2.2.2 男爵との宴(1)

――ザエラ六歳 夏 地下迷宮 低層階


わらわらと集まる骸骨兵スケルトンを僕たちは黙々と倒し続ける。見慣れた光景だ。


「みんなすごいな。芝刈りのように骸骨兵スケルトンがなぎ倒されていく」

ミハエラは僕たちの戦闘を見ながら感嘆の声を出す。今回が初めての参加だ。


彼はこの街が気に入り、夏休みの間、滞在するそうだ。なぜか行く先々で彼と会うので、いつの間にか毎日のように行動を共にしている。


「カロル君、頑張ってるね」

四歳の誕生日までに存在進化したくて頑張るカロルを応援する。


「オルガさん、僕も混ぜて」

ミハエラはオルガの隣に駆け寄り魔法を唱えると彼の両手に剣が現れる。


「投影魔法だよ、君たちと同じものさ」

と言うと、骸骨兵スケルトンを倒し始めた。オルガとカロルが武器を生成して戦う姿を見て、投影魔法と見抜いたのだろう。


ミハエラの洗練された剣さばきに僕たちは目を見張る。僕たちの独学で学んだそれとは大違いだ。


僕たちの視線に気づいたミハエラは、

「あはは、まあ、将来は軍人になるから、代表的な武器の扱い方は子供の頃から教え込まれてるんだ。僕で良ければ、いつでも教えるから声を掛けてね」

と嬉し恥ずかしそうに僕たちに声をかける。


(確かに彼に教えてもらうのはありだな)

僕の中でミハエラへの評価が上昇した。


「それはそうと……ゴブリンに殺された親戚の女性も投影魔法が使えたのか?」

オルガが緊張した面持ちをしてミハエラに問いかける。


「ああ、投影魔法の使い手さ。美しい純白の姿を今でも思い出す」

ミハエラは遠くを見るように寂しげに答えた。


ということは、その女性がオルガとカロルの母親の可能性が高い。オルガもおそらくそのことに気づいたのだろう。彼女は表情を隠すかのように背中を見せると骸骨兵スケルトンの群れに向かい走り出した。


◇ ◇ ◇ ◇


「今日は、楽しかったよ。ありがとう、忘れずに返しておくよ」

地下迷宮に入る魔導具をザエラは受け取る。


これは、街長オサの家に伝わる魔道具オリジナルをアルケノイド以外でも地下迷宮に入れるように改造したものだ。他の種族の魔力をアルケノイド固有の魔力波長に変換する部品を追加している。


手ごろな実験体ミハエラを使い動作確認ができた。この魔道具を使えば誰でもいつでも狩りができる。冒険者がこの街を拠点に地下迷宮に潜るようになれば、この街の新たな収入源となるというわけだ。


――アニュゴンの街 手工業ギルド設立の式典


二列で先頭を進む騎馬隊に続いて数台の馬車が一列になりアニュゴンの街に入る。ゆっくりと街の中央の広場まで進むとひときわ大きな馬車が街長オサの家に停車した。恰幅の良い男性と控えめだが品の良いドレスを着た中年の女性が降りてくる。正装したオサとミーシャ、サーシャが笑顔で二人を出迎える。


「ミーシャさん、サーシャさん、めっちゃくちゃ綺麗だけど、眼帯外していいの?」

「あれは義眼なんだ」

僕は悲しそうに隣にいるミハエラに説明する。


実際は‟魔法解除ディスペル”の魔法陣を刻んだ透明な薄い魔石を瞳の上にかぶせている。魔眼の発動を防ぐ処置だが、眼がゴロゴロするそうで、二人には不評だ。僕とカロルが試行錯誤してようやく完成させたのに……


二人に見とれるミハエラと離れて、仮設の厨房に向かう。街長オサの家で手工業ギルド設立の署名が終わると、集合教育の建物で立食の晩餐会が始まる。この日のために特訓したアルケノイドたちがあわただしく晩餐会の料理を作る。僕も頭を布で覆い料理を手伝い始めた。


「ザエラ、注文した葡萄酒とグラスを届けに来たよ、どこに置けばいい?」

「トッツさん、ありがとう、そこに置いてください」

白い髭で恰幅の良い男性が僕にウインクして去ると、男たちが葡萄酒とグラスの箱を慎重に運び込む。彼は商会の支店長だがいつも気さくに接してくれる。


・季節の野菜に玉葱オニオンソースとチーズを振りかけたサラダ

・じっくりとローストした白毛牛フォルワカウの角肉を薄くスライスしたもの

・イービルボアのスペアリブの香草煮込み

・根野菜とイービルボアの腸詰めを煮込んだポトフ

・黄身がふわとろのポーチドエッグ

大蒜ガーリックと香辛料を使った鳥のから揚げ

・ヨーグルトと季節の果物

・キラービーのハチミツを使ったプリン

・とれたて牛乳を使ったアイスクリーム


僕と街長オサで考えた料理が出来上がり、晩餐会の会場に運ばれる。チーズとヨーグルトは自家製とはいかず、トッツさん経由で事前に取り寄せたものだ。また、アルケノイドはお酒を飲まないので、彼に葡萄酒の選択チョイスもお願いした。


◇ ◇ ◇ ◇


晩餐会が始まり暫く経つと街長オサが厨房に現れた。

「ザエラ、そろそろ会場に来ないか?男爵に紹介したいんだ……でね」

僕は頷くと身なりを整えて会場に入る。


正装して先に会場にいるオルガ、カロルを見つけて近寄る。オルガは母さんが仕立ててくれた濃い赤紫色ワインレッドのドレスを着ている。


これで大人しくしていれば、健康的な美女に見えるのだが……彼女は口の周りにソースをつけて円卓の食事を貪り食べている。その様子を見て慌てて駆け付けた母さんに付き添われドレスルームへと消えていく。師匠にテーブルマナーの座学をお願いしておこう……


「男爵様、さきほど話しました者たちでございます」

街長オサの紹介を受け、僕、オルガ、カロルは男爵の前で挨拶をして深く頭を下げる。


「そうか、君たちがあの天馬ペガサスの骨を地下迷宮で見つけたのか。結構な分配金が領主の儂にも届いた。他にも金目のものがないか探すとよいぞ、がはは」

男爵はすでに出来上がり、顔が真赤だ。隣の男爵夫人が心配そうに見ている。


「孤児のこの子たちを私どもが保護して育てました。ギルド長に教えを受け、地下迷宮を攻略するまで成長しました。別れるのは辛いのですが、同じ種族の社会で暮らすほうがこの子たちのためではないかと考えています」


「儂にできることがあればなんでも言ってくれ。これ次第だがな、がはは」

男爵は親指と人さし指をつなげて円を作り、いやらしく笑う。


「それでは、この子たちに苗字と戸籍をいただけないでしょうか」

街長オサは訴えるような目で男爵を見つめて頼む。


「儂の領地の戸籍を与えるのはたやすいが、苗字のほうは……。使っていない苗字はいくつかあるが、我が家に縁あるものだから難しいな……どうしたものかな」

と言うと、男爵はチラッと街長オサを一瞥する。


街長オサは男爵に近づくと扇子を開いた。その扇子から透ける彼女の指の数を見ると、男爵は首を横に振る。しばらくやり取りが続いた後、彼はついに頷いた。


「そういえば、前任の領主から譲り受けた苗字が一つ残っていた。なんでもこの地に古くから受け継がれているものらしい。それを譲ることにしよう」

街長オサと僕らはお礼を伝え、改めて深くお辞儀をし男爵と別れた。

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