第一部 胎動
1.1 アルケノイドの里(1)
みんなは幼い頃のできごとをどこまで覚えているのだろうか? 幼い頃の記憶はいつも断片的で唐突に頭に浮かんできては過ぎ去っていく。
ある日、ガタガタと揺れる音に目を覚ましたら母さんがそばにいて、微笑んでくれた。そして、麦畑が広がる一本道で夕焼けに染まる彼女の赤い髪がとても美しく、まぶしかった。彼女が囁くように歌うのを聞きながら、再び意識が薄れていく。
ある時、僕がおしっこを漏らして泣き叫んだとき、母さんはおむつを取り替えてくれた。風が股に触れてひんやりと気持ち良かったが、次第に寒くなっていった。彼女を見ると、しゃがみ込んだまま僕の股のものを見つめていた。
今では、僕も三歳になり、師匠から座学と魔法を学んでいる。師匠は、僕を大病から助けてくれた恩人だ。
僕が生まれた街は、王国の辺境に位置し、アルケノイドという魔人が住んでいる。師匠から借りた魔人百科辞典によると…
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アルケノイドとは、
アルケノイドの身体的特徴は、バランスの良い顔立ちと赤い髪と瞳、そして額に六つの赤い水晶のような球(触眼)である。男性を魅了する美しさは、生存競争の結果と考えられている。彼女たちは、人族同様の知性を持ち、魔人語と人族語を話すことができる。また、剣や扇と自らの糸を使った舞踊が、集落で代々受け継がれている。しなやかに舞い踊る彼女たちは、男性を虜にする。
また、生まれながらに立体感覚、索敵、糸生成、魔力制御、無詠唱のスキルを身に付け、眷族である大蜘蛛を使役することができる。さらに、両親の習得済み魔法から一、二種類をスキルとして引き継ぐことがある。新しい魔法を身に着けることもできるが、普段の生活では使わないため、そのような個体は稀である。
生まれて半年後には二足歩行となり、一年後には話すことができるようになる。二年もすれば背丈は約百セルク、五年で約百四十セルク、八年で約百八十セルクとなり、人族の成人(十六歳)相当となる。
※一セルク = 一センチ
人族と愛情を通わせることが難しいため、父親と同居せず、祖母と母親と娘の三人で集落で過ごすことが一般的である。森の近くに百人から二百人程度の集落を作り、生活している。集落の結束力が強い反面、他の種族には排他的である。子供たちは、二歳から五歳までの三年間、集団教育を受ける。
人族とは共存関係にあるため、友好魔人に分類される。大蜘蛛を労働力として人族に提供する場合もある。主に農業と狩猟を生業とするが、冬の間は自分たちの糸を紡いで布を編む。その布は“
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まあ、こんなところかな。
人族語の勉強を始めて約一年、難しい本を読めるまで上達した。
ただ、辞典と異なる点がこの街には存在する。まず、この街の住人は約六百人、辞典に記載されていない大規模な集落だ。また、ギルド、宿、病院、防具屋、武器屋など、冒険者向けの施設が存在する。そのため、ギルドの職員や店員として人族が街に住んでいる。これは、この街の近くに地下迷宮があるためだ。
なお、この街は、高さ五メルク程度の外壁で円形に囲まれ、東西南北に門がある。大蜘蛛とその上位種である
※一メルク = 一メートル
そして、街の中央は広場がある。その広場を囲むように
あと、辞典の記載と異なる点がもう一つ。
僕の母親はアルケノイドだが、僕は男だということ。
一番最初に驚いたのはきっと母さんだろう。赤い髪と瞳は同じだが、額に触眼はなく、股にはあれがついているのだから。
また、母さんや街に住むアルケノイドは、言葉少なく感情を表に出さない。近所の子供も同じだ。しかし、僕は大声で泣いたり、笑ったりして、落ち着きなく動き回きまわる。そんな僕が近所の子供と楽しく遊べるはずがない。
二歳になるまでは近所の子供と喧嘩ばかりして相手を泣かせていた。そんなときは、母さんは僕の前にしゃがみ、心配そうな表情で僕を諭した。
そして、二歳の誕生日に事件が起きる――。
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