2.1.19 十階 古代英霊(3)

――ザエラ六歳 夏 アニュゴンの街 郊外 地下迷宮 十階(続き)


『久しぶりに目覚めて、戦いまでできたこと深く感謝する』

人族の不死者の魂から低く落ち着いた声が聞こえてくる。


「僕はザエラと申しますが、あなたは?」

『我が名はカネツグと申す。さて、今の世はどうなっておるかな?』


僕は、古代都市は既に消滅し、城壁の跡が残るのみであること、人族の王国がこの地を支配していることを説明した。


『そうか……栄華を極めた都市であったが、時代の流れには逆らえなかったか』


「あなたは古代都市と関係がある人物なのですか?」

僕は残念そうに話すカネツグに尋ねる。


『我か……我は、魔人の帝国に召喚された異世界人だ。この地下神殿で召喚されて帝国から地位を与えられ、数百年の間、人族との戦争に明け暮れていた。まあ、得意なものがそれしかなかったんでね』


「あなたの外見は人族ですが……魔人から差別されないとは驚きですね」

敵の人族と同じ姿のカネツグが魔人から信頼されるとは考えられない。


『いや、問題だらけだ。実力主義の国だから地位は保証されていたが、食事に毒を盛られたし、暗殺者に寝込みを襲われた。日常茶飯事だ。最後は、人族と内通していると密告されてね、この通り、召喚の供物として娘たちと共に捧げられたんだ』


「召喚?娘たち?あの二人がですか?」


『そうだ、子孫に殺されたようだが……自我が壊れていたから仕方ないね。召喚の儀式の最中に人族がここに忍び込んだため、我たちは魂と肉体が離れた状態で放置されていたんだ。そこに首を抱いている我が妻、ラスターシャ。今では蜘蛛の姿しかできないようだが、この魔力、忘れるはずもない、よく生きていてくれた』


(そうか、この転生者とラピスがアルケノイドの始祖なんだ)

僕はアルケノイドから生まれた男子であること、ミーシャ、サーシャは街長オサの娘であることを伝えた。


『ついに男の子が生まれたのか! これはめでたい。ラスターシャとの間には娘しかできなくてな。我に似た男の子を産み、育てたいというのが、彼女の口癖だった。しかも、混魄魔法を使えるとはな、面白い子孫だ』


「混魄魔法を知っているんですか?」


『ああ、輪廻を司る根源魔法だ。我の時代では、魔術紋様を持つ人族か、進化を極めた魔族のみが使えていた。我は輪廻と時空の根源魔法で召喚されたからな。さて、これから我はお主の魂と一体になるが、しばらくお主の体を貸してもらえないだろうか?ラスターシャとお別れがしたいのだが』


「構いません。ただ、僕はあなたの意識を残すような器用なことはできませんよ」

『相分かった』


僕の魂とカネツグのそれが混ざり合う……これまでのどの魂よりも強い意志を持っている。これなら彼の意識も残りそうだ。僕はしばらく意識を閉ざした。


◇ ◇ ◇ ◇


『ラスターシャ、会いたかったよ』

我の首を抱きしめてうずくまる彼女に声を掛けた。彼女は、ザエラの肉体を借りている我のほうを振り向く。


『カネツグ』

ラスターシャはかつての瑠璃色の髪をした女性へと姿を変えて我に抱きつく。


『よくぞ、今まで待っていてくれたな』

我もただひたすら抱きしめる。


『あなたがこの地で贄として捧げられた日に人族が攻めてきたわ…しばらくは西のほうに逃げていたの。でも、あなたの近くにいたくて、ここに戻り、私たちの子達と暮らしてきたわ。千年経てようやく、あなたに似た男の子が生まれたの。私の目の前にいる子よ』


長い年月の別離を埋め合わせるように、暫く二人は抱き合い続けた。


『我々の子達にも挨拶しよう』

ミーシャとサーシャを呼び、これまでの事情を説明した。二人は最初こそ驚いたものの、直ぐに冷静を取り戻し静かに聞き入る。


『さて、その手にある娘たちの魔石に波長を合わせて魔力を流し込んでごらん』

カネツグはミーシャとサーシャに優しく声をかける。二人は素直に従うと、魔石は溶けて体に吸収された。


『魔石を吸収することでも魔人は進化できるんだよ、もちろん相性はあるけどね』

二人の体内にある魔石が熱くうずく……体の中が作り替わっていくかのようだ。


『我はザエラの中でしばらく眠りにつく。この子たちを頼むよ、ラスターシャ』

ラスターシャはうなずきながらも別れ惜しそうに手を握りしめた。


◇ ◇ ◇ ◇


『ザエラ、ありがとう。暫しのお別れができたよ』

僕の意識にカネツグが声を掛けてきた。


「魂を一体化しても自我を保てるのはあなたが初めてです」

僕の中に自分とカネツグが同居しているような不思議な気分に包まれる。


『いや、初めては我ではない。お主だ』

「僕が初めて?」


『魂が混ざるときに気づいたのだが、お主も混ざりものだ。おそらく、本体の魂が消えかけているときにお主の魂と混ざり、お主が主導権を握ったのだろう』


(二歳に罹った病気のことだろうか……、確かに僕自身に吸収される夢を見たけど)

筆者注)第14話参照


「でも、生まれたころの記憶もあるし、母さんの顔も覚えていたよ」


『それは、記憶を共有しているからだ、逆にそれ以外の記憶もあるんじゃないか?』

カネツグに問われ、僕は子供を助けて川に飛び込んだ夢を思い出した。


『本体とお主の魂はほとんど一体化しているし、そのうち、お主の過去の記憶は消えてしまうだろう。知識や思考の癖は残るが、役に立ちこそすれ害にならないから気にしなくていいはずだ』


(師匠が知らない知識を覚えていた理由もこれか……)

筆者注)第2-1-5話参照


『さてと、我はしばらくお主の中で眠ろうと思う。我からの餞別だが、我の遺体の胸に魔石が埋め込まれているので吸収してくれ。あれは外装魔石と言い、転生するときにギフトとして女神がくれたものだ。高い魔力と高位の魔法詠唱を可能にしてくれる。あと、我の魔剣を使うといい。寝台の上に短い刀がもう一振りあるので忘れずに……我は長巻と呼んでいたよ』


一通り説明するとカネツグの意識は消えていった。本当に眠りについたようだ。


意識を外に向けるとラピスは僕の背で眠りについていた。カネツグの体の胸には、青い宝石のような魔石が埋め込まれており、波長を合わせた魔力を流し込むと体に吸収された。なんだか体がムズムズする……。


ミーシャとサーシャを見ると、二人は声を上げて泣いている。二人の泣き顔を見るの初めてかも……。最近初めてが多いなあ。


「二人ともどうしたの?」


「私たちは父親の顔も知らずに生きてきたけど、今日、お館様と始祖様の抱き合う姿を見て、二人の愛から私たちは生まれてきたんだって、なんだかそれを考えただけで涙が止まらないの」

僕は二人の肩にそっと手をまわし抱き寄せた。

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