3.1.20 横取り

――王国歴 300年 夏 ザルトビア要塞 夕刻


「くそ、雷槌隊の殿シンガリに随分と足止めをされたな。ベルナールが見当たらないではないか」

ブルード少将は舌打ちをする。先ほどまで前方に捉えていたベルナール公の姿が今は見えない。


「少将閣下、ベルナールは扉の手前で友軍と戦闘中です。まだ、間に合います」

前方を先行していた部下が大声で叫ぶ。


「我々にも勝機は残されていたか。全力で駆けろ、軍馬を潰しても構わん」

城壁に近づくと、扉の前で斬り合う二人の兵士が目に映る。黄金の装飾を身に纏う軍馬に騎乗した金髪の男と巨大な大蜘蛛に騎乗した赤髪の男だ。


「赤髪の男は誰だ?敵将と一騎打ちする技量の持ち主なら知らぬはずはないが……」

「私共も知りません。しかし、指輪の色は緑色ですので、尉官のようです」

望遠鏡で見つめながら部下が報告する。


(尉官なら俺が知らぬのも無理はないか)

ブルード少将は納得するとすぐさま部下に指示を出す。

「もう少し接近したら、例の試作兵器を使用する。二人の決着がつく前に発射する。急いで準備しろ」

「了解!!」

部下たちは槍よりも太くて大きな矢のような武器を軍馬から取り外し始めた。


◇ ◇ ◇ ◇


部下の試作兵器の準備を見届けるとブルード少将は次の指示を出す。

「ベルナールの魔力波長を登録、距離五百まで近づいたら発射し離脱する」


「少将閣下、赤毛の男とベルナールの距離が近く、ベルナールのみの魔力波長を登録できません。彼に攻撃が当たる可能性がございます。また、周囲の友軍も爆風と衝撃により怪我をする恐れがありますが、いかがしましょうか?」


「構わん。ベルナール公を倒せば、我が軍の大勝利だ。友軍殺しの罪は問われまい」

(仮に問題となっても、尉官ならレイセオン商会の資金力でなんとかなるだろう)


ブルード少将と部下たちは静かに二人に近づく。

「距離五百だ。発射開始」


次々と発射される大きな矢は白い煙で放物線を描きながら、二人へ目掛けて飛んでいく。


◇ ◇ ◇ ◇


「ガキンッ」

グリッドを殺された怒りで振り下ろす一撃は重たく、受け流しても長巻から伝わる衝撃で腕が痺れる。ザエラは、腕の痺れに耐えながら、隙を見つけては長巻を切りつける。しばらくの剣戟が続いたあと、ベルナール公は血まみれで落馬した。


「グロイスター家の血筋を引くものが、敵の小隊長如きに倒される訳にはいかぬ」

腕を支えに這い上がり、肩で息をしながら雷槌を構える。


「高貴な家柄だとしがらみが多くて大変だね。楽にしてあげるよ」

ザエラが長巻を構え、距離を縮めて止めを刺そうとした瞬間――――


「危ない、ザエラ」

近くにいたサーシャが叫ぶ。幾つもの飛行体が二手に分かれてベルナール公とザエラへ向かい飛んでくる。そして、逃げる間も与えず二人を直撃し、辺りは爆音と炎に包まれた。


◇ ◇ ◇ ◇


「ほう、大した威力だな、魔導自律誘導弾か。これで軽ければ合格点だが」

ブルード少将とその部下は着弾地点へと急ぐ。地面は抉れ、辺りは焦げ臭い匂いが満ちる。ベルナール公は苦悶の表情をしたまま炭となり直立していた。彼らは頭蓋骨と家紋入りの防具と装飾品を討伐証明として回収した。


「おい、試作品の検証データが記録された魔石も回収しておけよ。ところで、赤髪の男はどうなった? 何発か弾が命中したように見えたが……」


「彼は見当たりません。直撃を受けて跡形もなく消滅したのではないでしょうか?周囲の友軍も見当たらないのは不思議ではございますが」


「そのほうが都合はよいが、ベルナール公と雷槌隊を壊滅させた部隊に会えないとは少し残念だな。彼らを倒せる部隊が第十三旅団にいるとは思えないが……」

辺り一面に広がる雷槌隊の亡骸を見ながら、ブロード少将はしらばく黙り込んだ。


「少将閣下、さあ、勝どきを挙げて我らの勝利を称えましょう」

「そうだったな、要塞にいる第十三旅団へ見せつけてやろう」

主戦場の第七旅団と要塞の守備隊と戦う第十三旅団へと二手に分かれて走り去った。


◇ ◇ ◇ ◇


「ようやく、いなくなったか。みんな出てきていいよ。怪我をした子はいないか」

ザエラとサーシャが地面から現れた。弾が命中する瞬間、ザエラがサーシャを抱きしめ、‟全方位防護フルレンジ・ディフェンス”で爆風を防ぎながら、地中へと退避していたのだ。


「サーシャ隊、全員無傷です」

副隊長のララファ、フィーナ以下二十名が、‟完全擬態パーフェクト・カモフラージュ”を解除し、ザエラとサーシャの前に隊列を組んで現れる。一騎打ちの場所から離れていたため、怪我をしたものはいない。城壁に擬態してへばりついた大蜘蛛も姿を現し、地面へと降りて来た。


「手柄の横取りとはずいぶんと卑怯な真似ですわ。殺してやろうかと思いました」

「はは、友軍を殺したら処分されるよ。彼らも随分と思い切ったことをするね」

(俺が生きていることを知ったら彼らはどう思うかな……)


「最後は予想外の展開だったけど、概ね計画通りに進んだ。みんな初陣なのによく頑張ってくれたね。討伐証明を忘れずに採取して野営地に帰還しよう」

念話で他の部隊にも通知して、帰還の準備を進める。


ザエラはベルナール公の亡骸へ近づき、‟魂の補食ソウル・イーター”を唱えた。


――――第七旅団による勝どきでベルナール公の死亡が公となり、敵軍は要塞から撤退を始めた。ザルトビア要塞戦はイストマル王国の勝利で幕を閉じた。

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