1.10 一族の長との会話

――ザエラ三歳 畑


「ふう、暑い」

首に巻いたタオルで汗を拭きとりながら、僕は土魔法で畑を耕す。街の南門から出るとアルケノイドの広大な畑が広がり、その一つが我が家に割り当てられている。


百メルク × 二百メルクの広さがあるそうで、半分は黒麦ライムギを植えている。残りは、馬鈴薯ジャガイモ甘藍キャベツ。あとは、油をとるためにひまわりを植えている。僕よりも背の高いひまわりが大きな花を太陽に向いて咲かせている。


辺りを見渡すとどの畑も似たような作物が植えられている。アルケノイドの食生活はどの家庭も質素で単調だ。朝は黒麦の黒パンとキャベツの酢漬け。昼は腸詰めソーセージとフライドポテト。夜はジャガイモを丸めたクヌーデルと焼肉。肉の種類は季節により変わるが、この献立メニューが基本的に毎日続く。僕は、生まれて二年間、これが普通だと思っていた。


ギルドで師匠と食べる昼食が、そんな僕の常識を覆した。


◇ ◇ ◇ ◇


新鮮な生野菜とゆで卵を合わせたサラダ、赤茄子トマト人参ニンジンと煮込んだ肉、白いパン。煮込んだ肉は口に入れると柔らかくて、家で食べる固くて生臭い焼肉とは全く違う。サラダの生野菜も色鮮やかで見たことがない。


「こんなに柔らかい肉は食べたことがない」

僕は目を丸くして美味しそうに肉を頬張る。


「人族が飼育している家畜の肉は、野生に比べて臭くなく、柔らかいんじゃ」

師匠は微笑みながら説明する。


「これが家畜の肉ですか、本で読んだことがあります。美味しいなあ」


師匠と食事をしながら人族の料理や食材の話を聞くのが楽しみの一つだ。


「アルケノイドというか魔人は、食事にはこだわりを持っていないようじゃ。合理的を好むがゆえに生活に無駄はないが、人族から見ると面白味がないのお」


「僕はこの野菜を育てたり、家畜を飼ってみたい」


「野菜の種を分けてあげるから育ててごらん。家畜なら鳥がお勧めじゃ。安価に購入でき、手間もかからず、卵も取れる。牛は大量の肉と乳が取れるが、高価かつ放牧地が必要じゃ。とりあえず、鳥が手に入らないか行商人に聞いてやろう」


「師匠、ありがとう!!」


ギルドの建物の近くに師匠の畑がある。そこには見なれない種類の野菜が植えられている。勉強がない日は師匠と一緒に農作業をしながら、種の植え方、間引きの仕方、実や枝の選定、食べごろの見極め方、種の取り方など一通り教えてもらう。種が取れるとその中から分けてくれた。


◇ ◇ ◇ ◇


師匠から手に入れた野菜を畑の隅に植えている。今は赤茄子トマトの苗を植えているところだ。近くには、玉蜀黍トウモロコシ紫白菜トレビスが緑の葉を出している。あと、師匠の勧めで、魔素の循環を良くする薬草を植えている。


ラピスは近くで土を掘り返しながら雑草や昆虫を食べていたが、今は姿が見えない。おそらく、畑の奥で遊んでいるのだろう。


農作業が終わり、畑のあぜに腰を下ろして一息をつく。辺り一面、畑が広がり、心地よい風が吹いている。


しばらく眺めていると、青空と畑の間に崩れた岩山のようなものが横に伸びていることに気付いた。


「あれは昔の城壁の跡さ」

立ちあがり見つめていると突然背後から声を掛けられた。


後ろを見ると、大蜘蛛デビルスパイダーに乗った、背の高いアルケノイドがこちらを見下ろしている。面長で整った顔立ち、二歳のとき病室に居合わせた人だ。彼女が街長オサだと母さんが話していたことを思い出した。


「昔はこのあたりに城があったのですか?」

ぼくは見上げながら彼女に話しかける。


「我が家の言い伝えでは、北にある地下迷宮の辺りに大きな城があり、そこを中心に城下町が広がっていたらしい。あそこの岩山のようなものが、外壁の跡といわれているのさ。そうだ、私はあそこまで巡回するんだが、ザエラも一緒に来ないか?」


名前を言われて驚いたが、サバサバとして喋り方で押しつけがましくない。表情にはださないが、街長としての気遣いを感じる。


「じゃあ、ぜひ、お願いします」

僕は元気よく街長へ返事をした。


ラピスに声を掛けると、黒麦の葉の揺れがこちらに近づき、ラピスが飛びだしてきた。土でどろどろなので、水魔法で洗い流し、風魔法で乾かす。


背中の定位置にラピスが収まる。そして、街長を見ると、大蜘蛛が暴れていて、それを必死になだめている。ミミよりも二回りは大きいので、正しくは上位種の巨大蜘蛛デビルジャイアントスパイダーだろう。


しばらくしたら、落ち着いたようで、こちらに近づいてきた。

「すまない、ララが突然暴れだししまって。もう大丈夫だから背中にお乗り」


ララの足をよじ登り、街長の後ろに座る。なぜかララの足は小刻みに震えていた。


「少し急ぐからしっかりつかまって」

僕が街長の腰に手をまわすと、ララは走り出した。


「君は、水魔法が使えるんだね。ギルド長に教えてもらったかい?」

街長は僕がラピスを洗う様子を見ていたようだ。


「うん、まだ初級だけど、水・火・土・風の四属性魔法を使えます」


「そうか、すごいな。アルケノイドで火と水の属性魔法が使える者など周りの村も含めて聞いたことがない。うちの街は水源から遠いので水魔法が使えると便利なのだけど。あと、君が育ている野菜だが、人族の街で見たことがある。あれもギルド長からもらったのかい?」


僕は師匠から聞いた食事や食材のことを話した。背中しか見えないので彼女の表情はわからないが、じっと聞いているようだ。


「アルケノイドは何百年も同じ生活をしている。他種族と交わることもない。不便なことも当然のように受け入れて、新しく工夫をすることもない。君のように新しい知識を取り入れていかないと、周りから取り残されてしまうかもしれないな……」


会話をしている内に岩山に到着した。僕はお礼を言い、ララから降りた。筋肉質で引き締まった彼女の腰の余韻が腕に残る。


そこには積み上げられた長方形の石が崩れ落ちていた。その脇を大きな川が流れている。外壁を囲んでいた水路が、川になったのだろうか。


「うちの街の城壁と似ていますね。接着剤に僕たちの糸を使用しているようです」

僕は石の接合部の断面を見ながら呟いた。


「いいところに気が付いたね。我々の祖先は古代都市に住んでいたようだ」


二人で城壁に座り、川を眺めていた。川の向こうには人族の村が見える。


「私には二人の娘がいるんだ。今度ぜひ会ってもらえないか?娘たちには君のように新しい知識を身に着けてほしいんだ」


「僕は男で外見は人族そのものだけどいいの?」


「君は母さんによく似ている。既に眷族を従えているし、私たちの仲間だよ」

街長は微笑みながら僕を見つめて答えた。


「うん、わかりました。今度、お邪魔させてください」

「よし、約束だよ。さあ、戻ろう」

再びララの背中に乗り、家の前まで届けてもらう。庭の掃除をしていた母さんが僕たちに気づいて近づいて来た。


「あら、こんにちわ」

「こんにちわ、たまたま畑で出会ったので、川まで一緒に散歩したんだ」

街長は僕を抱えて下ろしてくれた。


「じゃあ、今度、娘に会いに来てくれ」

「うん、今日はありがとう」

街長はこちらを見てうなずいた後、母に会釈をして立ち去った。

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