1.9 夜の痛み

――ザエラ三歳 練習場


「奇妙な蜘蛛じゃのう」

師匠はラピスを一目見るなり唸るように声を上げた。


そして、僕の後ろに回り背中にしがみついているラピスをじろじろと見る。触ろうとするとラピスが身構えるので、少し離れて観察しているようだ。


「本でも見たことない、新種なのかのお」

魔物の図鑑をパラパラとめくりながら溜息をつく。


ラピスはトイレ以外はいつも背中に張り付き、ベッドでも一緒に寝ている。まだ、出会いから数日だが、数年近く共に暮らしている感じすらある。僕はラピスとの生活を師匠へ説明した。


「まあ、ぼうずに眷族ができた、とうことで良いか……。あと、魔力の膜の出来具合はどうじゃ?ぼうずにしては苦戦しておるようじゃがの」


僕は頭を掻きながら、

「まだ不安定ですが、何とか張れるようになりました」

と師匠に報告し、精神を集中して体を包むように魔力の膜を展開する。


「その状態で魔法を発動させるんじゃ」

右に膜に意識を集中して、‟炎矢ファイアーアロー”を発動させる。魔法陣が光るやいなや、魔力の膜が炎に包まれる。そして、大きな炎がうねりながら巨大な蛇のように飛び回る。


「うわっ」

僕はびっくりしてしりもちをついたまま、慌てて駆け寄る師匠を見ていた。炎が大量の魔力に引火したようだ。下手をしたらギルドの建物が全焼したかもしれない……今後は気を付けないと。


しかし、魔法陣を展開させるコツはつかめたので、右肩の少し離れた座標を明確に意識しながら、‟炎矢”を発動させる。すると、その空間から火の矢が飛び出す。僕は調子に乗り、師匠に当たらないように気を付けながらも、体の周りのあらゆるところから魔法陣を発動させ、火矢を飛ばし続けた。


ちなみに、土と風の属性魔法が初級から上達しないため、方針を変え、火と水の属性魔法を魔法書で覚えた。でも、中級以上の魔法を唱えることはできない。これは職業ジョブの熟練度が低いためらしい。


「ついにやりおったか、さすがは我が弟子じゃ。わしはできんがな……。魔法の名前はどうするんじゃ? 好きなのをつけて見ろ。一流の魔導士は、固有魔法と呼ばれる自分が発案した魔法を使うものじゃ」


「じゃあ、自動砲台オート・キャノンにします」

僕は頭に浮かんだ名前を元気よく答えた。


◇ ◇ ◇ ◇


しばらく訓練を続けていると、ラピスが背中から地面へと飛び降りた。そして、僕の真似をするように、身体の周りから火矢を飛ばし始めた。


「うわー、あちちっ。ラピスやめなさい」

僕と師匠は炎を避けながら遠ざかる。


ラピスは制止の言葉を聞かずに炎を飛ばし続ける。僕と師匠は水魔法で消火しながら、辛抱強く火矢が収まるのを待ち続けた。


その後、師匠と相談し、僕が魔法を発動させて、ラピスの様子を観察した。やはり、ラピスは僕の魔法を真似して遊んでいるようだ。僕が習得している四属性の魔法をラピスは難なく発動させた。


「魔法を使う大蜘蛛は、魔法大蜘蛛マジックデビルパイダーと呼ばれておる。四種類の魔法を使うということは、四属性魔法大蜘蛛クワトロマジックデビルスパイダーということじゃの。水と火の属性魔法を使う大蜘蛛は大変珍しいのお。まあ、ぼうずの眷族であれば何でも驚かないがな」


ラピスはひとしきり魔法を使い、満足したようで、僕の背中に戻ると眠り始めた。


――ザエラ三歳 自宅


僕はベッドから起き上がり、水差しから水をコップに注ぎ、ごくごく飲んだ。ベットに入るときには、母さんが布を織る音が上の階でしていたが、今は静かだ。


「ふうー」

僕は大きくため息をつく。


ここ最近、眠ているときに背中の奥がジンジンと痛む。二歳の病後の症状と似ている。そうだ、探査魔法が使えるかもしれない。僕は目を閉じ、両手を胸に当て、探査魔法を発動させる。次第に身体の中の様子が白黒で見え始めた。


心臓の近くにある大きな塊から白く太い幹が背中へと伸び、枝分かれしながら背中の表層へと広がる。背中表層には白い線が幾何学模様を描いている。おそらく、魔力回路が白く見えているのだろう。まるで、倒木に生えた茸の菌糸だ。


背中の中層あたりから感じる今の痛みは、魔力回路が背中の中層にも広がり始めているせいだろう。寝ている間に魔力が背中に溜まり魔力回路を刺激しているようだ。


師匠によると、もう少し身体が大きくなり、魔力回路が成熟すれば、より効率的に魔力が体外に放出されるので、魔力だまりもなくなるらしい。もうしばらくの辛抱だ。


あと、心臓近くにある大きな塊がおそらく魔石だ。二歳の病気のときに聞こえたブチッという音は、魔石から溢れる魔力が行き場を失い、魔力回路へ流れ込んだ時に発生したのだと思う。そう考えれば、その後の背中の痛みも理解できる。


しばらして、痛みが引いたのでベッドに仰向けになる。魔人と人族の混血——魔人の魔石を宿した人族か……師匠の話では幼くして大半は死ぬらしい。僕はなぜまだ生きているのだろうか。天井を見ながら考えていた。


ふと、ラピスがいないことに気づいた。彼氏のところなのだろうか……彼氏がいるのかしらないけど。僕はなんだか寂しくなり、布団を頭まで被り横になる。


そして再び眠りについた。

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