1.16 家族

――オルガたちを助けた数日後


「うはああ、温かい……なんだこれ」

オルガは湯船に浸かると声を上げた。隣にいるカロルも目を細めて顔を上げている。


「ふふ、気持ちいいでしょう?我が家の自慢のお風呂よ」

ザエラの母親は両脇の二人の腰に手を回し、抱き寄せて微笑む。


ザエラが岩から風呂窯を作り、倉庫の隅を風呂場に改築した日のことを彼女は思い出した。お湯が満たされた風呂窯に身体を沈めたときの感動は忘れられない。


この街は水が貴重なため湯浴みが一般的だ。しかし、我が家は息子が魔法で水を生成できる。だからこんな贅沢が味わえるのだ。


「うん、どうしたの、カロル?これを見るのは初めてかい」

カロルは彼女の乳房を握りしめ、放心したように見つめる。


「母乳はでないけど、お乳を吸ってごらん」

彼女は二人を抱きかかえ乳房を水面に出した。


カロルは目を瞑り乳首を吸い始めた。オルガは一心不乱に乳首を吸うカロルを凝視しながら身体を強張らせる。


「オルガも試してごらん」

彼女はオルガを乳房へと引き寄せる。彼女の乳房がオルガの頬に当たる。オルガは少し恥ずかしそうに乳首を口に含み、目を閉じた。


二人の乳首を吸う音が浴室に響く。彼女は両足に子供を座らせ、両手で二人の後頭部を優しく撫でながら子守唄を口ずさむ。


「オルガ、カロル、私たち家族になりましょう」

彼女は子守唄を歌い終えると二人を優しく見下ろしながら話しかけた。カロルは乳首に吸い付いたまま寝りについている。オルガが顔を上げた。


「家族……キリルとイゴールも?」

「そうよ、みんな私の可愛い子供よ。私は母さん、ザエラはお兄さんね」

オルガの質問に彼女は嬉しそうに答える。


「……あたし、今日は母さんと寝たい」

彼女の乳房に顔を埋め、オルガが甘えた声を出す。


彼女は頷くとオルガとカロルを強く抱きしめた。


――さらに数週間後


朝食の後は中庭にある鳥小屋の掃除をする。毎日の日課だ。敷き詰めた麦わらを取り替え、鳥を抱きかかえて顔の表情、肉付きを確認する。うん、みんな元気そうだ。


雛は日を追うごとに成長し、羽が生え揃い、顔つきが鋭くなる。そろそろ、街長の家に譲り渡してもいいだろう。


防音および防魔力の結界を維持する魔石へ魔力を補充した後、居間へ戻り、お茶を飲んで一息つく。今日、師匠との勉強は休みだが、いつも居間で騒いでる二人と二匹が見当たらない。しかし、何やら二階に彼らの気配を感じる。


僕は音を立てずに二階に上がり、僕たちの部屋をそっと覗く。


二人と二匹が輪になって床に座り何かを見ているようだ。頁をめくる音がするたびに、二人が小声で喋り、二匹が「ギャッ、ギャッ」と小さく叫ぶ。只ならぬ興奮が感じ取れる。


僕は忍び足でその輪に近寄ると……みんなの肩を抱いて「ワッ」という。


「ウワッ」、「ギャー、ギャー」

みんな叫び声を上げてこちらを見る。すぐさま、オルガが本らしきものを服に隠す。


「そんなに驚かないでよ、何見ているの」

みんなの驚いた様子を見て吹き出しそうになるのを堪えながら話しかける。


「なんだ、お兄ちゃんか。驚かせないでよ」

カロルは僕だと解るとほっと胸をなでおろす。


「ふふ、ザエ兄も見たいか、びっくりするぞ」

オルガは不敵な笑みを浮かべる。


「なに、すごい魔術書でもあるの? 見せて見せて」

僕はオルガの前で両手を組んでお願いする。


オルガとカロルは僕のことをお兄ちゃん、ザエ兄と呼ぶ。きっと母さんが二人にお願いしたのだろう。最初はお互いにぎこちない感じがしたが、ようやく慣れて来た。


ちなみに、オルガによるとキリルとイゴールは兄貴と呼んでいるそうだ。僕にはうめき声にしか聞こえないが。


「これだよ」、とオルガが服から本を出して見せてくれた。すすけた薄い本。何度も繰り返し見たんだろう……頁が今にも破れそうだ。丁寧に本を開くとお菓子の絵と作り方が書いている。お菓子の料理本のようだ。


「うまそうだろう、これだけは洞窟から逃げるときに持ってきたんだ」

「そうだね、作りたいけど……材料がない。砂糖も牛乳もない……あっ」

僕は思い出した。があるじゃないか。すぐさま階段を下りると台所へと向う。二人と二匹もわらわらと後に続く。


僕は黒パンを取り出すと小さく切り、たっぷりと蜂蜜を浸み込ませて焼く。そう、森で採取した魔蜂キラーピーの蜂蜜の存在に気づいたのだ。蜂蜜からぷくぷくと泡がでたところで取り出し、食卓の上に置いた。熱々をみんな口に運ぶ。僕も一枚食べる。意外と甘くていける。


「うまい、ザエ兄、うまいよ」

みんなが夢中で食べる中、オルガが叫ぶ。


また、お兄ちゃんの株を上げてしまったな……なんて素直にうれしい。牛乳があればプリンが作れるのだけど。ああ、家畜欲しい。


すべて平らげて、みんな一息つく。僕は飲み物を渡す。


「……本に書かれているお菓子も食べてみたいな」

「この街だと材料を揃えるのが大変そうだ。人族の街ならお店で売られていると思うよ。買うにはお金がいるけどね」

物欲しそうに本を見ながら呟くオルガに僕は答える。


「よし、師匠との訓練を頑張ってお金を稼げるようになる!」

「ぼ、僕も」

「ギー、ギー」

オルガの誓いの後、カロルもゴブリンたちも叫び声を上げた。


僕は師匠から聞いた人族の街の様子をみんなに話始めた。

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