2.1.7 四階 古代神官騎士(1)

――ザエラ五歳 夏 アニュゴンの街 郊外 地下迷宮四階


四階に降りてから一か月後、門番ゲートキーパーの扉まで到着した。


「扉を開ける前に少し休憩しよう」

僕たちは扉の前に座り込んだ。不安と期待が入り混じり緊張感が漂う。


「ザエ兄、次もこれまでと同じかな?もっと歯ごたえのある敵と戦いたいぜ」

オルガは拳を合わせながら緊張をほぐすかのように大きな声で喋る。


「魔獣祭での最終到達階層は四階だから次は強敵かもしれない。でも、僕たちも十分に強いし、楽勝じゃないかな」


(過去に何度か四階の門番ゲートキーパー人族ヒューマンが挑戦したが、生還したものはいないそうだ……このことは喋らないでおこう)


「今日の夕食は鳥のから揚げなの。帰宅が遅くなると母様が全部食べるから、いつものような持久戦はやめて欲しいわ」

ミーシャとサーシャは真面目な顔で訴える。


「そうだね、今回は早めに終わらせよう。では、扉を開くよ」

全員で重たい扉を開き中に入る。手を離すと大きな音を立てて扉が閉まる。


「あ、ラピス、どこいくの?」

ラピスは突然僕の背から降りると、扉が閉まる瞬間に外に出た。僕たちは気を取り直し前に進む。骸骨兵スケルトンの気配は感じられない。


突然、笑い声がしたかと思うと、大きな骸骨馬……いや、羽があるので骸骨天馬スケルトンペガサスか……に騎乗した骸骨騎士スケルトンナイトが現れた。彼の頭蓋骨には角が二本生え、銀色に輝く甲冑と赤いローブを羽織り、獅子の彫刻が掘られたランスを手にしている。


「来る、前衛構えて!」

彼は突撃してきた。キリルとイゴールがオルガを庇いながら盾を並べてランスを防ぐ。「ガキンッ」、ランスと盾がぶつかる鈍い音が聞こえ、前衛は後方に吹き飛んだ。


ミーシャ、サーシャは、間隙をついて光魔法‟熱光線シューティング・フレア”を彼の頭部に打ち込む。アンデットならば光魔法によるダメージを受けるはずだが、傷一つ付いていない。よく見ると、体全体がほのかに光を放ち、 まるで聖属性の魔力を帯びているかのようだ。闇属性ではなく、聖属性のアンデットなのだろうか――古代神官騎士エンシェントプリーストナイト、古代帝国の文献に出て来る神殿仕えの上級騎士の呼び名が脳裏に浮かぶ。


(僕たちの敵う相手じゃない。一旦、退却して出直そう)


「サーシャとミーシャ、みんなを連れて魔道具で帰還して」

僕は大声で二人に叫んだ。地下迷宮に入る魔道具は緊急脱出の機能が付いている。


「ダメ、発動しないわ」

魔道具の緊急脱出用の魔法陣に魔力を流しても発動しない。門番ゲートキーパーとの戦闘中は発動しない仕様なのだろうか。


二人は帰還を諦め、僕に目配せをして立体移動で左右に散る。


僕は千匹の蛇サウザント・スネークで、死角から初級闇魔法‟闇吐息ダークブレス”を彼に向けて発動する。仮説が正しければ闇属性の魔法が弱点のはずだ。


「ギャアア」彼は呻き声を上げると、天馬ペガサスを羽ばたかせ、天井近くに飛翔する。そして、彼の周りから複数の魔法陣が発動する。光魔法‟熱光線シューティング・フレア”の多重詠唱だ。


僕は吹き飛ばされた前衛と彼らを介護するカロルのところに行き、全方位防護フルレンジ・ディフェンスを発動する。多重詠唱で何層にも重ねた防護膜に‟熱光線シューティング・フレア”が突き刺さる。壁と床が砕けて辺りに埃が舞うためか、集中攻撃を受けないのが唯一の救いだ。


「おーい、起きろ、目を覚ませ」

僕とカロルは必死に三人を揺り動かす。


「うーん、ザエ兄、ごめんなさい」

オルガ達は目を覚ます。


「すぐに身体強化を発動して、盾で身を守りながら合図するまでじっとしていて」

僕はオルガ達が盾を構えるのを見届けた後、その場を離れた。


◇ ◇ ◇ ◇


魔法を打ち尽くした彼は降りようとした――が動けない。左右の羽の根元がクモの糸で柱に縛られている。 サーシャとミーシャが左右の柱から擬態カモフラージュを解いて現れた。彼は二人に気づき叫び声を上げる。二人に意識が向いた瞬間、僕は‟擬態カモフラージュ”で姿を消したまま、糸による立体移動で彼の背後に回る。


闇夜の隕石ダークナイト・メテオライト

大量の魔力から生成した巨大な岩に闇属性を付与し、風魔法で加速をつけて相手に叩き込む、多重詠唱による固有魔法だ。胴体を砕き、床に落とすことができれば、前衛の攻撃が届く。


魔法陣を展開する一瞬の隙に、何かが僕の腹部に鋭く刺さる――透明武器インビジブル・ウエポン。溢れ出る血が透明なランスを赤く染める。鈍い痛みと高まる鼓動、血がドクドクと流れ出るのが分かる。


僕は辛うじて岩をペガサスの羽にぶつけることに成功し、彼は血を浴びたランスと共に地面に落下した。腹部の傷口を糸で縫合しながら、辛うじて意識を保つ。


(甘かった……彼ほどの上級騎士なら魔力感知が使えて当然だ)


サーシャとミーシャは、‟熱光線シューティング・フレア”の集中砲火を受け、壁まで突き飛ばされて倒れた。防御魔法を展開していたので直撃は免れたはずだが、ピクリとも動かない。壁にぶつかった衝撃で気絶しているようだ。


僕の心が折れかけたとき、オルガの叫び声が聞こえた。

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