1.4 蜘蛛の糸
――ザエラ二歳 修行開始(魔力制御)
師匠の国では七日毎に安息日がある。
安息日以外は毎日ギルドに通いつめている。三日間は勉強、残り三日間は師匠の手伝い。 安息日も行きたいけど、師匠から絶対来ないように言われている。 師匠は安息日に何をしてるんだろう。
勉強の日は、午前中は座学、昼食をはさんで、午後は魔法実習。半地下の訓練場で師匠から課題をもらって、ひたすら一人で訓練を行う。
「魔法の基礎は、魔力の出力量の制御、魔力の波長の制御、魔力の吸収と体内循環の三つだけじゃ。ぼうずは魔力が淀みやすいので、まずは魔力の出力量の制御を訓練しながら、魔力を排出することを習慣づけたほうがよいじゃろう」
魔力の出力量の制御では、鳥型の魔道具を使った訓練を行う。この鳥には、長い紐が五本結ばれている。お腹に一本、右翼と左翼に二本づつだ。紐の長さは五メルクぐらいだろうか。
「魔力の伝導率が高くて丈夫なアルケノイドの糸を束ねた紐じゃ。この紐に魔力を流し込んで鳥を飛ばしてもらう」
師匠がお手本を見せてくれた。 片手に二本ずつ紐を握り、腰に紐を巻き付ける。鳥は飛んでいる状態で地面に置いておく。
まず、腹にある円盤と両翼にある下向きの円盤が回転しはじめ、ゆっくりと垂直に浮かび上がる。 そして両翼にある円盤がすばやく水平方向に移動し、鳥が水平に移動し始める。その後は、生きている鳥のように飛び回り、最後は両羽のある円盤が下向きになりゆっくりと地面に着陸する。
「円盤には風属性を持つ小さな魔法陣が多数書き込まれておる。流しこまれた魔力は魔石で増幅されて魔法陣に送られる。そして、魔法陣から風が起こり、円盤が回転し始めるんじゃ。腰の紐はお腹にある円盤へ魔力供給、手に握った二本の紐は両翼の円盤への魔力供給と円盤の方向制御に使われる」
よく見ると鳥型の魔道具へ紐が結ばれたところに魔石がはめ込まれている。魔力を増幅する魔石だろう。
(なんだ簡単そうだな……)
師匠が鳥を飛ばす様子を見ながらすぐにできそうな気がした。
僕は師匠から魔道具を受け取り準備する。魔力を流し込もうと頭で想像するが、鳥はぴくりとも動かない。「うーん」、顔を真赤にして気張るが一向に動かない。
「最初はそんなもんじゃ。アルケノイドは魔力制御のスキルもちじゃから、ぼうずであれば一発でできるかとおもったがの。どれ手を出して目をつぶってごらん」
僕は師匠を向かい合い手を差し出した。師匠は、僕の手を取り、何やら魔法を唱える。すぐに手がじんわりと暖かくなり何かが流れてきた。
「これは魔力の波長の制御じゃ。 わしの魔力をぼうずの波長に合わせて流し込んでおる。この流れをゆっくりと押し戻してごらん」
目をつぶり深く深呼吸しながら、体の中から波を起こして師匠の魔力を押し流す。
「流れが変わってきた、その調子じゃ」
突然、体の中から波が沸き上がり、抑えきれずに流れ出た。「バン」、という音がして僕は目を開けた。 師匠は手を離して驚いている。師匠の手にはめた指輪の魔石が砕け落ちる。
「よし、魔力を外に出せるようになったの。 試してごらん」
師匠は驚いたそぶりを隠すように僕に促す。僕は紐を握ると目をつぶり、先ほどの要領で魔力を流し込む。
「ドカン」、という音で目を開けると、鳥が訓練場の天井に突き刺さっている。天井から引き抜いた鳥を見ると、はめ込まれた魔石はすべてヒビが入り砕けている。 師匠は茫然としている。
「魔石に大量の魔力が一度に流れて壊れてしまったんじゃな……何人も教えてきたが、初めての経験じゃ。 ぼうずはおもしろいのお……」
師匠は金属の棒を地面に突き刺し、紐を結びつけて僕に渡した。僕が流し込んだ魔力は、紐を通って金属の棒に伝わり、どんどん地面に吸い込まれていく。
「このまま体内の魔力を外に流してごらん」
しばらく続けていると、体内の魔力が減少したせいか、魔力の放出量を徐々に調整できるようになった。魔導具が治るまで、しばらくはこの方法で訓練をつづけた。
なお、この棒は訓練場に差し込まれたままとなった。訓練が終わると体内に残る魔力をこの棒に流し込むのが僕の日課となる。魔力が体内に淀むのを防ぐためだ。
鳥の魔道具は一週間後に修理されて戻ってきた。師匠がいうには、高価な魔石に変えたそうだ。たしかに魔石は壊れなくなったが、失敗の日々が続いた。
まずは浮かせて着陸させるところから初めて、次に上から紐で吊るして横に飛ばす練習をした。最も難しかったのは浮かした状態から両翼の円盤を角度を変えるところ。二本の紐への魔力の放出量がうまく切り替わらずに悪戦苦闘した。
魔道具で訓練を始めてから約一か月、ようやく鳥が飛ぶようになる。このころには、母さんが布を織るときに糸を指先から出している様子を思い浮かべながら、魔力の細い流れを指先から出していた。
ある日、夢中で鳥を飛ばしていると、師匠が訓練場で降りてきた。もうこんな時間かと思いながら、鳥を飛ばしたまま彼女に手を振る。すると師匠は笑いながら近づいてきた。
「ぼうず、手元を見てみろ」
手元を見てみると、指から伸びた真っ白い糸が紐に絡まっている。腰に結んだ紐にもへそから伸びた糸が絡まりあう。
「糸が生成できるとは、男の子でもアルケノイドの子供じゃな」
指先に集中するとにょろにょろと糸が生えてくる。まだ、糸の操作は十分にできないけれど、右へ左へとゆらゆら動かすことはできる。
「母さんと同じだ、うれしいなあ」
僕は嬉しくて思わず叫んだ。
「今はまだニュールのような太くて白い糸じゃが、上達すると目に見えないほど細くしたり、属性を付与して色を付けたりできるじゃろう。もっと訓練するといい」
※ニュール = 小麦粉で作ったスパゲッティのようなもの。
僕は、鳥の操作を忘れ、指から糸を出し続けた。鳥が訓練場を高速に飛び回る。
「ぼうず、まずは鳥を着地させておくれ。危なかしくて見ておれん」
片手で頭を押さえ、飛び回る鳥を指さしながら、師匠は僕に注意した。
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