう日だ。


強化魔法陣を施した大きな鍋を用意する。油を引いたら、鳥を一羽丸ごと入れ、人参キャロット馬鈴薯じゃがいも玉葱オニオンを敷き詰める。お酒を入れ、岩塩をまぶして、同じく強化魔法陣を施した蓋を載せて、石で重しをする。


火にかけた後は強化魔法陣に魔力を注ぎながら一時間ほど待つだけだ。鍋ごと食卓の上に置いて蓋を取る。蒸気が立ち昇り鶏肉の香ばしい匂いが漂う。野菜から出た水分で鳥肉が蒸し上がる。商人から購入した胡椒を振りかけて出来上がりだ。


鶏肉をナイフでそぎ落としながら、パンに乗せて食べるよう勧める。二鍋用意したが、談笑している間になくなってしまった。


デザートは、先ほどの牛乳と鳥の卵を使って作ったプリンだ。森で見つけたハチミツを砂糖の代わりに使う。


「ふう、ごちそう様、落ち着いたわ。 鳥の皮のところがぷりぷりして特に美味しかったわ。あと、プリンも口直しにピッタリね」


「胡椒の風味がいいわね。 私も商人から取り寄せてみようかしら」


みんなに喜んでもらえたようだ。キリルとイゴールは物足りなさそうだが、あとで何か作ってあげよう。ちなみに、二匹は言葉を上手に喋るようになり、ふんどしをやめて服を着ている。


食事の後は、お茶を飲みながら、話を続けた。紅雲織コウウンシキの手工業ギルドは、商会との調整が順調に進んで、来年の春には立ち上がるそうだ。収入が安定したら白毛牛フォルワカウを増やしたいと街長オサは言う。


「いつから五階に挑戦するんだい?」

街長オサは唐突に地下迷宮の攻略について僕に尋ねる。


「秋になると畑の収穫が忙しくなるので、冬が始まるころになると思います。それまでは、装備を整えたり、しっかり訓練したいです」


「そうか、無理しないで進めるといい。ところで、最近、井戸の水の出が悪くなり困ってるんだ。時間があれば井戸の掃除を手伝ってもらえないか?」


「わかりました。うちは力自慢が多いので任せてください」


――街長オサの家族が帰るころには、すっかり日が暮れていた。

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