1.8 眷族との出会い

――ザエラ三歳 北の森


僕は森の中を木に糸を絡めながら移動している。


属性魔法の訓練を始めてしばらくしてから、安息日や師匠との勉強がお休みの日は、森で過ごしている。西門から北門をつなぐ、森の中の大きな道から少しわき道にそれると木々がまばらなところがある。木々がまばらなので移動しやすく、吹き付ける風も涼しくて、木洩れ日が静かに差し込んでいる。


しばらく移動すると、流れの急な川が見える。僕は、勢いをつけて糸から手を離し、二、三回転して大きな岩に着地する。そこから少し上流に行くと、小さな滝が見え、その下に河原が広る。河原の石を集めて火をおこし、荷物入れの中から虫よけの香木を取り出してくべる。そして、日が落ちるまで魔法の訓練を続ける。


魔法は正直なところ伸び悩んでいる。土属性、風属性は、初級魔法まで一通り覚えたが、中級魔法には進めていない。師匠がいうには、スキルの熟練度が足りてないそうだ。熟練度を上げるにはスキルを使うだけでなく、女神の祝福ブレスを得て寵愛を受ける必要があるらしい。


女神の祝福は、女神が好む行為を行うことで得られると書物に書かれている。その行為は女神により異なり、書物を読んでも抽象的でいまいち分からない。しかし、幼い頃は成長するだけで得られるとある。僕は見た目は約百二十セメクの少年だが、まだ、三歳半で女神の祝福が足りないのだろう。


また、一般的に魔物や動物を狩ると得られるらしいが、この場所は街に近いせいか、ほとんど見かけない。もう少し強くなれば、さらに森の奥に入るつもりだ。


その一方で新しい発見もある。一つは探査魔法を覚えたこと。師匠によると、アルケノイドのスキルである索敵に相当し、魔力を全方位に放出しその反射で物体を検知するもので、空間把握と魔力制御の高い能力が求められる。人族の魔導士であれば習得に数年かかるらしい。師匠はあきれたように僕を見ていた。


また、波長を調整すると、岩などの物質と身体の内部を探査できることに気づいた。


師匠に報告すると、

「わしの体の中を見てほしい」

とせがまれたが、今にも服を脱ぎそうな勢いに圧倒され、丁重にお断りした。


新しい発見は河原で続けている訓練の賜物だ。今は、立体感覚を使い、身体の周りの空間を把握して、どの位置からでも魔法陣を発動できないか試している。習得できれば、戦闘中に背後から襲われても、背中から攻撃魔法を発動できる。敵兵に常に狙われる将軍には必須能力だと僕は勝手に考えている。


しかし、身体から離れた特定の座標に魔力を集中させるのが難しく、魔法陣を発動するところまで進んでいない。まずは、全身から魔力を放出し、体を包むように魔力の膜を作れないか試しているところだ。


◇ ◇ ◇ ◇


いつものように滝の近くの河原で練習していた。ゆらゆらと揺れて、縮んだり広がったりと不安定だが、魔力の膜ができあがり、割れないように制御していた。


「パン」、と音が鳴り、膜がはじけた。何か上から落ちてきて感じがして、上を見ても下を見てみ何もいない。ただ、背中に違和感を感じて手を伸ばす。そして、毛むくじゃらなそれを背中からはがした。


小さな大蜘蛛が、ギッチギッチと鳴きながら手足を動かしている。ミミが母さんの魔力を吸って喜んでいる様子に似ている…きっと、僕が全身から放出していた魔力に興奮して、背中に乗ってきたのだろう。


ミミは全身が黒色だが、この子は全身が瑠璃色で背中に金色と赤色の紋様がある。

大蜘蛛の子供は、こんな姿なのだろうか……手を離すと僕の背中に再び張り付き、そこから動こうとはしない。


この子は僕の魔力が気に入っているから、僕の眷族ということか。小さくて色がきれいでかわいいし、このまま連れて帰ろう。


僕はいつもより早めに切り上げて家に戻る。


◇ ◇ ◇ ◇


家に到着すると、小屋からドンという音がしたかと思うと、ミミが慌てて出てきて逃げるように遠ざかる。どうしたんだろう……僕はミミの姿が消えてもしばらく扉の前に立ち尽くしていた。


「ザエラ、戻ってきたの?早くおはいり」

家の中から母さんの声が聞こえる。


僕は気を取り直して家に入り、ミミが逃げ出したことを母さんに伝えた。

「ミミが突然出て行ったの?変ねえ、彼氏のところにでもいったのかしら」


母さんはふと僕の背中に目を遣ると、

「それはそうと、背中の小さな子はどうしたの?」

と僕に質問してきた。


僕は背中から小さな大蜘蛛をはがして母さんに見せながら、今日の出来事を伝えた。


「大蜘蛛の子供は全身が黒いはずだし、もっと大きいわよ。うーん、魔法が使える大蜘蛛マジックデビルスパイダーかしら?私には分からないわね。街長オサなら何か知っているかもしれないけど……」


「街長?」、と僕は聞き返す。


「あなたと面識があるはずよ。二歳の病気が快復したときよ、ほら、覚えていない?今でもあなたのことを気にかけてくれているわ」

あの背が高くて面長の人か……僕は思い出した。


「それはそうと名前はつけた?あなたの眷族よね。成人になる前から眷族を従えることは許されているから問題ないわよ」


母さんに促されて胸に抱かれている小さな大蜘蛛を見つめるながら名前を考える。眷族の名前は呼び易さ重視で付けられることが多い。でも、それだと面白くない。


「ラピスでどうかな?」

頭の中で閃いた名前を口に出してみた。小さな大蜘蛛は嬉しそうにギッチギッチと鳴いている。気に入ってくれたみたいだ。


「この子はあなたの言葉を理解しているみたいね……珍しい」

その様子を見て、母さんは不思議そうに呟いた。


「グー」、僕のお腹の音が響く。窓の外を見ると夕闇が濃く迫る。僕と母さんはすっかり日が落ちていることにようやく気づいた。


「あら、もうこんな時間ね。さあ、晩御飯にしましょう」

母さんは台所で料理をお皿に分け始めた。

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