3.2.6 捕縛(1)
――王国歴 300年 晩夏 ザルトビア街道
クラゲのような魔獣はゆっくりと空中から地上へと降りてきた。無数の触手が円錐状に広がり、胴体が地面に接地する。胴体は約二十メルク、触手を含めると全長約六十メルクを越えるだろう。無数の触手が隊員達の頭上からふわりと落ちてくる。触手は
触手は無色透明で地面に落ちて動かない。しかし、紫色の液体が管の中を波打つのが透けて見え、生き物の律動を感じさせる。
「めんどくせえな、こんなもん切り刻んでしまえ」
《おまえ達、勝手な行動はやめろ》
ジレンの静止を聞かず、鬼人達は斧で触手を切り刻み始めた。しかし、血液のような紫色の液体を浴びると口から泡を吹きだし悶絶しながら倒れる。ミーシャが‟
《神経性の毒のようだ。
《そいつはわからねえ……あいつら装備してないからな》
ジレンは言葉を詰まらせながら部下の怠慢を白状した。
(なんだと……随分と舐められたものだ。死んでも自業自得だ)
ザエラは冷たく心の中で言い放つ。
鬼人の攻撃に興奮したのか、紫の液体の律動が激しくなり、触手が波打ち始めた。そして触手の先端に紫の液体が溜まり始める。
(毒が噴射される前に全員で突撃するか…いや、刺激しないようにしばらく待つか)
ザエラは判断に迷う。まるで触手の動きに合わせるかのように心臓の鼓動が次第に激しくなるを感じる。触手が激しく波打ち、今にも触手から毒が噴出されそうだ。
ザエラが耐え切れず突撃指示を出そうとした瞬間、魔法の詠唱が遠くから聞こえる。詠唱が聞こえて来る方向を見ると、魔獣の頭上に台座が設置され、複数のヒューマンが円陣を組んでいるのが小さく見える。しばらくすると、触手の波打ちが次第に緩やかになる。そして、人族の男性が二体の翼の生えた魔人に抱えられて近づいてきた。彼は目元に鉄製の仮面をつけ、素顔は分からない。
「魔人を大量に捕まえることができた。鬼人、黒エルフ、ホブゴブリン、
仮面の男はサーシャを指さし、興奮した面持ちで近寄る。そして、まるで品定めをするように彼女を隅々まで観察した後、彼女の兜を持ち上げ、眼帯を外し始めた。
《眼帯が外されたら魔眼で魅了を掛けるわ》
眼帯が外されるとサーシャの赤い眼が輝き魔法陣が浮かび上がる。しかし、仮面の男の様子に変化は見られない。
「私に魔眼は効かない。その魔法陣は魅了だな……安心したまえ、既に君に夢中だ。なるほど、額にある触眼はアルケノイドと同じだが、魔眼が使えるようになるのか。しかし、体に傷一つない見事な素材だ。我が主に仕える魔人に相応しい」
仮面の男がサーシャの体に触れようと手を伸ばすと、彼女は思わず払いのける。
「部隊長のザエラ・アルビオン大尉だ。ご用件を伺いたい」
《カロル、時間稼ぎをしている間に周囲の状況、特に魔獣の台座の偵察を頼む》
《各隊は合図があるまではそのまま待機、下手に動くな》
ザエラは念話で指示を出しながら仮面の男に声を掛ける。彼は我に返り赤毛の青年を視線を移す。
「君がベルナール公を倒した敵将だな、まだ、青年ではないか……名前はザエラ・アルビオン、種族はヒューマン#$%……文字化けして読めないな。安物の
仮面の男がザエラを見つめながらつぶやく。
「ベルナール公の仇討ちにグロスター伯爵家に雇われた者か?」
ザエラは見つめ返しながら質問する。
「遠からず、近からずだ。ベルナール公を倒した罪人の死体を晒して見せしめ、彼の死を盛大に弔い、伯爵家の面子を保ちたいのさ。我々はそのお手伝いといったところだ。さて、君の死刑執行者はあちらのベロニカだ。彼女と今から一騎打ちをしてもらう。私が手塩にかけて調教した魔人だ、殺されても恥じることはない。彼女の糧になれることを誇りにして欲しい」
仮面の男が指さした方向を見ると翼の生えた二体の魔人が無表情で佇む。彼を台座から運んだ後は直立したままこちらを見ようともしない。
「私が殺されたら部下たちはどうなる?魔獣のエサになるのか?」
「安心したまえ。我々がすべて引き取る。
「魔人に人権を認めない口ぶりは、ガルミット王国の魔獣調教師の部隊とお見受けする。王国は魔人の調教に成功したのか?」
「遠からず、近からずだ。時間稼ぎをしても無駄だ。下手に私に手を出せば、魔獣の毒で君たちは全員即死だ。さあ、覚悟を決めてもらおう」
ザエラはラピスから降りて二体の魔人の前へ歩み出た。
「どちらがベロニカなんだ?」
「二人ともベロニカだよ」
仮面の男は意地悪そうな笑みを浮かべて答えた。
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