1.7 属性魔法

――ザエラ三歳 自宅中庭


「うーん、いい天気だ」、僕は家から出て背伸びをした。


今日は安息日。早朝、街中を走ったあと、家で人族語の書き取りをしていた。三歳になり、人族語の読み書きが日を追うごとに上達するのを実感していた。


まだ知らない言葉も多いけど、様々な書物を読みながら書いて覚えている。ついに、明日から属性魔法の訓練が始まる。


中庭では、母さんが草の上に座り、眷族の大蜘蛛ミミにブラシをかけている。僕は静かに近づき隣に座る。


「今日はいい天気ね、勉強は一息ついたの?」

母さんは人族語で僕に話しかける。


僕が喋り始めたころ、母さんは人族語と魔人語の両方で話しかけていたそうだ。おかげで、僕は早くから人族語を話すことができた。


「うん、ちょうど終わったところ。明日から魔法の勉強が始まるんだ、楽しみでわくわくする。そういえば、母さんはどんな魔法が使えるの?」


「そうねえ、土魔法と風魔法かな」


母さんはブラシを置いて、ウトウトしているミミを撫で始めた。手には魔法陣が光り、そこから出る風がミミの毛を優しく揺らす。


「でも、土魔法は畑仕事で土を耕す程度だし、風魔法はこの通り威力はないわ」


ミミはふと目を覚まし、母さんに身体を近づける。

「よしよし」、と母さんは言いながらミミの頭部を膝に乗せて両手を頭に添える。


「眷族は魔力の相性で主人を選ぶわ。だから、このように身体に触れて魔力を流してあげると喜ぶの」

ミミはよだれを出しながら、ギッチギッチと声を出している。


「ミミとはどこで出会ったの?」

母さんの服にミミのよだれがかかりそうになるのを見ながら聞いた。


「北の森よ。成人になると、北の森で眷族を探すの。街にいる眷族の子供を譲り受けることもあるわ。眷族がいないとと大人として認められないので、みんな必死よ」


ミミのよだれをすくいながら親指をミミの口の中に差し込むと、ジュルジュルとミミは吸い出す。母さんもうっとりとして、まんざらでもなさそうだ……


「北の森は、僕も中に入っていいの?」


「そうね、魔物がいるから気をつけたほうがいいわよ。でも、あなたが行きたいならとめないわ。私たちアルケノイドは、強き者を尊ぶ魔人だから、あなたの意思を尊重するわ」


「わかった、師匠にも聞いて考えるよ」

「それがいいわね」、と言いながら片手で僕の頭を撫でた。


「二才の病気を境に別人のように大人びたわね。それまでは言葉遣いも悪く、近所の子供を泣かせてばかりいたわ。成長したわね、母さん応援しているわ」


「ありがとう」、と僕は恥ずかしそうに立ちあがると、ぎこちなく挨拶してその場を後にした。


母さんともっと仲良くなって、ミミみたいに甘えてやると心に誓いながら。


――ザエラ三歳 訓練場


魔法を習う日がついに来た。物語の中の将軍は火魔法の達人で、敵兵を炎で焼き尽くしていた。将軍にふさわしい大魔法を覚えてやる。僕は燃えていた。


「ぼうずの母親の得意な魔法の属性はなんじゃった?」

「土属性と風属性です」


師匠は僕の言葉を聞いて頷くと、

「そうか、まずは手をわしにむけて風を送るように想像してみるんじゃ」

と言いながら、僕と向かい合わせに立つ。


僕は深呼吸すると目をつぶる。そして、師匠に手を向け、母さんが見せてくれた風魔法を思い出しながら魔力を手のひらに込める。しばらくして目を開けると、僕の手のひらには魔法陣が光り、師匠の白髪が魔法陣から出る風に激しくなびいている。


その後、師匠と他の属性の魔法を試してみた。すると、風と土の属性魔法は無詠唱で使えるが、火と水の属性魔法は使えないことが判明した。


「なるほど、わしの予想どおり母親の属性魔法をスキルとして継承しているようじゃな。しかも無詠唱で。風と土の属性魔法は訓練を続ければ、上位魔法も覚えることができるじゃろう。では、次は魔法書じゃ」

と言うと、師匠は魔法書を僕に渡す。


その魔法書の最初の頁をみると、火属性の初級魔法の魔法陣と呪文が書かれていた。僕はそれを完全に覚えるまで、その頁を何度も繰り返し読み続けた。


「では、わしに手を向けて、‟火球ファイアーボール”と唱えてごらん」


両手を天井に向けて魔法書の魔法陣を頭に描きながら‟火球ファイアーボール”と詠唱する。すると魔法陣が光り、火の球が天井に発射された。天井からパラパラと漆喰の欠片が落ちてくる。


「次は火球と詠唱せずに、火球の魔法陣を思い描いてごらん」

頭の中で想像しただけで、魔法陣が光り、火の玉が発射される。


「ふーん、相変わらず面白いのお。ぼうずは魔法のスキルだけでなく、魔法系の職業ジョブを持っておるな。しかも幅広い属性魔法を扱えるようじゃ」


「師匠のお話が良くわかりませんでした。もう一度教えてください」

僕は師匠に改めて説明をお願いした。


「ぼうずはスキルとして水と土の属性魔法と無詠唱を覚えておる。これは魔人の特性じゃ。さらに、ぼうずは魔法書で魔法を戦技アーツとして覚えることができる。これは、魔法系の職業を持つ人族のみできることじゃ。しかも、戦技として覚えた魔法も無詠唱ができるときた。ぼうずみたいなのは初めてじゃ」


師匠は呆れたように淡々と説明を続ける。


「スキルとして属性魔法と無詠唱を覚えている亜人や人族も稀におるが、スキルで覚えている属性魔法しか無詠唱はできん。ぼうずのが無詠唱スキルの違いを引き起こしておるのじゃろう……」


そう言うと師匠は考え込む。二人の間には沈黙が流れた。


「師匠、どうかしました? 説明ありがとうございました。よくわからないけど、簡単に魔法が使えるようになって嬉しいです」

僕は沈黙を振り払うように笑顔で師匠に話しかけた。


師匠は我に返ると、

「そ、そうじゃな、最初としては上出来じゃ。しかし、その程度の初級魔法では虫も殺せまい。特訓して熟練度を上げないとな。あと、魔法は想像力じゃ。いろいろ工夫して、独自の魔法を作り出してごらん」

と言いながら僕の頭を撫でた。


そのあと、水の属性魔法も魔法書で覚えることができ、四属性の初級魔法が習得できた。まずは得意な属性を選んで集中して伸ばしたほうが良いとのことで、魔法書なしで使うことができた土と風の属性魔法を特訓することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る