1.6 夢と現実

――ザエラ二歳 将来の夢


その後、人族語の読み書きと魔法の三つの基礎を徹底的に教え込まれた。魔法の基礎は半年ぐらいで習得したので、その次の属性魔法をすぐに始めれないか師匠に相談した。でも、属性魔法の習得には難解な魔法書を理解する必要があるので、人族語の読み書きができるまでダメと師匠に言われた。


魔法の基礎だけだと飽きてしまうので、糸を使った運動を取り入れた。これは立体感覚を鍛える運動で、アルケノイドのスキルを受け継いでいれば簡単にできると師匠は話していた。


まずは、糸を訓練場の天井に接着し、ぶら下がりながら糸を操作して移動する。最初はゆっくりだったが、次第に早く移動できるようになった。糸の操作に慣れてくると、飛び跳ねて空中で回転して着地したり、靴に糸を巻きつけて壁を駆け上がり、天井を歩けるまでに上達した。


師匠に魔道具の鳥を操作してもらい、鳥と競争した。なんだかさみしくて、一緒に競争できる仲間が欲しいと思った……


座学については、人族語が読めるようになると読書に夢中になった。子供向けの本はギルドには少ししかなく、すぐに読み終わってしまった。師匠が知り合いから取り寄せてくれた箱一杯の本を見たときは、飛び上がるほどうれしかった。


物語が好きで、冒険、昔話、逸話なんでも読んだ。特に気に入ったのが、貧しい家に生まれた少年が、錆びた剣を持ち、ぼろぼろの鎧を身に着けた兵隊から手柄を立てて、最後には将軍となり、お姫様と結婚して国王になるという話だ。僕は何度も繰り返し読んでいた。


「ぼうずはその本が好きなのか?」


「うん、僕と似たような貧しい少年が、努力と苦労をしながら戦功を挙げて将軍に出世し、最後は国王になるんだ。何度読んでもワクワクするよ」

僕は師匠の問いに興奮しながら喋り続ける。


将軍という言葉を見るとなぜだか胸が熱くなり、それに手を伸ばし、掴み取りたい衝動に駆られる。僕は国王より将軍に興味があるのだろうか……不思議な感覚だ。


師匠は真面目な顔をしてしばらく考えた後、

「残念じゃが、ぼうずは将軍にはなれない。諦めることじゃ」

と言いながら僕を見つめ、話を続ける。


「軍人になるには戸籍が必要じゃ。しかし、ぼうずは自治区出身だから戸籍がない。仮に、軍人になれたとしても戦功を挙げるには装備を揃える必要がある。配給される装備なぞ使い物にならないと聞いたぞ。さらに、将軍になるには戦功だけでなく由緒ある名字など品格が求められる。戸籍、お金、名字……ぼうずには何ひとつない」


「そうですか……」、僕は肩を落としため息を付く。


「そ、そう落ち込むでない。ぼうずは魔法の才能があるから何でもなれるじゃろう。医者や錬金術師アルケミストになれば、安全にお金が稼げる。冒険者になれば一攫千金も夢ではない、わしはお勧めしないがな」

師匠は皺だらけのウインクをして見せた。


僕は師匠の慰めの言葉も年甲斐ないウィンクも頭に残らないほど落ち込んでいた。確かにお金なんて家で目にすることはない。自分の立場を実感すればするほど、将軍への想いが強くなる。


「僕は将軍になりたい。師匠、なんとかなりませんか?」

気づくと僕は目を潤ませて師匠の手を握りしめていた。


師匠は戸惑いを隠せない表情をしていたが、次第に落ち着きを取り戻すと、

「……弟子の夢をかなえるのが師匠の役目じゃ。わしも解決策を考えてやろう」

と言いながら僕を抱き寄せた。


――ザエラ二歳 アニュゴンの魔獣祭


近くにある地下迷宮は、年に一度、冒険者に開放される。地下迷宮に溢れる魔物を間引くためだ。この魔物を求めて多数の冒険者がこの街に集まる。


この街の名前を取り、アニュゴンの魔獣祭として名付けられている。冒険者の間では有名なイベントらしい。師匠によると、この街にはもう一つ有名なイベントがあるそうだけど、詳しくは教えてくれなかった。


「おーい、料理まだ?いつまで待たせる気だ」

「今大変混んでいます。順番に対応していますのでお待ちください」


師匠から座学と魔法の勉強を学ぶ対価として、僕は給仕係として働いていた。いつもガラガラの食堂が人族で溢れかえる、圧巻の光景だ。


この時期になると、料理人と給仕係を兼ねるギルド職員が増員される。みんな汗をかきながら一心不乱に作業している。


僕は糸で補強しながら麦酒エールのジョッキを何個もまとめて運んでいく。


「ぼうず、思ったよりやるな」

ギルド職員のおじさんが声を掛けてきたので、僕は笑顔で返す。


料理場と長机テーブルを何度も往復しているうちに次第に人が減ってきた。早朝から地下迷宮に潜るため、冒険者たちは食事をして早々に宿に戻っているようだ。


「ぼうず、めしでもくいながら一息つきな」

料理長が飲み物と食事を渡してくれた。料理場の近くにある小さな従業員用の椅子に座り、飲み物を一口飲んでほっと溜息をついた。


近くで冒険者たちが一か所に集まり談笑している。


「そういや、この街の森の近くで、公爵家のお姫さまが攫われたんだっけ?」


「ああ、一年近く前の事件だ。公爵家ではなく、北の王国のハフトブルグ辺境伯爵家だ。 攫われたお姫様は三女らしいな。子供たちの中で魔法の素質が飛びぬけて高く、当主は可愛がっていたそうだ」


「もう見つかったの?」


「馬車は壊され、従者はすべて殺されていたそうだ。強盗か、魔物か、冒険者を雇って探させているが、見つけたって話は聞かねえな」


「まだ行方不明のはずだ。当主は、ずいぶんと気を落としているらしくて、息子を当主代行に任命して療養していると聞いたな」


「おそらくこの森の魔物に骨ごと食べられたのよ……もう見つからないわね」


(魔法を覚えたら北の森で特訓するつもりだから、魔物に襲われないように注意しないと……それにしても、料理がおいしい!後で作り方を教えてもらおう)

僕は冒険者たちの会話を聞きながら食事をかき込んだ。

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