3.1.3 運命の出会い

――王国歴 300年 春 北部国境付近 野営地


ライオット・ヒュードル大尉は執務室の椅子に座り物思いに更けていた。


彼は平民の出身だ。両親は畑仕事で朝から晩まで働いていたが、雨水が漏れ、風が吹き抜ける借家で三度の食事さえ満足にできない貧しい暮らしをしていた。土で黒ずんだ両親の手を見ながら、逃れられない運命に憤りを感じていた。しかし、成人の日に教会で洗礼を受けてから人生は一変する。魔法に優れた戦士の職業ジョブを授かっていたのだ。


魔導戦士職の彼は奨学生として軍事学校に入学、卒業後は魔導部隊に配属される。無難に戦功を上げ中尉に昇進すると、上官の紹介で事務官の娘と結婚。王都にささやかな家を購入した。一人娘は既に結婚し、昨年には初孫が生まれた。両親は同居を拒み故郷で暮らしていたが、数年前に死亡した。故郷の親族によると、息子の自慢話ばかりしていたそうだ。


ただし、仕事は順風満帆とはいかなかった。国王が元帥であるこの国では、軍事は徹底した実力主義だ。仕組みは貴族・平民・亜人・魔人に平等だ。しかし、上層部は門閥貴族の騎士団所属者で占められている。そのため、戦功をあげる機会は平等ではないのだ。上級職である魔導騎士へ転職クラスチェンジし、大尉へ昇進後は、戦功に恵まれず年を重ねた。貴族出身の後輩に追い抜かれる日々は、王国への忠誠心に満ちていた心を冷やすには十分だった。今は定年を無事迎えることだけを祈る日々だ。


(この戦役がもう二年遅く開始されたら参加しなくて済んだのだが……まあ、私のような罪深き者には相応しいの末路なのだろう。しかし、平民出の若い兵士が上層部の勝手な都合で死地に向かわされるのは納得がいかない)


「建国三百年記念で戦争をするなど、門閥貴族共は馬鹿げている」

彼は周りに部下がいないことを確認して小声で吐き捨てるように叫んだ。


「ヒュードル大尉、アルビオン中尉がご挨拶に訪れています」

扉越しに副官の声がする。彼は慌てて咳をし、身なりを整えた。


◇ ◇ ◇ ◇


ザエラたちは小隊長室で少し遅い朝食を終え、お茶を飲みながら話をする。


「ザエラ、中隊長殿へのご挨拶は終わったの?」

「先ほど済ませて来たよ。神経質そうな初老の男性だった」

「昨日挨拶を忘れたから心配したけど、大丈夫だった?」

サーシャが心配そうにザエラに問いかける。


「部屋に入るなり、今どきの軍事学校は上官に対する礼儀もろくに教えないのかと嫌味を言われたよ。でも、商会の特別会員証を渡したら随分喜んでくれてね。予備役の代わりに新規隊員を増員することを了承してくれたよ」


「特別会員証は貴族の紹介でもないと手に入らないからね。中隊長殿のご機嫌が良いのなら安心だわ」


ザエラはお茶を飲み干してテーブルに置いた。

「カロルから昨日の報告をよろしく」


「ハーピーは檻の掃除をしてエサをあげたらだいぶ元気になったよ。朝食の前にサーシャと一緒に天幕を開けて風通しを良くしたら、嬉しそうに鳴いていた。サーシャとは意思疎通ができたので、アルケノイドであれば眷族として使役できるみたい。もう少し回復したら、檻から外に出してみるよ」

「世話係を選ぶまで、しばらく世話をお願いね。次はオルガ」


「荷物を隊長宿舎に運んだあと、傷痍軍人の様子を見て来た。半数は戦闘により失明したり、四肢を欠損した障がい者、残り半数は顔色が悪く痩せた病人だ。病人の診断書カルテを見ると、病名は魔力循環不全と書かれていた。入隊して直ぐに発病した者もいるみたいだ。除隊しないのには何か理由があるのかもな」


「やむを得ない事情があるのかもね。自分も彼らに挨拶してくるよ」

「替えのシーツ頼まれたから、ついでに運んでおいて」

「了解!!次はキリルとイゴール」


「訓練場の草むしりは終わった。今日から特訓を開始する。以上」

「隊員は真面目に取り組んでいたかい?」

「黒エルフは弱そうだが、鬼人は強そうな奴が数名いた。今日の特訓が楽しみだ」

「オルガとカロルも特訓に参加してね。俺とサーシャは後から合流する」


全員立ち上がり、各自の作業場へと移動を始めた。


◇ ◇ ◇ ◇


ザエラとサーシャは、傷痍軍人の宿舎に入り、衛生兵に替えのシーツを渡す。体に包帯を巻いた軍人達が立ち上がろうとするのをザエラは手で制する。


「小隊長みずからお越しいただくとは恐縮です。座したままで失礼いたします」

年配の軍人が挨拶を始める。彼が代表者のようだ。右腕と右脚はなく、痛々しい傷跡が残る。周りのもの達も同様だ。失われた体を復元できる魔法をザエラは知らない。


「このような縁起の悪いところに来ていただいた小隊長殿を見込んでお願いがあります。次の戦場に我々を出陣させていただけないでしょうか?死体に紛れて二名以上は道連れにする自信がございます」

ザエラは突然の申し出に戸惑うが、彼らの覚悟を決めた顔から眼が逸らせられない。


「理由を教えて欲しい。建前は結構だ」

「我々は貧しい平民の出身です。軍人を引退してもこの体では働きようがなく、軍属年金も微々たるものでございます。しかし、このまま軍人として死ねば、遺族年金が残された家族に入ります。さらに殉死という名誉が家族を守るのです」


ザエラは目をつぶりしばらく考えこんだ。


「その気持ち受け止めた。しばらく考えさせてくれ」

傷痍軍人たちは全員深く頭を下げた。


ザエラとサーシャは、奥のベットで横になる病人を見舞う。オルガの言うとおり顔色が悪く痩せている。苦しそうに口で息をしており熱があるようだ。


「サーシャ、彼女を横向きにして押さえておいて」

彼は両手を背中に当て、ゆっくりと脇腹まで下げていく。


「魔力臓器に魔素が結晶化して炎症を起こしているようだ。魔力量が多いのに魔力回路が未発達で魔力が十分に循環せず、魔力臓器に魔力溜まりができているのが原因だね。サーシャ、しっかり押さえておいて」


彼は両手に魔力を込め、背中の魔力回路に沿って魔力糸を一気に展開する。病人は悲鳴のような叫び声を上げて気を失う。内出血で真赤に染まる背中が痛みを物語る。


「魔力回路を魔力糸で拡張したからこれで魔力が循環するはず。背中は痛そうだけど、聖魔法で回復すると魔力回路が元に戻るので我慢だね」


残りの病人を診察すると原因は同じことが分かり、まとめて治療した。心配そうに見つめる衛生兵に、師匠直伝の魔力循環を整える薬草を渡し、煎じて飲ませるよう指示する。カロルを治療して以来、何度も魔力糸による手術を経験しているので、慣れたものだ。


「あら、病人の中に耳の長い亜人がいるわね。白エルフかしら」

サーシャの呼びかけで、ザエラは金髪で耳の長い女性が数名いることに気づいた。

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