3.1.4 籠の中の鳥

――王国歴 300年 春 北部国境付近 野営地


カロルの朝は獣舎の天幕を上げて風を通すことから始まる。


「カルロさん、獣舎の掃除とエサの補充が終わりました」

二人の黒エルフの少女が元気良くカロルに報告する。髪を三つ編みにして目が大きいのがテレサ、彼女より背が低くふっくらしていて髪を無造作に片側に束ねているのがエミリアだ。ハーピーの世話係に名乗り出た二人は、早朝の掃除を手際よくこなす。


カロルは腕にハーピーをのせて二人と一緒に健康状態を確認する。羽が抜け落ち地肌が見えていた翼は、白い産毛とピンク色の羽で覆われている。テレサとエミリアが櫛で喉元からお腹を優しく撫でるとうれしそうに鳴き声を上げる。


「この子は空を飛びたいそうです」

エミリアはカロルに伝える。


彼女はハーピーの気持ちが感じ取れるそうだ。ということは、黒エルフもハーピーと意志疎通ができるのだろう。カロルは脚紐を外して腕を上げるとハーピーは空へと羽ばたいた。円を描くように大空を飛びまわる。


「気持ちよさそう。私たちも大空へ飛んで行きたいね」

テレサの問いかけに、エミリアはハーピーを見上げながら静かに頷く。


こうしてパーピーの世話を続けているうちに、二人は次第にカロルに心を開き始めた。彼の穏やかな物腰がそうさせたのかもしれない。森の奥で質素だが静かに暮らしていたこと、ヒューマンの領主に騙され一族全員が奴隷となり従軍させられたこと、戦争の中で妻や子供を守り男性はすべて死んだこと……テレサが表情をかえずに淡々と話す傍で、エミリアは涙を流す。彼は静かに彼女の話を聞いていた。


――ザエラ小隊長室


数名の黒エルフとザエラが対峙している。


「小隊長殿、訓練内容を見直してくれないかい?戦場に出る前に死んじまうよ!」

黒エルフのディアナは声を荒げて訴える。


「現在の訓練をこなせないようでは戦場で死ぬだけだ。出兵した経験はないのか?」

ザエラの問いかけにディアナは隣の黒エルフ達と目を合わせてにやつく。


「私たちの戦場は夜なのさ、兵士を慰めるのが私たちの役目。小隊長殿もいかが?」

「我が小隊の宿舎は売春宿ではない。見知らぬ男共を宿舎に入れるのは禁止だ」

ディアナが胸を強調しながらザエラに迫るが、彼は厳しい表情で否定する。


彼女はさらにザエラに詰め寄り訴え始めた。

「あたし達は娼婦じゃない。僅かな金銭と出兵を見逃してもらうために必死なんだ。一族の男共は死んでしまった。子供達を守るためには仕方ないんだ。あんたは子供達が戦場で生きられると思う?」


「君は子供達が成長したら、同じように客を取らせるのか?軍役奴隷から抜けだせなければ一生このままだよ」


「絶対にさせないわよ!だから体を売ってお金を貯めているのよ。どんなに蔑まれても子供達の所有権を買い戻してやるわ」


ザエラは書類を手にすると彼女達に見せる。彼女達はそれを見て驚く。

「君たちの所有権を領主から買いとった。それが権利書だ」


「新しい飼い主様は私たちをどうするの?」

ディアナは訝し気な表情でザエラに問いかける。


「軍役の契約期間中は奴隷でも退役できない。君たちの残りの契約期間は一年。その間は軍役を果たしてほしい。ただし、子供や老婆達は後方支援業務に当てることを約束する。契約期間が終われば、退役して働いて自分を買い戻せばいいだろう。私の故郷が移住者を募集しているので、希望すれば紹介するよ」


「本当なのか?」


「嘘をつく理由はない。我が小隊の戦力は増強でき、宿舎は健全となる。長期的にみれば購入費用も回収できる」


「そして、私たちは退役して奴隷から解放される。話の筋は通っているわね」

ディアナはそう呟くと他の黒エルフ達と相談し始めた。そして、今後は客を取らないこと、訓練に励み戦場にでることを約束した。


「では交渉成立だな。まず最初にその濃い化粧を落とすように」

ザエラが命令すると、黒エルフ達は仲間を呼び出し、洗い場へと向かう。


この日を境に、黒エルフ達の訓練に対する姿勢は激変した。どんなに辛くても泣き言を漏らさない。もちろん素面スッピンだ。次第に体は引き締まり、動作が俊敏になる。また、魔法にも長けており、風魔法で体全体に風を纏い森を疾走する様は圧巻だ。森での哨戒やゲリラ戦を想定して、‟完全擬態パーフェクト・カモフラージュ”を教えている。


――とある日の訓練終了後


「あんた達は肌が綺麗で髪に艶があるねえ、特別な化粧品を使っているのかい?」

訓練が終わった後、水浴び場でディアナがサーシャとオルガに声を掛けてきた。


「私たちはこの魔道具を使っているの」

サーシャが開いた小箱には複数の魔導具が収納されている。


「この丸い魔石を白色に変わるまで魔力を込めた後に肌の上で転がすと回復魔法で肌荒れが治るわ。こちらは魔力を流すと温風が出て髪を優しく乾かすの。それと……」

ザエラとカロルで開発した美容魔道具の説明をサーシャは始めた。商会での販売は富裕層を中心に上々で、彼らの騎士団の大切な活動資金を生み出している。


黒エルフ達は二人を囲み、美容の話題で盛り上がる。それを遠目から隠れて眺める二人の鬼人がいた。


「黒エルフの娼婦共、突然、小隊長達と仲良くなりやがって気に食わねえ」

鬼人のラルゴはカシラのジレンにぼやく。


「水浴び場を覗いているやつが偉そうなこというな。首尾はどうだ?」


「全くだめっす、黒エルフに囲まれて、肝心の副将と栗毛の小娘の裸が見えねえ。しかし、あんな美女を従えている赤毛の小僧は許せませんな。なんか腹立って来た」


「こんな狭い穴の中で腹立てるな、暑苦しい。あと、栗毛の小娘は隊長の妹だよ」


「すみません、しかし、頭はよくご存じで。あ、もうちょっとで見れるかも」


身を乗り出したラルゴの目の前にサンダルと細くて白い足が現れると、

「こんなところで何してるんですかぁ?」

と頭上から声を掛けられる。


ラルゴは慌てて穴の中から飛び出す。後ろを振りむと頭の姿はなく既に逃げた後だ。


「お嬢ちゃん、これは出来心や……堪忍しておくれ」

「うん、いいよ。私もときどき見てるんだ。みんな健康的な体でうらやましいよね」

ラルゴは目の前に立つ少女をまじまじと見た。白い寝巻を着て、肌は青白い。幼く見えるけど、成人した女性なのかもしれない。


「私はソフィア。傷痍軍人さんと同じ宿舎にいる病人なんだ。たまに散歩しているからまたおいでよ。そろそろ、診察の時間だから戻るね」

少女は手を振りながら宿舎へと去る。ラルゴも恥ずかしそうに手を振る。


「あの鬼人、私たちの裸を覗きながら手を振っているわ。いい度胸だわ」

ディアナの怒声を聞いて、ラルゴは慌てて逃げ出した。

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