1.13 目を開けるとそこにいただけ
「あれからどのくらいたっただろうか……」
彼女は檻の中でぼんやりと考える。
馬車が襲撃されたとき、侍女は私をかばい殺された。森に分け入り必死に逃げたが、私を警護する従者たちは次第に数を減らし、気づくと私一人になっていた。そして、ゴブリンにつかまり、彼らの巣へと連れていかれた。
後は思い出したくない、彼らの首領と思われる一回り大きく醜悪な肉体に弄ばれる日々。それとの間に二人の子供ができた。私と同じ白い肌をした幼子が、緑色の手に抱えられ、何処かに運ばれた。あの子たちはどうしているだろうか……
微かに差し込む日差しを頼りに壁にキズをつけていたが、しばらくしてやめた。それでも壁にはキズがぎっしりと刻まれて、過ぎた月日の長さが感じられる。
周りを見ると複数の女性が檻の中で倒れている。一人の女性は手に握りしめた石の破片を喉元に刺し絶命している。他の女性は微動だにしない。
彼女は血の付いた石の破片を手にとり、手を震わせて首に近づける。もう、何度目だろう、こんな時はいつも、優しいお父様、分家から奉公に来ていた男の子、幼い頃から仕えている侍女、お兄様やお姉さまが目に浮かぶ。他愛のないことで笑いあった日々が昨日のように思い出される。
彼女は石の破片を離し、咽び泣きながら小声で助けを求める。
「お父様、お兄様助けて……」
突然、扉の壊れる音が聞こえ、人族の怒号が聞こえたきた。ゴブリンが叫び声をあげながら入り口へと駆けていく。辺りは埃が立ち込め、剣激のみが聞こえてくる。
「大丈夫ですか?」
素早い身のこなしの人族が檻を開けてくれた。
「私は、スカーレット・フォン・ハフトブルグです……お父様、お兄様ありがとう……うっ」
彼はゴブリンから奪ったナイフで、感謝を伝える彼女の首を正確に掻き切る。
「ゆっくりとお眠りください。お兄様にはお伝えしておきます」
彼女を仰向けに寝かると、涙で濡れて見開いたままの両目を閉じる。
「さあ、もう一仕事」
彼は檻から出て洞窟の奥へと消えていく。
◇ ◇ ◇ ◇
扉の壊れる音がしたとき、私は弟と子供のゴブリンたちと奥の部屋で寝ていた。ゴブリンたちは夜行性のため、昼間に睡眠をとるのだ。
私はすぐに弟と子供のゴブリンたちを叩き起こし、逃げる準備を始めた。子供のゴブリンは私によく懐いていて、見捨てるわけにはいかない。でも、どう逃げたらいいかわからない……私は、この中では年長だが、まだ、二歳児の子供だ。そんなとき一人の人族が現れた。
「あ、見つけた。君たちはよく洞窟の前で遊んでいた子供たちだね。逃がしてあげるからついておいで」
彼は私たちを抜け穴まで案内してくれた。洞窟から抜け出し、しばらく森をがむしゃらに走り続けると、開けた場所に出てきた。
突然、彼は立ち止まるとこちらを振りむいた。
「最後の仕事だ。めんどくせえな」
――ザエラ三歳 北の森
僕はミーシャ、サーシャを連れて家畜用の鳥を見つけた森の奥を目指して歩いていた。当然だがラピスも僕の背中に張り付いている。
お土産で渡した卵がずいぶんと好評で、その後もせがまれた。孵化させて育てることを勧めながら何個か渡したが、全部お腹の中に納まったそうだ……街長から鳥を捕まえて欲しいとお願いされ、作業員として娘二人を渡されたのである。
森の開けたところに到着すると人族とゴブリンたちが目に入る。殺気をはらんだ雰囲気を感じ取ると、ミーシャとサーシャに隠れるように合図した。彼女たちはうなずくと素早くしゃがみこむ。
人族の男性が幼いゴブリンを一方的に殺している。彼らは泣き叫びながら助けを乞うように人族の女の子に抱き着く。
「どういうことだ?どうして私たちを殺すの?」
女の子が彼らを庇うように前に出て叫ぶ。
「あ、ゴブリンみたいな汚いゴミを殺すのに理由なんてねえ。お前たちはゴブリンと人族の混血だから殺さずに売りさばくけどな」
女の子と隣の男の子をまとめて蹴飛ばす。鈍い音がして二人は地面に転がる。顔は鼻血で真っ赤だ。ゴブリンたちが二人に駆け寄る。
「気持ちわりいな、とっとと死ね」
男性は剣をゴブリンに振り下ろした。
次の瞬間、「ガン」と音がして剣がはじき飛ばされた。ラピスの
剣を拾おうとした瞬間、彼は手と足が糸で縛られて地面へ転がる。僕は
「なんでこんなことしているの?」
僕は魔人語で彼に聞いた。
彼は僕を睨みつけながら魔人語でまくしたてる。
「うるせえな、もう少しで任務完了なのに。赤い髪と瞳……近くの街の魔人か? なあ、このガキどもの売金の半分をやるから離してくれ。金儲けが下手な魔人にはうまい話しだろう?妙な正義感を持つなよ。こんな汚いガキとゴブリンがこれからまともに生きていけるわけねえだろ。殺してやるのがこいつらのためにも世の中のためになるってもんだ」
「黙れっ」、女の子の怒鳴り声が彼の言葉を遮る。
「お前に何が分かる。別に……生まれたくて生まれたわけじゃない。目を開けるとそこにいただけなんだ。こんなに重い血や肉や皮がついていただけなんだ。誰が望んでこんなところにいるかよ」
女の子の背中から魔術回路が光り浮かび上がる。そして、彼女は黒く得体のしれないものへと変化していく。
それは言葉にならない叫び声をあげながら彼を一方的に殴りつける。何度も何度も殴りつける。彼は意識を失い白目を向いている。僕はそれの手を糸で抑えた。
「君が汚れる必要はない」
僕が静かになだめると、それは崩れて女の子が出てきた。男の子と生き残った二匹のゴブリンの子供が不安そうに彼女を見つめる。
僕はミーシャとサーシャに彼らを僕の家へ連れて帰るようお願いした。
◇ ◇ ◇ ◇
俺は意識を取り戻した。どこだ、ここは。そうか、俺はガキどもを捕まえようとして……。どれくらいたったのだろうか、殴られた鼻血も固まり、辺りは暗くなり始めている。
(馬鹿が、とどめも刺さずにいなくなるとは。どうせ近くの魔人の街に逃げたのだろう。昼間はドジ踏んだが、暗闇の戦闘なら負けやしねえ)
彼は笑いながら起き上がろうとした。
「おや、やっと起きたみたいだ」
奴が突然近くに現れる。赤髪の小僧だ。背中にあの蜘蛛もいる。ご丁寧に人族語を使いやがる……俺は反射的に反対方向に走りだす。しかし、奴が腕を引くと足が宙に浮き頭から地面に倒れた。両足に糸が結ばれているようだ。
「ねえ、僕と勝負しない?僕を殺せば逃げられるよ」
小僧が調子に乗りあがって。俺は立ち上がり、鼻から血の塊を飛ばしながら、小刀を両手にそろえた。これでも
俺は‟暗視”と‟
「‟
竜巻に吸い込まれ、俺の身体が砕ける音を聞きながら意識が薄れていく。
――アニュゴンの街
「ザエラ、お帰りなさい。あの人族はどうしたの?」
自分の家に到着するとミーシャとサーシャが現れた。
「冒険者のくせに子供を誘拐して奴隷商に売り払おうとしていたみたい。ギルドに報告すると脅したら泣いて謝りながら逃げて行ったよ」
僕は泣く真似をしながら滑稽な口調で二人に説明した。
(地中に埋めたので二度と会うことはないだろう。しかし、返り血を落とすのが大変だったな。血の匂いがしなければいいけど)
「どう、子供たちの様子は?」
「お母様に事情を話して、二階のあなたの部屋に毛布を引いて寝かせたわ。疲れていたようで、すぐに寝りについたわ。無理もないわね……」
「そうか……後は僕が何とかするよ。今日はありがとう。鳥は残念だけど、うちで飼育している雛が成長したらあげるね」
「それじゃあ、もう帰るね。何か手伝えることがあれば言ってね。鳥は遠慮なくいただくわ、楽しみにしているね」
そう言うと二人は僕に手を振り、お喋りをしながら歩き出した。
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