3.1.21 論功行賞
――王国歴 300年 夏 ザルトビア要塞 イストマル王国野営地
グロスター伯爵軍を撃破した先行部隊だが、損害は少なくない。特に第五旅団において、旅団長は戦死し、約半数に当たる五千の兵が失われた。
そのため、ザルトビア要塞の北部に野営地を移し、戦功を反映した新しい序列で再編成が開始された。前評判では、ベルナール公を倒した第七旅団に第一級戦功が与えられ、ブルード少将の中将への昇進が確実視されていた。
しかし、彼の戦功を査定している一室からは歓喜ではなく、怒声が響いていた。
「ベルナール公を倒したのは我々だ。魔道具が壊れているのではないか?」
ブルード少将と彼の部下たちは、目の前の魔道具を指さしながら叫ぶ。彼らの軍属の指輪を魔道具へ押し当てても、ベルナール公に相当する中将の討伐記録が表示されないのだ。
「皆様、落ち着きください。軍属の指輪に討伐記録はございませんが、討伐証明をご提出いただいております。他に討伐記録を持つ者が現れなければ、少将閣下の戦功となります。しばらくお待ちください」
年配の事務局長は丁寧な口調で騒ぎ立てる彼らを制する。
なお、中尉以上の士官達は個室で戦功登録が行われる。一般兵のように長蛇の列に並ぶ必要もなく、少将ともなれば、事務局長が丁重に応対する。
「二万五千近くの兵が戦功登録をしているのだぞ。何日までば良いのだ?」
「本日には中尉以上の士官の戦功登録が完了しますので、それまでお待ちください」
しばらくすると、事務員が入室し、事務局長にメモを渡す。
「中将の討伐記録が確認されました。第十三旅団のザエラ・アルビオン中尉です」
事務局長の報告に場はざわめく。
部下の一人が立ち上がり、長机を叩いて叫ぶ。
「そんなことはない、軍属の指輪が壊れているのではないか?」
ブルード少将はすぐさま彼を殴り飛ばす。
「軍属の指輪は元帥閣下から下賜されたものだ。言葉を慎め」
そして、彼は眼光鋭く事務局長へ質問する。
「このような場合は戦功はどのように決められるのでしょうか? 指輪の記録が絶対ではございますが、私共も十分な討伐証明を提出しております」
「最終的には軍事裁判となります。ただし……
「了解した。戦功は半分で良い」
彼は即断した。その後は、滞りなく戦功登録手続きが進む。
ブルード少将は戦功登録が完了した指輪をはめながら事務員に質問する。
「ところで、アルビオン中尉の髪の毛は何色かな?」
「赤色です。燃えるように鮮やかで印象的でございました」
(あの時の赤毛の小僧か……生きていたか……)
――第十三旅団長へ戦功を報告した帰り道
ザエラとサーシャは小隊の戦功について第十三旅団長、レイデン少将へ報告した。レイデン少将は、終始上機嫌でザエラの上申の作戦成功を褒め称えていた。
「レイデン少将、ご機嫌だったわね。無邪気に喜ぶ姿が可愛らしいわ」
サーシャは歩きながら隣にいるザエラに話しかけた。
「第一級戦功が第十三旅団に転がり込んだからね。ベルナール公討伐の戦功が決め手らしい。まったく、あの爺さんの豹変ぶりには調子が狂うよ。僕は君が魔女と呼ばれ辱めを受けたことをまだ許せないな」
ザエラは、あの事件を思い出し、むっとした表情をする。
「もう、終わったことよ。忘れましょう。ところで、ベルナール公の戦功の件、軍事裁判を起こせば勝訴は確実なのに、なぜ半分に分ける提案にしたの?」
「僕はまだ中尉だからね。将官を相手に戦功にこだわる姿を見せたくないからだよ。それに、ブルード少将に貸しが作れたしね」
「彼は喧嘩を売られたと思っているかもしれないわよ」
サーシャはクスリと笑った。
「試作兵器の実験台にされるのはもうこりごりだ」
二人で笑い合いながら雑談を続け、傷痍軍人の病室へ立ち寄る。
◇ ◇ ◇ ◇
「調子はどうだい?」
ザエラは傷痍軍人に尋ねる。負傷を装うため自らを傷つけて任務を果たした彼らは病室で治療を受けていた。
「衛生兵の治療でかなり回復しました。床に伏したままで失礼いたします」
機関室から救出されたときは、全員気を失い、かなり衰弱していた。今でも起き上がるどころか喋るのも辛そうだ。
「ゆっくり休みなよ」
「いえ、残念ながら戦死は叶いませんでした。次こそは……」
「次はないよ」
「小隊長殿、我々の働きが不満でしたか!? もう一度機会をお与えください」
「逆だよ、レイデン少将が皆の働きに感心されて、特別褒章を渡されるそうだ」
突然の褒章授与に傷痍軍人たちは目を見張り驚いた。
「褒章式は近々行われるけど、褒章の中身は二階級昇進だ。退役しても十分暮らせる額の軍属年金が支給されるから、次は連れていかない」
「大変光栄でございますが、満足に働くこともできない我々が帰郷したところで家族に疎まれるだけでございます」
傷痍軍人たちは嬉しさと寂しさが入り混じる複雑な表情を見せた。
ザエラとサーシャは、皆に言霊の魔石を渡す。震える手で魔石を耳に押し当て家族の声を聴く。数年の間、夢の中でしか聞けなかった声だ。彼らは床に伏し、咽び泣く。
「家族からの伝言だ。君たちに名誉の戦死を望む声が聞こえるかな?」
手紙のやり取りができるのは文字が書ける中級以上の平民に限られる。そのため、"黒猫"に家族の声を言霊の魔石に録音して届けさせたのだ。
「小隊長殿、ご配慮いただき誠にありがとうございます。我らはご指示に従います」
「退役の手続きは進めておく。褒章式が終わりしだい、君たちは故郷へ凱旋だ」
二人はしばらく手続きについて説明した後、病室を後にした。
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