3.1.22 戦勝会(ジレン)

――王国歴 300年 夏 ザルトビア要塞 イストマル王国野営地


気に食わねえな、何もかも。ジレンは片隅でエール麦酒を飲みながら肉を喰らう。周りの鬼人達はかしらのご機嫌を察してか、一言も喋らずに黙々と飲み食いしている。


今日はうちの部隊(第十三?旅団)の戦勝会だ。第一級戦功を挙げた褒美らしい。普段の食事ではありつけない厚みのある肉と少量ながらも久しく口にしていない麦酒が並んだ長机テーブルを見たときは心が躍った。罪人になってから初めてだからな。


乾杯の音頭が終わるとすぐに肉にかぶりついた。肉を噛み千切ると肉の脂が口の中に広がる。塩だけのシンプルな味付けだが、それが一段と肉のうまさを引き出している。そして、間髪入れずに麦酒を喉へ流し込む。この喉越しがたまらない。少しぬるいが許してやろう。仲間の中には目に涙を浮かべているものもいる。


俺たちは大して働きをしていないだって? 要塞の扉を開けたのは俺とシルバだ。幻覚の魔眼で声や体臭までも変えられる俺たちがいなければ、内側には侵入はできなかったはずだ。ここの肉とエールを全部平らげても文句は言わせない。俺は周りの仲間たちと馬鹿言いながらひたすら食って飲んでいた。


俺はこのときまでは機嫌がよかったんだ――――


しばらくすると、会場のあちこちから聞こえる笑い声が気になってきた。黒エルフのディアナ達はブルーバーグ副長とアルケノイドの小娘と話し込む。軍役が終わる来年に備えて小隊長と副長の故郷の様子でも聞いているのか。彼女達の目は輝いている。隣では、小隊長の弟がエミリアとテレサに折り紙を教えている。


ふと目を移すと、小隊長は傷痍軍人に囲まれている。傷痍軍人は涙を流しながら大声で小隊長にお礼を伝える。最後は全員で肩を組んで歌いだす。


この和気あいあいとした雰囲気はなんだ? たった一ヵ月でどうしてこうなった ?


新任の小隊長が来るまでは殺伐としていた。黒エルフは夜を共にした男と料金の支払いで言い争いがたえず、俺たちが取り立てることもあった。傷痍軍人たちは普段見かけることはなかったが、この世への恨みと救いを絶叫する声が病棟から聞こえたものだ。獣舎はハーピーの糞尿の匂いが酷く、抜け落ちた羽が風に舞っていた。俺達の周りは不幸に満ちていたが、それが俺達の救いでもあったんだ。


俺達だけが取り残された……そう考えると彼は急激に酔いが醒めてきた。普段より厚い肉と、エールで機嫌をよくした自分を空しく感じた。


かしら、ちょっと席うつりますわ、すんません」

ラルゴが頭を下げて、そそくさを席を立つ。そして、彼を手招きする人族の女性の元へと急ぐ。


「ジレン、なんか辛気臭いぞ、俺も移動するわ」

シルバも皿と麦酒を持って、副長の隣の席にさりげなく座る。


――――あいつら……


だが、あいつらの気持ちもわからなくはない。俺たちは生まれたときから虐げられてきた。身内以外はすべて敵だったからな……そういや、逃げた奴らも元気にしているだろうか、また、みんなで昔みたいに飲みてえな……。


「おひ、ジレン、飲んでるか」

突然、誰かが背後から細く引き締まった両腕を肩に回してきた。少し汗ばんでいるが、香水が微かに香り、両肩には膨らみを感じる。ジレンが振り向く前に、彼のサングラスを外して、テーブルの向かい側に座った。


「オルガ、随分と酔っ払ってるな、顔が赤いよ」

オルガはかなり飲んだようで、焦点の定まらない目でジレンをじっとみる。


「お前の目、金色でかっこいいな。これからは眼鏡はずしてとけ。上官命令だぞっ」

オルガはジレンのサングラスを手の中で粉々に砕く。手から血がにじみ出す。彼は慌てて自らの服を破り、傷口の破片を取り除いた後、彼女の手の平を縛る。


「手慣れたもんだな、意外だな」

オルガは身を乗り出し、手を縛る様子をじっと見つめる。


「俺はスラムの孤児だったんでね。年下の子供の面倒をよく見てたんすよ」

うっかり過去の話をしてしまった。仲間以外には秘密にしていたのに。


「お前も孤児なのか、辛かったろうなあ。子供の面倒を見るなんて偉いなあ」

オルガは突然泣き出し、ぼたぼたと涙がジレンに降り注ぐ。泣き上戸のようだ。しかし、“お前も”とはどういう意味だろう……苗字持ちのお嬢さんだから、物語の登場人物でも思い出したのかな。それにしては言葉遣いは最悪だけどな。


「はい、終わったよ」

シルバが手元から顔を上げると、大きくはだけた軍服の胸元から健康的な乳房が丸見えだ。思わず見入った後、周りの鬼人達が覗こうとするのを目で制しながら、軍服を整える。塵紙ちりがみで涙を拭きとり、鼻をチンさせるとようやく落ち着て、テーブルに伏せて眠りだした。彼は上着を脱ぎ、彼女に掛ける。


昔は年下の子供にこうやって服を掛けて寝顔を見ていたな……彼はオルガを見ながら昔の仲間の顔を思い浮かべた。

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