1.11 街長の姉妹

――ザエラ三歳 滝下の河原


森の中の滝の近くで、僕はラピスと戦闘訓練をしていた。


ラピスは糸を使い、高速に僕の周りを移動しながら、六本の足による攻撃してくる。僕はラピスの攻撃を‟物理防御”を展開して防ぎ、手に握りしめた棒でラピスの頭を狙う。その瞬間にラピスは消えて、別の場所から現れ、魔法を発動してくる。僕は体をねじり魔法を避けながら足で反撃するが、ラピスは‟全方位防護フルレンジ・ディフェンス”を発動し、僕の足を弾き飛ばす。


しばらくして、僕は息も絶え絶えに河原の小石の上に仰向けになる。ラピスが僕の腹の上がり、勝利の踊りを始めた。ラピスは僕と遊びたいため、僕の真似をしていたようだ。


畑で街長と会話してから、約二か月が経つ。季節は秋の初旬で、朝、晩は涼しいけど、昼間の日差しは強く残暑が残る。


街長の娘にはまだ会いに行けていない。師匠との勉強や手伝い、畑仕事が忙しく、時間がとれなかったこともあるが、恥ずかしさもある。なんせ、同世代のアルケノイドの子達と一年以上話したことがないのだから。


でも、そろそろ勇気を出して訪ねなければ。それには、何か気の利いた手土産を用意したい。今日は、それを採取するためにさらに森の奥に入る予定だ。


一息つくとラピスを背に乗せて森の奥へ分け入る。しばらく進むと、少し開けた場所に出た——耳を澄ますと昆虫の羽の音が聞こえる。何匹もの羽の音が空気を不気味に揺らしている。


音のする場所に静かに近づくと、大きな木の根元に魔蜂キラーピーが出入りしている。魔蜂は大きさが十から一五セルク程度の蜂に似た魔物だ。腹部の針に刺されると、毒による状態異常が引き起こされる。想像しただけで痛そうだ。なお、魔力に反応して襲い掛かるため、探査魔法は使わない。


以前、森の奥に来た時にこの魔蜂の巣をたまたま見つけた。きっかけは家畜用の鳥をつかまえるためだ。冒険者の一行がギルドを訪れたときに、この辺で見かけたと話しているのを師匠が聞いたそうだ。僕は欲しくてたまらなくなり、翌日の早朝にはこの場所を訪れていた。


奇跡的に家畜用の鳥を見つけ、僕は‟擬態カモフラージュ”を発動させて近づくと、すばやく首をつかんだ。この鳥は危険を察知すると大声で鳴き、飛んで逃げるため、首をつかんで気絶させるのがコツらしい。つがいも含めて四匹見つけて、大喜びで運んで帰る途中に羽の音に気づいた。この時は探査魔法を発動してしまい、魔蜂に大挙して襲われたため、大慌てで退散した逃げた。


ちなみに、師匠に教えてもらいながら、捕まえた鳥の喉と羽を矯正して、庭に建てた小屋で飼育している。魔石による設置型の防音および防魔力の結界で小屋を覆うことで、ミミの気配を絶つようにしている。


さて、この魔蜂の子と蜜を少し分けてもらうのが今日の目的だ。僕は、自分に糸で作成した網を木の根元にある巣の入口に隙間がないようにかぶせる。そして、手を地面におき魔力の波を繰り返し送り込む。驚いた魔蜂が巣から飛び出し、網の中で飛び回る。数千匹はいるだろう。頃合いを見計らい網に魔力を流し込む。すると、魔蜂が魔力に酔い、バタバタと倒れていく。


ここからは魔蜂が目覚めるまでの時間勝負だ。すばやく木の根元を掘り、蜂の巣の一部を布袋に入れると、早々に退散する。


なお、巣の近くにゴブリンの死体を見つけた。体中に紫の斑点が浮かび上がる――巣に近づき、魔蜂の毒で殺されたのだろう。


――ザエラ三歳 街長の家へ訪問


ついに街長の家を訪問する日が来た。


赤茄子トマト玉蜀黍トウモロコシ、卵、魔蜂の子、蜂蜜」


僕はお土産を何度も確認する。母さんからは気を楽にして行くようにと言われたけど、どうにも落ち着かない。ちなみにラピスは僕の気持ちを知る由もなく、背中で寝息を立てている。


僕の家よりも一回り大きな街長の家の扉に立ち、ノックをした。


「はーい」という声に合わせて扉が開き、街長が出迎えてくれる。彼女は笑顔で僕を居間まで案内してくれた。なお、ラピスは家に入る前に一度起こして‟擬態カモフラージュ”を掛けさせている。


街長は準備があるからと言い残すと台所へ消えた。僕はお土産を横に置いて椅子に座る。一階は台所と居間か、僕の家と同じだな……きょろきょろと周りを観察する。


しばらくすると街長が飲み物を持って現れた。彼女の後に二人の娘が続く。


「ミーシャとサーシャ、私の娘よ」

僕は立ち上がり、二人に挨拶をしてお辞儀をした。


二人とも丁寧にお辞儀をして椅子に座る。僕と同じくらいの背丈だろうか、どちらも街長に似た面長な顔で大人びている。ミーシャは赤みを帯びた金髪、ミーシャは赤みを帯びた銀髪だ。鮮やかで思わず見とれてしまう。


僕は忘れないようにと、街長にお土産の籠を渡す。

「あら、ありがとう、珍しいものが入っているわね。さあ座って」

街長に促されて僕は椅子に座る。


街長は籠を長机テーブルに置いて、娘たちの横に座る。僕はお土産の説明をする。魔蜂の子、蜂蜜はアルケノイドの御馳走だが、ほかの野菜や卵は見たことがないはずだ。


「へえ、珍しいわね、ありがとう。あなたたちもお礼を言いなさい」

街長は僕にお礼を言うと、娘たちにも促した。


二人はじっと籠を見て、素早く赤茄子トマトに掴んで口に放り込む。楕円形の小さな赤い実が次々と口の中へと消えて行く。


「甘酸っぱくておいしい!!こちらはどうかしら」

と言いながら、続いて玉蜀黍トウモロコシに手を付けた。


「甘くておいしいわね、ちょと食べにくいけど」

ミーシャとサーシャは玉蜀黍トウモロコシを生のままガリガリとかじる。


蚊も殺さないような上品な二人が豪快にかぶりつく姿に僕は圧倒されながらも、親近感を覚えた。いつの間にか緊張は和らいでいた。


「お湯で茹でるともっと甘くなるよ」

僕は笑顔で二人を見た。一心不乱に食べる様子は、生産者として何よりの喜びだ。


「そう、じゃあ後はとっておこう」

二人は口元を拭きながら歯についたトウモロコシを舌ではがしている。


「こら二人ともはしたない」

街長は娘の手を叩いて叱る。


「母様、まあ、いいではありませんか。この子は男だけど同族でしょう。気を使う必要なんてないわよ。私はミーシャ、あなたより一つ年上よ、よろしく」


「私はサーシャ、あなたより一つ年下よ、よろしく」

二人は笑顔で僕に挨拶してくれた。隣で街長があきれた顔をしている。


「僕はザエラです。よろしくね」

「母様からあなたの話聞いているわよ、人族から勉強を学んでいるそうね」

僕は師匠との日々について話し始めた。


◇ ◇ ◇ ◇


「今日は楽しかった。来てくれてありがとう」

街長と二人の娘に手を振られながら僕は挨拶して扉を閉めた。


外は既に日が暮れていた。人族の職業ジョブを持つことは伏せたが、師匠から学ぶ座学と魔法訓練、人族の料理や食材の話で盛り上り、僕は夢中で喋り続けた。


鳥を飼いたと話していたので、卵は食べずに孵化させることを勧めた。また、師匠の座学と魔法訓練を受けたいとも話していたが、昼食が目当てかもしれない。


二人の娘は目を輝かせて僕の話を聞いていたが、街長は時折真剣な表情を見せていた。なにわともあれ、約束は果たした。安堵感からどっと疲れが出てくる。


ミーシャ、サーシャと友達になれるといいなと思いながら、僕は背伸びをした。すると、ラピスが目を覚ましてギッチギッチと鳴き始めた。お腹が減ったのだろう。僕は家路へと足を速めた。

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