2.1.12 八階 古代教皇

――ザエラ六歳 春 アニュゴンの街 郊外 地下迷宮


八階までは五階と同じ敵が現れた。単調だけど気を緩めずに黙々と倒して先へ進む。


冬が終わり春を迎えたころ、八階の門番ゲートキーパーまで到着した。扉が閉まる瞬間にラピスが部屋から出ていく。四階と同じだ……嫌な予感がする。


「今回の門番は手ごわいかもしれない。気を付けて」


光魔法‟光源ライト”で部屋を照らすと、死霊魔導士ワイトよりも二倍近く大きい、豪華な装飾品と法衣をまとった不死魔導士ゾンビウイザードが現れた。手には多彩な指輪が輝き、漆黒に透き通る球体の魔石がはめ込まれたワンドを握りしめている。書物で読んだことがある――上級不死魔導士リッチだ。長い年月を生きた知恵と高度な知識を兼ね備えた偉大なる賢者だが、この個体は外見から判断すると高位の聖職者……そうだ、古代神官騎士エンシェントプリーストナイトが最後に叫んでいた古代教皇エンシェントポウプといったところか。


微動にしないが、身に纏う魔力は僕たちを圧倒する。配置についた後、闇属性の固有魔法‟闇夜の隕石ダークナイト・メテオライト”をぶつける。


「ギャアア」

古代教皇エンシェントポウプの両眼に光が宿り、魔力が渦のように放出され始める。やはり、聖属性のアンデッドだ。額に角があるので魔族に違いない。


「お目覚めだ」


彼は四属性による広範囲の固有魔法をとめどなく打ち続ける。僕たちは一か所に固まり、全方位防護フルレンジ・ディフェンスを多層に展開しこれを防ぐ。強力だが単調な魔法攻撃なので、防御しながら魔力が尽きるのを待つことにした。


古代神官騎士エンシェントプリーストナイトのような知性を感じないな……魂の損傷が激しいのだろうか)


「ニヤ」

一瞬、彼が笑ったように見えた、次の瞬間、彼の頭上に巨大な魔方陣が突然現れる。しかもこの魔法陣は多重に展開されている。まずは崩れ落ちた壁の岩々が魔法陣に集まり、火の属性が付与される。しかも威力の高い青色の炎だ。さらに周りの空気が渦巻き、青い炎をまとった岩が渦に取り込まれる。最後には青い炎の渦となり、こちらに向かい放出される。広範囲の固有魔法で僕たちを一か所に集め、多重魔法陣による集中攻撃でとどめを刺すという彼の狙いに僕はようやく気付いた。


「散開して逃げたほうがよくないかしら?」

サーシャは青い炎の渦がこちらに近づいて来るのを不安そうに見つめる。


「個々に逃げると狙い撃ちされてしまう、このまま押し返すしかない」

僕は‟物理防御”を前面に展開しながら言葉を続ける。


「僕は‟物理防御”を多重展開するから、ミーシャ、サーシャは僕の‟物理防御”の間に‟魔法防御”を展開して。より強力になるように半円状で」

青い炎の渦がこちらに届くまで、三人で必死に防御魔法を発動し続けた。


半円状の物理、魔法の多層防御を青い炎が突き破る。新しい防御層の展開が間に合わない。まさに最後の一枚が破られようとしたとき、目の前を分厚い黒いものが覆う。オルガとカロルが投影魔法で僕たちを覆いつくす黒い盾を生成している。


「ここはあたしとカロルが凌ぐから反撃して」

オルガが叫び声をあげる。


僕、ミーシャ、サーシャは完全擬態パーフェクト・カモフララージュで散開し、キリル、イゴールは雄たけびを上げて、彼に突撃する。オルガ、カロルのほうに目をやると、黒い盾と青い炎がせめぎ合いながら、青い炎は黒い盾に吸い込まれていくように見えた。


彼の頭上の巨大な魔法陣の両隣に二つの魔法陣が現れ、キリル(火属性)には上級水魔法‟氷竜巻アイスストーム”、イゴール(水属性)には上級火魔法‟炎竜巻ファイアーストーム”が発動される。魔法陣の展開からの発動が短い。まるで、すでに展開された魔法陣が隠されたいたかのようだ。二匹は盾を使い魔法を防ぐ……が豪快に吹き飛ばされる。わざと後方に飛んで魔法を受け流しているからだろう……きっと。二匹の無事を祈る。


巨大な魔法陣からの青い炎も止まる。魔力を使い果たしたようだ。彼の体内には活動を維持するだけの魔力しか残っていないはずだ。僕は彼の背中に回り両手を添えて、サーシャ、ミーシャは両腕に手を添えて、魔力を吸い取る。空になっても搾り取るかのように吸い続ける。


「ギャアアアア」

彼の断末魔のような声が響き、両眼の光も消えた。念のため糸で全身を拘束すると骨が関節から外れ音を立てて崩れる。


みんなで遺品を集めている間、僕は気づかれないように‟魂の補食ソウル・イーター”で彼の魂を喰う。魔力が吸い取られたせいか、彼の魂はこちらの呼びかけに一切反応しない。そのため古代神官騎士エンシェントプリーストナイトとの関係は不明のままだ。


――ギルド二階 執務室


師匠が遺品を鑑定しているとき、突然現れた魔法陣のことを話した。


「突然、魔法陣が現れた?‟隠蔽魔法陣ハイド・マジックサークル”じゃな」

突然、頭の中に魔法の仕組みが思い浮かぶ。鑑定に集中する師匠の傍らで、‟隠蔽魔法陣ハイド・マジックサークル”を展開してみる……できた。


「空間に魔力袋を作り、魔力袋の表面を‟擬態カモフラージュ”させて、その中に魔法陣を展開する仕組みですか?」


「そうじゃ、よくわかるな。さすがわしの一番弟子じゃ……ふーむ、こちらの魔石は古代神官騎士エンシェントプリーストナイトのものより大きいではないか、どれどれ……」


魂を吸収した相手のスキルを使用できるのは確かなようだ。今回はスキルの仕組みまで理解できた。しかし、使用できるスキルの個数や使用期間の有無などわからないことが多い。


「今回の遺品はこれまでで最高の価値じゃな。聖属性の骨の保存状態は非常によいし、魔石も大きい。装備品も王国の宝物庫に陳列されても不思議ではない。しかし、これ程のものとなると売るのは難しいじゃろう。街長オサに相談してみることじゃ……ザエラ、聞いておるか?」

師匠は放心したように考え込む僕を覗き込むように声を掛ける。


「いつも鑑定ありがとう。街長オサと話をしてみるね」

僕はわれに返り師匠にお礼を言い、街長オサの家に向かう。彼女と相談して、遺品はすべて街長オサの家の保管室で管理することにした。


自宅へ戻る途中、背中で寝ているラピスを腕に抱いて僕はつぶやいた。

「なんでお前は地下迷宮だと戦わないのだろうね……」

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