3.2.7 捕縛(2)

――王国歴 300年 晩夏 ザルトビア街道


ザエラは血だらけで長巻を構えていた。‟自己回復セルフヒール”で全身の傷口を塞ぐが、切られた直後に流れ出た血が黒くこびりつく。何度目の回復魔法だろうか。目の前にいる魔人は傷一つない。


ベロニカと呼ばれた二人は‟竜変態ドラゴン・トランスフォーム”を唱えると混ざり合い一体の竜人ドラコニアンへと変化した。四つの青い眼と全身を覆う橙色の鱗、そして地面を鳴らす太い尾と飛竜のような二翼。噴き出す黒い炎と凍てつく氷が二振りの剣と成り、両手に握られる。


(長巻は二振りあるが、俺の腕力では二刀流はまだ無理だな……残念だ)


ザエラのあるゆる角度からの魔法攻撃は‟防御魔法シールド”に弾かれ、長巻の剣戟は二振りの剣にことごとく防がれる。四つの青い眼は彼を完全に補足し、隙あらば剣で切り付ける。両手の剣は別人が扱うように独立して動き、予期しない動きを見せる。


さらにザエラを困らせていたのは、相手から魂の揺らぎが全く感じられないことだ。混魄魔法の使い手である彼は生死を問わず常に魂の存在を感じる。ザエラはこれまで魂の揺らぎから感情の変化や攻撃の瞬間を見抜いて来た。睡眠中でさえ夢を見れば魂は揺らぐ。まるで外部の刺激から切り離されているようで、明らかに不自然だ。


「攻撃魔法と聖魔法を使いこなす魔法技術、幾重にも‟魔法解除ディスペル”が刻まれた魔剣を振り回す剣裁き、ベルナール公を倒すのも頷ける。しかし、ベロニカが一枚上手だ。彼を倒して存在進化し、新しい姿を私に見せてくれ」


仮面の男の感極まる叫びに答えるかのように、ベロニカはザエラに切りかかる。彼は素早く長巻を鞘に納め、腰から千匹の蛇サウザント・スネークを取り出し魔力を込める。八股に分かれた鞭はそれぞれ蛇のように動きながら、彼女に巻き付き動きを止める。彼は素早く相手に近づき、鱗で覆われた胸に両手をかざして魔力を流す―‟生物探査バイオ・サーチ”―。


(大きな二つの魔石は彼女達のものか……異質な波長の魔力がこの魔石の一部へ流れ込むを感じるな……本来は精密検査が必要だが仕方ない)

ベロニカが鞭を引きちぎり渾身の一撃を加えようとした瞬間、ザエラの両手が光る―‟過剰流入オーバーチャージ”―。


ベロニカは突然呻きだし二体へと分離して倒れ込む。異質な波長を増幅し魔石に一気に流し込んだ。おそらく体内の魔石が損傷しているはずだ。倒れ込む二人の体内の魔石を調べると、予想通り一部が砕けている。おそらく異質な波長を受信していた箇所だろう。


「ま、まさか、ベロニカが負けるとは……パス魔力伝達通信も切れてしまった」

仮面の男は放心したように膝を付く。


《ザエラ兄さん、台座に到着した。中央の床に穴が開いていて、そこから魔獣の魔石が見える。魔石を囲むように円陣を組み、魔法を詠唱しているのが魔獣調教師だろうね。数名の見張りがいるけど、いつでも攻撃できるよ》

別行動をしていたカロルから念話が届く。


(彼らを倒したら魔獣が混乱し毒を噴き出すに違いない、どうしたものか……)

《中隊長、あんたの魔道具ブレスレッドがあればしばらくは動けるぜ》

ザエラが悩んでいるとジレンが念話で語り掛ける。


ジレンは鬼人が魔獣を攻撃した後、仲間に付いた紫色の液体神経性の毒を体に擦り付けて試していたようだ。ザエラが彼を見ると、紫色の液体を全身に浴び、白く光る魔道具ブレスレッドを付けた腕を精一杯振る。


(顔色が真青で今にも倒れそうだが……‟解毒キュアポイズン”と組み合わせれば何とかなるか)


《合図をしたらカロルは台座の敵を攻撃。ジレン隊は仮面の男達を捕縛後に、倒れている鬼人とベロニカを運んで風上まで移動。他の部隊はカロルの攻撃に合わせて突撃開始。魔道具ブレスレッドに魔力が流れていることを確認するように》

ザエラは各隊に指示を出す。


そして、各隊の準備完了の報告を聞いた後、全員に通達した。

《作戦開始》


――――――網の中の獲物達が一斉に反撃にでた。

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