1.2 アルケノイドの里(2)

僕は師匠から座学と魔法を学ぶためギルドに通う。


ギルドの入り口を入ると受付があり、その奥には食堂が併設されている。訓練場は半地下室に整備され、資料室、ギルド職員の事務所、当直の部屋が二階にある。


◇ ◇ ◇ ◇


午前中の座学の合間に、ギルドの二階にある師匠の部屋で休憩している。師匠が淹れてくれたお茶を飲むと、独特の香りと苦みが口の中に広がる。


「お茶にようやく慣れたみたいじゃな?」

師匠は僕の表情を見て話しかけてきた。


これは特別な薬草を煎じたお茶で、体内の魔力の循環を良くする効果があるそうだ。最初は苦くて涙目で飲んでいたが、今では飲まないと物足りない。師匠からいくらか薬草を分けてもらい、家でも食後に飲んでいる。


「うん、師匠の入れてくれたお茶美味しい。 飲んだら体がぽかぽかします」

僕が笑顔で答えると、師匠は嬉しそうにうなずく。


「ぼうずは魔力が淀みやすい体質だから一生の付き合になるじゃろうな。機会を見つけて作り方を教えてあげるよ」

と言うと、師匠は視線を上にあげ、感慨深そうに当時の事件を話し始めた。


「あれからもう一年が経つ、早いものじゃな。ぼうずの股にあれがついていたときは、婆さんはほんとにたまげたよ」

師匠は、しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして笑いだした。


僕は二歳の誕生日に体調を崩して倒れ、ギルドが運営している病院に担ぎこまれた。その時に治療してくれたのが、ギルド長である師匠だ。


師匠はかなり驚いたそうだ。アルケノイドの子供が診察に来たのは始めだ。さらに、その子供の額に六つの触眼はなく、服を脱がすと股にはあれがついている。


「下のほうは、六つではなく、二つじゃったので安心したがな」

と言いながら、師匠は笑い続ける。


師匠の下ネタに僕はなんと返したらよいか戸惑いながら話を変えた。

「師匠、僕はどんな病気だったの?」


まじめな表情に戻ると、当時を振り返りながら師匠は一息置いて話し始めました。


「ぼうずが運ばれたとき、顔が真青で息を切らしながら体全体が汗で濡れておった。額に手を触れてみると、熱はなかったが、手から渦巻いた魔力がわしの体に流れ込んできよった。慌てて手を離し、わしは察した。 自らの体内から発生する魔力で中毒にかかっているのではないかと。同様の症状で苦しむ人族の子供を診断したことを思い出した。じゃが、ぼうずの魔力量が尋常ではなかった」


師匠は当時を思い出したためか、右腕が少し震えていた。


「わしは急いで魔石を用意して両腕に巻き、ぼうずを裸にして背中に両手をつけて魔力吸引の魔法を使い、わしの腕から魔石へとぼうずの魔力を吸い出したんじゃ。 ぼうずの魔力が多く何度も魔石を取り替えて吸い続けたが、最後の魔石が一杯になりそうなところでようやく落ち着きおった」


興奮を抑えるように、お茶をがぶがぶと飲んでつづけた。


「しばらくして、ブチっという音がしたと思ったら、ぼうずの背中の魔力回路が一瞬光っての……そしたら、ぼうずが一言うめいて意識を失い、症状は治まった。それからぼうずが目を覚ましたのは一日後じゃ」


師匠は僕を見つめて問いかける。

「ぼうずは覚えておるか?しっかりしろとぼうずに何度も声を掛けたがの」


そうだうっすらと覚えている。 体の中に何かが渦のように巻いて食い尽くされていく感じと、胸の中で何かが弾ける音と激しい痛み、背中のあらゆる血管の血が沸騰したような痺れ。そして目が覚めるまでの出来事……


記憶の断片が集まり一つの流れとなる。 その中で老婆の怒鳴る声が聞こえるが、きっと師匠の声だったのだろう。


「うん、意識はもうろうとしていたけど、師匠が声を掛けてくれたのを思い出した」

「そうか、つらいことを思い出させてしまったかもしれないね、ごめんよ」

師匠は僕に謝りながら少し考えたあと僕に問いかけた。


「なあ、ぼうずのお父さんはどんな人だったか聞いたことはあるか?」

僕は首を横にふる。


お父さんについて何もしらない。母さんは、父さんのことを一切話さない……というか……その話題に触れるのを避けているようにさえ感じる。父さんのことは気になるけど、母さんには聞き出せないでいた。


「そうか、大きくなったらお父さんに会えたらいいな」

「うん?なんで師匠はそう思うの?」

と僕は思わず聞いてしまった。


「深く考えたことはないが、家族は大切なものじゃろ?両親は子供の成長を見守り、子供は両親に甘えたり反発しながら多くのことを学ぶもんじゃ。うーん、ちと難しいがの、両親を通してこの世界に受け入れられていることを実感するものじゃ」


そうか……お父さんが気になるのは、この世に受け入れられていないと感じる不安から来ているのだろうか。


「まあ、わしは近いうちにあの世で家族と会いそうじゃがの」

師匠は笑いながらいつもの調子に戻った。


「師匠には長生きして欲しいです。そろそろ 座学を再開しましょう。お茶ごちそうさまでした、片づけますね」


◇ ◇ ◇ ◇


ザエラが帰宅した後、老婆はギルド長の執務室で考え込んでいた。


治療中に一瞬光った彼の魔力回路が老婆の頭の中をよぎる。特殊な魔法の素質を持つ血族は、魔術紋様を持つ魔力回路を脈々と受け継く。その形や属性は血族により異なる。また、その形から血族を、大きさと複雑さから素質の高さを判断することができる。


(ぼうずの魔術紋様の大きさと複雑さは二歳児のものではなかった。魔力の量が多く、魔力回路が活性化しているためかもしれんが、今後も成長するじゃろう。しかし、あの模様……わしも数多くの魔法使いを見てきたが、見覚えがないな……別の国の血族のものか、それとも秘密にされているものか)

人族の父親から遺伝しているはずだが、彼は何も知らされていないようだ。


「可愛い男の子じゃがとんでもない素質の持ち主じゃ。わしが正しく導かねば……」

老婆はそう呟くと彼から勉強を教えて欲しいと頼まれた日のことを思い出した。

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