1.5 魔法の基礎

――ザエラ二歳 修行開始(魔力の波長制御)


師匠と訓練を初めてから、早朝、街の中を走るようにしている。


「いってきます……」

小声で囁いて静かに戸を閉めると、中庭の小屋にある黒い物体が一瞬起き上がる。赤く光る八つ目をこちらに向け、しばらくするとまたうずくまる。母さんが眷族として飼っているデビルスパイダーだ。


僕が物心ついたときからいるけど、僕よりも大きくて、最初は怖くて良く泣いた。でも、性格は穏やかで、母さんによく懐いている。安息日の昼間は、母さんに毛づくろいされて、ギッチ、ギッチ鳴いて気持ちよさそうだ……


僕は通りに出て誰もいない道を走り始めた。街の壁沿いに何週か走った後は、街の中央の広場やいつも通らない小道を走る。息を弾ませながら、何も考えずに走るのが気持ちいい。


路面には石がきれいに敷き詰められている。以前、修理をしているのを見たことがある。土魔法で石材を切り出し、砂に自分たちの糸を混ぜた粘土で石材同士を隙間なく接着していた。その出来栄えはすばらしく、時々、人族の街でも作業を頼まれるらしい。


◇ ◇ ◇ ◇


「よし、今日から魔力の波長の制御にすすむぞ、ぼうず」


鳥を自由自在に飛ばせるようになったある日、師匠は僕の頭をなでながら言った。そういえば、このころから師匠のスキンシップがだんだんと激しくなる。


師匠は長方形の容器に青色の液体を満たし、両手の指を半分ほど入れた。しばらくすると、指の周りから波紋が広がっていく。


「魔力を流すとこのように波立つじゃろ。魔力は波なんじゃ」

「うんうん」、僕はうなずく。


「さらにじゃ」、と言いながら魔石を容器に入れ、手のひらを魔石の表面と平行にして液体の中に入れる。「よく見ておくんじゃ」、と師匠は手のひらに集中し始めた。


最初は、波紋の間隔が大きくて、魔石に跳ね返されていたが、だんだんと波紋の間隔が小さくなると魔石に跳ね返されなくなり、反対側の魔石の表面から波紋が広がっていく。しばらくすると反対側の魔石の表面の波紋が大きく波打つようになる。キンキンと魔石が共振している音が聞こえてくる。


「わしの魔力の波長と魔石の固有波長が合うと、このように出ていく魔力のうねりが大きくなる。これを応用して、固有波長の魔力を魔石に流して魔法を発動させれば威力が大きくなる。さらに波長を変えると面白いことがおきるんじゃ」


さらに波紋の間隔が変わと、反対側の魔石の表面から波紋はでなくなる。その代わりだんだんと魔石が光ってくる。


「わしの魔力の波長と魔石の限界固有波長が合い、魔石に魔力が閉じ込められて発光しておる。これを応用して、限界固有波長の魔力を流して魔石に魔力を貯めた後、固有波長の魔力を流して、貯めた魔力を放出させながら魔法を発動させれば、さらに威力が大きくなる。一流の魔導士であれば、完璧に使いこなす技術じゃ」


固有波長と限界固有波長は魔石により異なるため、素早く波長の調整して見極める力が必要とのこと。魔導士は相性の良い波長を持つ魔石をワンドに埋め込んで、魔力の底上げをしているそうだ。


「あと、人の魔力にも固有波長があり、それに合わせることで体中に魔力を流し込むことができる。わしが以前、ぼうずに使ったようにじゃ。高い技術が求められるので今はやらんでよい」


師匠と同じように水面に波紋を作りながらその間隔や大きさを変える訓練をつづけた。魔力を調整した結果が波紋として見えるので、魔道具の鳥よりも簡単にできるようになった。なんとなくだけど、僕と相性がいい感じがした。


――ザエラ二歳 修行開始(魔力の吸収と体内循環)


「最後に魔力の吸収と体内循環じゃ。これで基礎は最後じゃ」

師匠は僕を抱きしめて匂いを嗅ぎながら言った。


「師匠苦しいです…いろんな意味で…」


「ふう、若いってよいなあ。ご馳走さまじゃ。さて、ぼうずは関係ないかもしれんが、魔法の使い過ぎで体内の魔力がつきたらどうする?」

師匠は僕を離しながら質問をした。


魔力回復薬マインドポーションを飲みます!」


「正解じゃ、魔力回復薬に含まれる魔力が体内で魔力回路に取り込まれる。ただ、人には固有波長があるから、相性が悪いとうまく取り込まれない。事実、戦場など命に危険がある場合は、自分の波長に合う魔力回復薬を用意することが多い」

「うんうん」、僕はうなずく。


「話が少しずれたが、魔力の吸収と体内循環とは、外部にある魔力を感じ、その波長のまま内部に取り込み、体内を循環させて自分固有の波長に変換する技術じゃ。これを習得すると、魔力回復薬から魔力を効率よく取り込んだり、魔石や他の人から魔力を吸収したりできるようになる」


僕は様々な種類の魔力回復薬を飲んで体中で循環させる訓練を始めた。それができるようになると、師匠とつないだ手から師匠の魔力を吸収したり、魔石から魔力を吸収する訓練に移る。これらの訓練も魔道具の鳥による‟魔力制御”より簡単に感じた。


また、師匠には内緒にしていたが、治療を受けた後も、時々、身体のだるさを感じていた。ためしに魔力を全身に循環させると症状が緩和されることに気づいた。おそらく、魔力の循環により体内の魔力の淀みが改善されるためだろう。


「ぼうずは‟魔力の波長制御”と‟魔力の吸収と体内循環”に天賦の才があるようじゃ。魔力制御のスキル持ちかもしれんが、さすがわしの孫じゃ」

師匠は僕をぎゅっと抱きしめた。


「僕は師匠の弟子です。あと、ち○ち○さわらないでください」

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