第二章 過去からの訪問者
2.2.1 昔の住処
――ザエラ六歳 夏 アニュゴンの街 ギルド受付前
「オルガ、頑張れ」
オルガは人族の若者と腕相撲をしている。二人の顔は紅潮し、握り合った腕は震える。どうしてこうなったかというと……
◇ ◇ ◇ ◇
僕らは師匠に会うためにギルドを訪ねた。建物に入ると、食堂で食事をしている人族の若者と目が合う。彼がこちらを見て手を振り、僕らも手を振り返したところ、彼は静かに近づいてきた。
「ねえ、君たちはどこから来たの? ゴブリンを従えているんだ、珍しいね。あれ、後ろの二人はもしかしてアルケノイド?」
彼はこちらの返事を待たずに一方的に話しかけてくる。辺鄙な街に一人で訪れるにしては、旅慣れていないようだ。見知らぬ土地で緊張しているのだろうか。
「あっ、ごめんね。私はミハエラ・シュミットと申します。初めまして」
彼はズボンで手をぬぐって差し出してくる。
「ザエラと申します。こちらこそ初めまして」
僕は笑顔で握手を交わした。仲間たちも一人づつ挨拶する。
しばらくすると緊張が取れたようで、栗色の髪を揺らしながら笑顔を浮かべる。王都にある王立魔法学院に留学していること、来年の春には一六歳となり国へ戻ること、時間を見つけては一人旅をしていること、ミハエラは饒舌に話す。
(育ちのいいお坊ちゃんて感じだな)
僕はミハエラの整えられた服装と立ち振る舞いを見ながら値踏みしていた。
「へえ、君たちはこの街の住人なんだ。どうしてここで生活しているの?」
ミハエラは無邪気に僕らの
僕は睨みつけそうになる目線を下に逸らし、低い声で寂し気に話し始める……オルガとカロルと僕は両親がゴブリンに殺されて孤児となり、アルケノイドに拾われたこと、キリルとイゴールは奴隷として買い取られたこと、ミーシャとサーシャは病気のため失明して眼帯をつけていること、僕らは街から出ていくためギルド長に座学と魔法を学んでいることを説明した――最後以外は適当だ。
「そう、みんな大変な事情があるんだね、こんなきれいな娘が失明だなんて」
ミハエラは目に涙を浮かべ、ミーシャとサーシャと見つめる。
二人は不審そうに僕に顔を向けた。
(あとでみんなに説明して話を合わせないと……あ、師匠にも話さないと)
「オルガさんとカロル君、僕と同じ髪色だし、親近感湧くなあ」
ミハエラは、オルガとカロルに顔を向け、笑顔で話し掛ける。
(変わり身の早いやつだ。しかし、そういわれてみると兄妹のようだな)
僕は三人の栗色の髪の毛を見つめながら考えていた。
「そうだね、じゃあ、どちらが強いか勝負しようぜ」
オルガは近くの
「面白そうだね、勝負に乗るよ」
ミハエラは袖を捲るとオルガの手を握る――そして最初へと戻る。
◇ ◇ ◇ ◇
接戦が続いたが、オルガがじわじわと押し倒す。最後はミハエラの腕をテーブルに叩き込む。彼は赤く腫れた手をおさえて床に跪く。
「お兄様、起き上がれますか」
オルガが差し伸べた手を恥ずかしそうに握りながらミハエラは立ち上がる。
(そこは、手を払いのけて自分で立ち上がるところじゃないか……)
僕は思わず突っ込みたくなるのを抑えていた。
「おい、ザエラ達、そこで何をやってるんじゃ。座学をはじめるぞ」
二階から顔を出した師匠が怒鳴る。
「じゃあ、ギルド長との勉強があるので、失礼するね」
軽く会釈して僕らは慌てて二階へと上がる。
「僕はしばらくこの街に滞在するから、また、よろしくね」
ミハエラは手を振る。
「おめでたいやつだな、まったく」
そうつぶやくオルガの両頬を手で挟み込む。
「オルガ、や・り・す・ぎ・だ」
――アニュゴンの森 北東部
「ザエラ君、群れが近づいてきたよ、壮観だね」
ミハエラが僕の隣で呑気に喋る。
僕たちは分散して木の枝の上に立ち、待機する。その下を二足歩行の巨大な蜥蜴が集団で駆け抜ける。この蜥蜴は
「集団の最後尾が近づいてきた。みんな、用意して」
僕が手を挙げて振り下ろすと、一斉に木の枝から
「たった半日で十頭も捕まえるなんて、みんないい腕をしているね」
「そうだね、初めてにしては、うまく捕まえることができたよ」
帰り支度をしているとミハエラが声を掛けてきた。
オルガたちが乗り物を探している話をしたところ、彼が
「さあ、出発しよう。約束どおりゴブリンの巣まで案内する」
ミハエラから頼まれ、ゴブリンの巣に寄る約束をしていた。数年前にゴブリンに監禁され、殺された親戚の女性を弔いたいそうだ。この巣は、オルガとカロル、そしてキリルとイゴールが生まれた場所だ。僕は一人で何度か訪れたことはあるが、オルガたちは初めてのはずだ。
◇ ◇ ◇ ◇
ミハエラはゴブリンの巣穴に花束を立てかけて静かに祈りを捧げる。巣の入り口は今にも崩れそうで、巣の中を覗くと数匹のネズミの眼が怪しく光り奥へと消えていく。地面に転がる木片や矢じりが当時の冒険者とゴブリンの戦いを静かに物語る。
「巣穴って思っていたより小さいね、オルガ姉さん」
カロルは感慨深そうに呟く。
「くそったれ、くそ、くそ」
ミハエラの祈りが終わると、オルガが巣の入り口を何度も蹴り始めた。カロル、キリル、イゴールはオルガの様子をただ静かに見守る。
「彼女は僕を弟のように可愛がってくれました。残念でなりません。ところで、あの子たちもこの場所に何か因縁があるんでしょうか?」
ミハエラは不思議そうにオルガたちを見ながら僕に問いかける。
オルガとカロルはゴブリンに両親を殺されたこと、キリル、イゴールは冒険者に討伐されたゴブリンの子供であることを僕は話した。ミハエラは納得して静かに頷いた。
僕らは口数少なく家路を急いだ。森が開けたところでミハエラと別れる。ここからは一人で散歩しながら帰りたいと言い残し、彼は姿を消した。
◇ ◇ ◇ ◇
「出ておいで、殺気が溢れ出ているよ」
ミハエラが呼びかけると三人の
「叔父さんの刺客だね、今日は機嫌が悪いから手加減しない」
ミハエラが話し終えるより早く、三方から襲い掛かる――が、無数の槍が出現し三人を串刺しにする。
彼は串刺しにした敵を目もくれず、草原の地面に手を置き、何やら探し始めた。しばらくすると、地面に触れた手の指輪が赤く光る。
「やっと見つけた」
ミハエラは指を鳴らして喜ぶ。そして、空中に現れたシャベルを手に取り土を掘り返し始めた。
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