1.3 修行の始まり

――ザエラ二歳 ギルドの病院に担ぎ込まれた次の日


眼を覚ますと板張りの天井が目に入る……見慣れない天井だ。僕はベッドの上で仰向けに寝ていたようだ。


布団とシーツはゴワゴワしていて足を動かすと少し痛く、枕は汗を吸い取ってひんやりとしていた。ベットの周りは布で囲まれ、部屋全体は見えない。窓からは日が差し込んでいる。


「あ!? もうこんな時間か早く起きて支度をしないとっ」

僕は慌てて起き上がろうとするが体が動かない。そして激しい頭痛と共にこれまでの記憶が流れ込む。そうだ……僕は悪寒がして倒れたんだ。どうして、早く起きようとしたのだろうか。


ツンとした部屋の臭いで次第に頭が動き出す。窓の外には北門と街を取り囲む壁が見え、大蜘蛛が壁にへばりつき移動している。北門の近くということは、ここは人族の病院に違いない。


人の気配はなく、起き上がろうと力を入れても上半身が動かない。足は動くのに背中と腕に全く力が入らない。 足で布団を払い、両足を上下に揺らして「えいっ」と起き上がる。「痛っ」、背中全体がチクチクして波のような痛みが押し寄せてくる。


痛みに体をよじるとさらに痛みが押し寄せ、息ができなくなる。体を動かさないようにして息を整えていると、何人かの足跡が聞こえ、扉を開ける音がした。


「お、ぼうずが目をさましおった」

と言いながら、老婆と母さんともう一人が布を開けて現れた。


「なに、背中が痛いか、どれわしが見てやろう」

ベットの横にある丸椅子に座り、呪文をとなえながら僕の背中を両手でさすってくれる。しばらくすると背中がだんだんと暖かくなる。


「よしそろそろええじゃろ。 体を動かしてごらん」

僕はおそるおそる腕を上げて背筋を伸ばしてみる。


「痛くない !」

今度は思いっきり両腕を上げて背伸びした。僕は体の向きを変えて、足を下しベットに腰をかけて老婆と向き合った。


「そうかそうか、今からお茶をいれるでな」

立ち上がって布の外に出ていく老婆は、身長は僕より高くて百四十セルクぐらい。

太ってもおらず、痩せてもおらず、少し猫背だがきびきびを動き、所作に無駄がない。ちなみに、僕の身長は百セルクぐらいだ。


「体調が戻ってよかったわ、大丈夫?」

母さんがしゃがんで僕の手をさすりながら声を掛けてきた。赤い瞳に不安そうな影を落としている。


「全然大丈夫だよ」

僕はできるだけ笑顔を作り、元気な声で母さんに答える。


もう一人のアルケノイドは一歩下がりこちらを見ている。母さんよりも背が高く、面長で整った顔をしている。他のアルケノイドと同じで、その表情からは何を考えているかわからない。


「よしできたよ、熱いからゆっくりお飲み」

老婆から湯呑を受け取る。そして息を吹きかけながら少しずつ飲む。口に苦みが広がり、僕は顔をしかめた。


「苦いかもしれないけど、しっかりお飲みよ」

老婆は笑いながら声を掛けてくれた。


「ギルド長、この度はわれらが同胞を助けていただき、ありがとうございました。対価をお届けしますので、後ほど費用を教えてください 」

もう一人のアルケノイドが老婆に話しかける。


「わかった、場所を変えて話をしたほうがよかろう」

ギルド長こと老婆と、もう一人のアルケノイドは、一緒に外に出て行く。


しばらくすると、ギルド長は急ぎ足で戻ってきて、独り言のようにつぶやいた。

「ギルド長といっても、ギルド職員はわし一人じゃから、忙しいもんじゃ」


もう一人のアルケノイドは戻ってこないが、そのまま帰ったのだろう。


ギルド長はしばらく僕の身体に触れて診察した後、

「さあ、もう家に帰っても大丈夫じゃろう。さきほど飲んだ薬草を渡しておくから、食後に煎じて飲むように」

と言いながら僕の肩を軽く叩いた。彼女の手は褐色で指は太く厚みがあり、人生経験の豊富さを物語る。


「ギルド長、治療ありがとうございます……一つ質問してもいい?」

「なんじゃ?」

「僕は、アルケノイドなの? それとも人族なの?」

僕はこれまで胸に抱えていた疑問をギルド長にぶつけてみた。母さんは驚いた様子で僕とギルド長を見つめる。


僕は他のアルケノイドと同じく半年で歩き出し、一年で喋り始めた。でも、自分でできることが増えてくるにつれ、周りと自分との違いを感じていた。


「そうじゃな、ぼうずの髪と瞳の色とかわいい顔立ちはお母さんそっくりじゃ、お母さんの子供じゃろて。ただ、わしもいろいろな種族を見てきたが、今のように背中がチクチク痛むのは人族もしくは亜人デミヒューマンだけだから、ぼうずの体は人族に近しいな」


ギルド長の話に戸惑う母親に気を使うことなく、彼女は言葉を続けた。


「まれに魔人と人族の混血が生まれることがある。 幼くして大体死んでしまうがの。 外見は人族に似ているが、死体を解剖すると体内に魔石が見つかったそうじゃ。わしも書物でしか読んだことはないがな。 もしかしたら、ぼうずはそういった類かもしれん。ちなみに亜人族は、魔族と人族の混血じゃが、魔石はなく身体特性とスキルを魔族から継承した人族で種族として枝分かれしたものじゃ」

老婆は自分の考えに興奮したように声を上ずらせながら喋った。


「よくわからないけど……僕は人族に近いんだよね。だったら、僕は人族と同じ勉強がしたい。 人族の勉強を教えてもらえないでしょうか?」

僕はお婆さんの目を見ながらお願いする。街の集合教育に参加できず、勉強の機会がない自分に焦りを感じていたところだ。


ギルド長はしばらく考え込えこみ、よどみなく答えた。

「そうじゃな、何個か決まりがあるが、それを守れるなら教えてもよい。

 1. わしを師匠と呼ぶこと。 それにふさわしい、態度と言葉遣いを心がけること。

 2. 勉学だけでなく、礼儀作法など人族の社会で必要なものも学ぶこと。

 3. 勉強の進め方、内容については、わしに口出ししないこと。

 4. 勉強の対価として、わしの手伝いをすること。

どうじゃ、守れるか?」


「うん、決まりは守ります。 師匠よろしくおねがいします!」

僕は満面の笑みでギルド長に返事をした。


「お母さんは知っていると思うが、この街のギルドおよび関連施設は治外法権が認められており、何か事故が起きても国の管轄で処理される。 アルケノイドの自治権は通用しない。 それでも大丈夫かな?」

ギルド長は振り返えると母さんに問いかけた。


「大丈夫です。 この子の希望をかなえてあげてください」

母さんはギルド長に答えた後、僕に微笑みかけた。


「わかりました。それでは、別途契約書をかわしましょう」

ギルド長は今後の手続きについて説明を始めた。


こうして、師匠との勉強の日々が始まる。

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