3.1.23 青春ブタ野郎(ラルゴ)
――王国歴 300年 夏 ザルトビア要塞 イストマル王国野営地
今日もええお天気さんやな。
ラルゴは大きな欠伸をして尻を掻きながら起き上がり、軍服に着替える。背丈こそ人族と同じだが四肢がごつく腹も出ている。そんな彼に合わせた特注サイズの制服の腹回りが最近緩くなってきた。
考えてもしょーもないな、このままにしとこ。
来週には組織の再編が決まるらしい。今の小隊長は昇進確実やろうし、そうなったら、訓練も軽くなるしな。また太るかもしれん。そんなことより、はよ、食堂で飯や。ラルゴはドタドタと走りながら宿舎を後にする。
「鬼人のあんちゃん、大盛りを用意しているよ。しっかり食べな」
「おっちゃんいつもおおきに、助かるわ」
料理長から、大皿のスープと黒パンのバスケットを受け取り、窓際の席に座る。
「ふー、生き返るわ。今日は鳥がらの出汁やな」
温かいスープが体に沁みる。スープを飲み干した後、お皿に残った野菜と燻製肉を黒パンと交互に食べる。最後は黒パンでお皿を拭って口に放り込み終了だ。
遅い時間に食堂を利用する彼は、暇そうにしている料理長といつのまにか親しくなった。料理長によると上級士官や騎士団に属している兵士は食堂を使わないため、いつも料理が余るそうだ。ラルゴがお願いすると、料理長は気前良く大皿と大籠で食事を出してくれるようになった。そのお礼に、彼は食器洗いや翌日の仕込みを手伝う。
「おっちゃん、今日もめちゃくちゃうまかったで。上級士官が何食べているんかわからんが、損してるわ」
「あんちゃんぐらいだよ、感謝してくれるのは。そこの皿洗いお願いできるかい?」
「まかしとき、そこのでかい空の鍋もあらっとくわ」
ラルゴは体に似合わずに素早く丁寧に皿を洗い鍋を磨く。
「おっちゃん、包丁の刃先が欠けてきとる。鍛冶所に行くからついでに研いどくわ」
ラルゴは包丁を布で包むと厨房を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇
「まいどおおきに、スープ持ってきたで」
「ラルゴ、いつもすまん、助かる。おーい、みんな一旦休憩だ」
鍛冶所は武具の修理と製作を行う部署だ。鍛冶師は炉で赤く熱せられた剣や武具を金槌で交互に叩きながら鍛えている。作業場は熱くて彼らから汗が飛び散る。親方の一声で作業を中断してみんな集まってきた。
鍛冶師達はテーブルに座り、ラルゴが持参したスープをゴクゴクと飲む。
「集中していると食堂まで行くのが億劫で大変助かる。それに食堂よりも塩が効いてうまいしな」
食堂のスープに具の野菜とソーセージを濾して塩分を加えたものだ。汗で失われた塩分を補給し、体力を回復できるように配慮している。パンを浸して柔らかくして食べるものもいる。
「今日も打つのか?一番奥の炉が空いているぞ」
ラルゴはうなずく。彼が初めて鍛冶場を訪れとき、煌々と燃える炉と熱せられた剣が鍛えられる様を見て、体の奥底から何かうずくものを感じた。堪らず、親方に土下座し鍛冶の手ほどきをお願いした。飲み込みが早く、罪人じゃなければ一番弟子にしたのに……と親方から悔しがられるほどだ。他の鍛冶師からも一目を置かれている。
今の腕前なら、包丁であれば研ぐよりも鍛えたほうが早い。炉で熱せられて赤くなった包丁をしばらく見つめた後、軽快な音を出しながら打ち始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
『青春ブタ野郎』
最近のわしのあだ名や。名づけ親は
わしがソフィアちゃんと仲ようしてるのはみんな知っとる。服役軍人なんて死ぬまで戦場や。明日死んでも不思議やない小太りのおっさんが、可愛い女の子に夢中やなんておかしいわな。それをおちょくってるのも分かっとる。
……でもな、わしはまさに青春の真っ只中や。流石、
わしはスラムの孤児育ちや。悪いことはぎょーさんやった。飯を食うためや……でも、毎日腹が減っとった。服もぼろぼろで臭そうてかなわんかった。仲間からも馬鹿にされとったし、街の人にも石投げられとったな。
それに比べたら今は、洗濯された服を着れるし、飯も腹いっぱい食える。鍛冶みたいな新しいことにも挑戦できる。そして、ソフィアちゃんとも話ができる。何より周りの人にやさしゅうされるのが嬉しい。ほんまに毎日楽しくてしょうがないんや。正直、いつも不機嫌そうな
◇ ◇ ◇ ◇
「今日もラルゴ君に会えた」
ソフィアちゃんはわしをぎゅっと抱きしめる。
「ソフィアちゃんの部屋はじめてや。なんか緊張するな」
「正式に軍医になったから、個室の部屋をもらったの。誰も来ないわよ」
彼女は最初の頃よりも少しふっくらして血色も良くなった。でも、華奢な体なのでそっと抱きしめる。髪の毛からは少し薬品の匂いがする。
「軍医おめでとな。これ、わしからの贈り物や。開けてみてや」
ラルゴは、ソフィアをそっと引き離し小さな金属の箱を手渡す。彼女は早速箱を開けると喜びの声を上げた。
「ラルゴ君、ありがとう。私にピッタリのサイズだ」
箱の中にはメス、ハサミ、ピンセットなど医療器具が丁寧に並べられている。
「わしの渾身の作や。材質はミスリルやから、回復魔法と併用できるしな」
親方から許可をもらって、廃棄される防具からミスリルだけあつめたんや。根気のいる作業やったけど、彼女の嬉しそうな様子を見て報われた。
「ありがとう、大事に使うね」
ソフィアは丁寧に箱にしまう。そして、ラルゴの両手を強く握る。
「ラルゴ君はいつもおだやかで面白いし、気持ちが落ち着くの。ラルゴ君はどう?」
「わしの話でソフィアちゃんが笑ってくれるとわしも嬉しくなる」
「ねえ、私達、付き合ってみない?」
彼女はさらに手を強く握る。緊張しているせいか声が震えている。
「もちろんや、わしでええんやったら……」
ソフィアちゃん、なんで緊張してるんやろ。ラルゴはいまいち実感がわかない。
「ありがとう、付き合う前に見せたいものがあるの」
彼女は服を脱いで上半身裸になり背を向ける。背中には、まるで高温の鉄の棒でクモの巣を描いたように、皮膚が盛り上がり痣となっている。
「魔法回路を拡張する手術で痣ができたの。醜いでしょ……こんな私でもいい?」
ラルゴは両手でソフィアの背中に触れ痣に沿って指でなぞる。
「ぜんぜん、気にならへんで。柔らかくて気持ちええな」
ソフィアは振り向き、ラルゴにぎゅっと抱きつく。
「ごめんね、まだ、体調が万全じゃなくて、女としてラルゴ君を満足させれないけど。もう少し待ってね」
ラルゴは愛おしそうにソフィアを抱きしめた。
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