2.1.13 精霊

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この世界は三柱の愚かな女神と気まぐれな六十八の亜神が作ったとされている。


"愚鈍ぐどんなる知識の女神"

世界に存在するものに名を与え、スキルとして刻印を押す女神。

様々な場所を臆面もなく漂い、見つけたものに名前を付ける精霊族を従える。彼女の前では、隠しておきたい秘め事、大切な思い出、曖昧故に味わい深い情緒すべてが名を与えられ暴露される。


"蒙昧もうまいなる探求の女神"

己を高めることだけを考え、すべてを滅ぼす女神。学ぶことを軽視し、他を喰らうことで、自らを進化させる魔族を従える。高みに至った魔族は、根源を司る能力を与えられる。


"強欲ごうよくなる職業の女神"

職業ジョブという名の局所最適ですべてを根こそぎ奪い取る女神。

勤勉と協調、怠惰と強欲の二面性を持つ人族ヒューマンを従える。職業ジョブを得た彼らには戦技アーツが与えらえる。


魔族であり人族ヒューマンでもあるザエラたちをどの神が導いてくれるのだろうか。二人の女神に愛されるのか、それとも嫌われるのか……あるいは新たな愚神が誕生するのか。

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――ザエラ六歳 春 アニュゴンの街 ギルド二階 資料室


今日はスキルについての座学だ。僕たちは資料室で机を並べて話を聞く。キリル、イゴールも厳つい顔してまじめに聞いている。


「……"知識の女神"は、目に見えるもの、見えないもの含めてすべてに名前を付けて管理しようとしておる。種族やスキルはかの女神の仕業じゃ。女神の眷族である精霊はこの世界を彷徨い、新しいものを見つけては名をつける……精霊の姿はさまざまじゃが、一般的にはこのように……」

師匠は説明しながら、黒板に魔力棒で精霊の姿を描く。


「師匠、スキルを見ることはできるの?」

僕は以前から自分のスキルを見たいと思っていた。単なる興味本位だけど、地下迷宮の攻略に生かせる自分の知らないスキルがあることを期待していた。


「スキルを見る手段はあるが特殊でな……神殿で啓示を受けるのが普通じゃ。神官が女神と交信すると、名前、種族、スキルなど、対象者の情報が特別な紙に書き込まれるのじゃ。仕事に就く際に、必要スキルを所持していること、逆に禁止スキルを所持していないことを証明するために使われておる」


「そうなんですね、この辺に神殿はありますか?」


「自治区に接する南方の男爵領の街が一番近いじゃろう。商人の荷馬車に乗せてもらえれば片道一泊二日じゃ」


「私とサーシャは領主様への挨拶で母様と何度か訪れたわ。ここよりもはるかに大きな街でたくさんお店が並んでいたの。母様は全く興味がないので、中に入る機会はなかったけど……」

ミーシャは南方の男爵領の街の様子を話し出した。


「みんなで遊びに行こうぜ。人族ヒューマンの甘いデザートを食べてみたい」

オルガはミーシャの話を聞くと目を輝かせながら声を上げる。


「甘いデザート……俺たちも付いていく」

キリルとイゴールは甘いデザートに反応する。


「いいわね、私は彼らの服装に興味があるわ」

サーシャも加わり、他領の街への外出に話が盛り上がる。


「残念じゃが、自治区の代表として戸籍のあるミーシャとサーシャ以外は街に入れない。近くの村くらいなら許されるが、街は無理じゃ」

師匠の言葉を聞くとみんなはつまらなさそうに不満を口にする。


「スキルの確認はしばらくお預けですね、残念」


「そうじゃな、あとは、精霊を見つけるくらいじゃが、見つけようとして見つかるものではないからな。わしも死ぬ前に一度くらいは見ておきたいものじゃ……お、もうこんな時間か、昼飯にしよう」


「今日は何かな?楽しみだ」

皆一斉に立ち上がり、席を片付け始める。


――アニュゴンの街 近郊


『ちょっと、お待ちなさい、そこのあなた達』

街の北門から地下迷宮の入口へと移動しているときにその声は突然聞こえた。近くから聞こえるが姿は見つからない。魔力感知、魔力探査にも反応しない。


『ここよ、ここ』

僕たちがきょろきょろしていると、ラピスが糸を出して何かを捕まえた。


『きゃああ、ちょっと、そこの蜘蛛、何してるのよ』

ラピスから出た糸がバタバタ揺れている……次第に羽の生えた小人が見える。


「羽の付いた小人が見えてきたわ」

ミーシャとサーシャはラピスに近づき、小人を珍しそうに見つめる。


「うっすらと何かが見えるような気がするけどな」

オルガは目を凝らしながら見つめている。


「俺たちは何も見えないが……」

キリルとイゴールは寂しそうに呟いた。


しばらくすると、キリルとイゴール以外は見えるようになった。羽が生えた小人の女の子だ。師匠が黒板に書いていた精霊に似ている。


『目には映っていても、見ようともしない、それがあなた達! そして、私は精霊と呼ばれるものよ』

精霊はラピスの糸を振りほどき、僕、オルガ、カロル、ミーシャ、サーシャ、キリル、イゴールの間を移動しながらじろじろと観察する。


名無しアンノウンが三人いるわね、あなたとあなたとあなた。他の者はあなた達の影響を受けて存在進化に揺らぎが出ているわね』

僕、オルガ、カロルを小指で指す。


名無しアンノウンとはどういうこと?名前ならあるけど」

僕が話し掛けると、精霊はミーシャ、サーシャを指して『アルケノイド』、キリル、イゴールを指してい『ホブゴブリン』、僕らを指して『名無し』と説明する。


「種族のことか、僕らには種族名がないんですね……」


『厳密にはあなた達に合う名前がないのよ……うーん、でも、今はまだ不安定だから新しい名前は付けられないわね、もうしばらく様子見かしら』


精霊は自己完結したようだ。彼女から呼びかけたくせに挨拶もなく去ろうとする。


「ねえ、スキルは見れるの? 僕たちのスキルを見てもらえませんか」

僕は慌てて精霊に声を掛ける。僕のスキルを知る貴重な機会チャンスだ。


『駄目よ。無料タダで見たら神殿の権威が下がるし、女神様に叱られるわ』


「あなたの女神様はどこにいるの?」

サーシャが精霊に問いかける。


『ここにいるとも言えるし、ここにいないとも言えるわ。じゃあね』

精霊は森の中に入り姿を消した。


「なんだったんだろう……」

僕たちは戸惑いながら顔を見合わせた。

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