3.1.14 要塞戦 潜入

――王国歴 300年 夏 ザルトビア要塞 東側山頂の監視塔 正午


「敵の野営地の様子はどうだ?」

通信兵は定期的に監視兵に声を掛ける。


イストマル王国の野営地へ強襲部隊が出撃してから二時間が経過した。山の麓にある敵の野営地へ侵入し、食糧庫へ火を放つのが彼らの任務だ。予定通りであれば、野営地から煙が出る頃なのだが。通信兵は、主戦場にいるグリッドへ合図を送る準備を整え、監視兵からの報告を待ち続けていた。


「木々が邪魔して野営地の様子は見えませんが、煙は出ておりません。ん…?山腹に数名の兵士を発見。こちらに向かってきます。彼らの装備は出撃した強襲部隊のものですが、歩き方から負傷している模様です」

監視兵から連絡を受けた警備兵達は、山腹で発見した負傷兵の元へ急ぐ。


「かなり酷い傷だ、強襲は失敗したのか?他の者たちは?」

十名程度の負傷兵は全身が血だらけで、五体満足なものは殆どいない。


「まともに喋れるのは私と隣のウイリアム准尉だけだ。麓の森で敵部隊に襲撃された。後方にいた我々は辛うじて逃げることができたが、他の者たちがどうなったかは分からない。森の至る所に罠が仕掛けられていて、腕や足が千切れて血だらけだ……」

先頭を歩く負傷者の一人が息も絶え絶えに状況を報告する。


「報告は後で構わない。今は喋るな。おい、担架に乗せて運ぶぞ」

警備兵は負傷者全員を担架に乗せ、来た道を急いで引き返す。


途中、警備兵の一人がおもむろに負傷者へ掛ける。

「合言葉を聞かせてくれ」

「うぅ、あ、合言葉?」

「砦に入るための合言葉だ。すまないが、決まりでね」

「ああ、そのことか……すまない、朦朧としていて……なんだっけな?」


負傷兵が戸惑っていると、もう一人の警備兵が割り込んできた。

「彼は俺と同郷だ。訛りが同じでね、昨晩、一緒に飲んだから、顔も覚えているよ」

「……いや、決まりは破ることはできない。砦に着くまでに思い出せ」


――ザエラ小隊待機場所(東の森)


敵の強襲部隊は静かにかつ素早く移動したが、‟完全擬態パーフェクト・カモフラージュ”で姿を消して散開していたカロル隊とサーシャ隊に完全に捕捉されていた。彼らは反抗もできずに喉を切られて絶命するか、クモの糸で捕縛された。そして、幻覚の魔眼を持つジレンとシルバを敵兵に化けさせ、同じく敵兵の装備を身に付けた傷痍軍人を連れて、負傷兵として敵の監視塔に送り出した。


《ジレンだ、砦の警備兵に保護された。しかし、砦に入るための合言葉を求められたが聞かされていないぞっ。今すぐ教えてくれ》

ジレンが念話で怒鳴る。頭の中に彼の怒鳴り声が響き渡る。


《うるさいわね。魅了した敵兵から聞き出したわ、合言葉は"稲妻"と"雷鳴"よ》

サーシャが文句を言いながらも直ぐにジレンに合言葉を伝える。


その後、しばらくしてジレンから再び念話が届いた。

《ジレンだ、砦の侵入に成功した。次はどうしたらいい?》


砦の侵入成功に隊員が喜ぶ中、ザエラは冷静に次の指示を伝える。

《お前たちの任務は要塞の扉を開閉する機関室の制圧と扉の開門だ。次はお前とシルバで傷痍軍人を二部隊に分けて、扉の左右にある機関室を制圧しろ。場所を書いた紙は二人の胸ポケットに入れてある》


《簡単に言うなよ、傷痍軍人共はどいつも瀕死じゃねーか》

《この日のために訓練を続けてきた。俺はお前たち二人が一番心配だよ》

《チッ、約束を忘れるなよ。じゃあな》

ジレンは舌打ちすると念話を終えた。


「ジレンの教育が行き届いていなくてすまない。改めて体に覚えさせるからな」

オルガがニヤニヤしながら拳を鳴らす。


(もう少し冷徹クールな奴だと思っていたが、オルガに似て来たのかな。我々と打ち解けつつはあるが、信頼できる仲間には程遠い。互いに本音で話し合う必要がありそうだ)

ザエラは怒りを露わにするジレンに大きな隔たりを感じていた。


彼は気持ちを入れ替えると、待機している隊員に指示を出す。

「砦への潜入は成功した。潜入部隊が扉を開き次第、敵陣に切り込む。自部隊の役割を改めて確認して、速やかに準備に取り掛かるように」


隊員たちは立ち上がり、部隊長の指示に従いながら慌ただしく準備に取り掛かる。

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