3.1.2 動き出す歯車

――王国歴 300年 春 北部国境付近 野営地


「諸君らの働きにより、貴族連合はミズーリ川より北へ撤退した。我々は一ヵ月の準備期間を経て、北部遠征軍の本体が到着次第、先行部隊としてミズーリ川を渡河する。この川を渡るとザルトビア街道の関所であるザルトビア要塞がすぐ目の前だ。この要塞には領主である五大貴族グロスター家の部隊が展開しているという報告が来ている。これまでの勝利に浮かれて気を緩めず、準備を万全とするように。以上」


第十三旅団中尉(百人将)級の早朝の報告会が終わると、整列した百数十名の中尉達がぞろぞろと天幕から出てくる。その中にザエラもいた。周りに知り合いはおらず、早々に立ち去ろうとしたとき、声を掛けられた。


「君がアルビオン中尉かい? はじめましてかな」

声がした方向を向くと、中年の男性が静かにたたずんでいる。


「私はデニス・マルコイ。君と同じ第五大隊第一中隊の中尉だ。よろしく」

「ザエラ・アルビオンです。こちらこそよろしくお願いします」

ザエラは差し出された手を握りしめる。


「入隊して半月で中尉に昇進した新人は君のことか。巨大な魔人を使役すると聞いたぞ、士官の間で噂になっている。あと、見目麗しい魔人も連れているとな」


「運良く敵将を討ち取れただけです。巨大な魔人は友人が使役していますし、女性の魔人も私の幼馴染です」


商人見習いとして働いていた経験から、謙遜の言葉が無意識に口に出でしまう。デニスは値踏みするようにじっと彼を見つめる。


「ところで、我々の上官、ヒュードル大尉(五百人将)にご挨拶はすませたかい?」

「正式に配属される本日、ご挨拶させていただく予定です」

「そうか、繊細な御仁でね。早めのご挨拶をお勧めするよ」

デニス中尉は口元を緩めて敬礼をして、他の集団に合流した。


◇ ◇ ◇ ◇


隊員達との初顔合わせのため、第一中隊の副隊長を訪ねる。


「特殊魔導独立小隊長、ザエラ・アルビオンです」

期待と不安で挨拶にも力が入る。


「アルビオン殿お待ちしていました。隊員達のところまでご案内します」

第一中隊の副隊長に導かれて、小隊の宿舎まで移動する。


「前任の隊長が体調不良で退任しまして、後任が決まらず困っておりました。魔人で構成された特殊な小隊ですが、貴殿のような魔人に慣れている方なら安心ですな。ところで、後ろの方々は貴殿の私設騎士団の方でしょうか?」


「はい、中尉の昇進に合わせて騎士団を結成しました。まだ、構成員は義姉弟と幼馴染だけですが。義姉弟が二体のオーガを使役しています」


「その若さで騎士団創設は珍しい。小規模から戦功を積み上げて、門閥貴族の騎士団に匹敵するほどに成長することもあるそうです。将来が期待できますな」

副隊長は饒舌に喋る。機嫌が随分とよさそうだ。


「ここが隊員達の宿舎です。隊員名簿をお渡しします。それでは失礼します」

副隊長は隊員名簿を彼に渡すと、そそくさと来た道を戻る。


宿舎の前には訓練場があり、隊員達が既に集合していた。しかし、訓練場は雑草が生い茂り、使用されている様子はない。また、隊員たちは欠伸をしたり、しゃがみ込んだり、貧乏ゆすりをしたりと緊張感に欠けた態度で明らかに不満そうだ。新任の小隊長が近づいても改める様子もなく、値踏みするかのように見つめる。


ザエラは、歪んだ隊列を見て、人数が少ないことに気がついた。小隊は最低百名で構成されるが、四十名程度しかいない。筋肉質で額に角が生えている男共は鬼人、褐色の肌に緑色の髪の女共は黒エルフ、それぞれ二十名で名簿の記載に合う。しかし、この四十名しか名簿に記載されておらず、欄外に注記がある。


~ ~ ~ ~

以下の予備役を含む

・ハーピー 二十体

・魔導兵器 二十機

・傷痍軍人 二十名

~ ~ ~ ~


オルガ達が捜索すると、檻に閉じ込められて衰弱したハーピー、壊れて動かない訓練用ゴーレム、宿舎の一角で肩を寄せ合う傷痍軍人がすぐに発見された。飼い主が戦死して捨てられた魔獣、廃棄されたガラクタ、戦力外通告をうけた兵士達か。彼は大きくため息をつく。


「ザエラ、課題が山積みだけど、とりあえず挨拶すませましょう」

「今すぐ列を正せ。前を向け!!」

両脇に並んだキリルとイゴールが叫ぶ。ほとんどの隊員は声の大きさと威圧感に驚いて慌てて列を正すが、数名の鬼人は動じることなく冷静を保つ。ザエラ達が着任の挨拶をしても、隊員たちは無表情のままだ。


「明日は早朝から訓練を開始する。本日は訓練場を清掃するように。以上」

舌打ちする音があちこちから聞こえる。彼は表情を変えずサーシャ達を集めた。


「キリルとイゴールは訓練場で隊員の監督。オルガは引越し荷物の受け取りを、カロルはハーピーの世話をお願い。サーシャは残って」

皆は持ち場へと移動する。こうして作業を分担しながら商人見習いとして共に働いた五年間を彼はふと思い出す。彼がつらそうなときは何も聞かずに淡々と作業をこなしてくれる仲間に感謝する。


「なあ、サーシャ副隊長、この名簿の名前の横に押されている印はなんだろう?」

「二人で参加した中尉の研修で習ったわよ。鬼人には服役軍人、黒エルフには軍役奴隷の印が押されているわ」


「服役軍人は刑罰として軍に服役した罪人、軍役奴隷は軍役に提供された奴隷のことだよな。上官に対する非常識な態度は軍人として自覚がないからかな」


「もう少し事情を調べたほうがよさそうね。あの態度はそれだけでは済まされないものを感じるわ」


「そうだね、黒猫に動いてもらうよ。あとは、隊員増強の件だけど……」

二人は、隊長宿舎へと場所を変え、深夜まで相談を続けた。

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