第12話
「ア……さ、…アリトモさん!アリトモさん‼︎」
積み重ねるようになんども繰り返して聞こえる悲痛そうな自分を呼ぶ声、
それに答えるべく重い瞼をゆっくりと持ち上げる。
「マグヌス…君」
仄暗くぼやけたような視界は少しずつとその輪郭を鮮明に描き、文字通りの意味で目と鼻の先、紅潮と目を潤ませた彼女の顔を浮かび上がらせた。
「心配かけて…すまなかったな。……君は大丈夫か?」
「私のことなんかより貴方です。お怪我はありませんか?」
「ふふっ……マグヌス君、成長したね。特に太もものあたり」
彼女は涙を拭いながら笑顔で言った。
「ははっ、瓦礫に埋めますよ?」
ーーーーーーーーーーーーーーー
服についた埃を振り払い、改めて周りを見渡す。
「どこなんだここ…ってまた地下か。いい加減嫌になってくるんだが……」
地下水路とはまた別の殺風景な地下空間、上を見上げれば暗闇で、広い区画を突き抜けのような形で繋がった道筋は採掘場と似たような作りに思えた。
そこに爆発によって落ちてきた瓦礫が、一帯に埋め尽くしている。それと……、
視線を先ほどまで自分が倒れていた箇所に向ける。おそらく落下してそのまま、広範囲で飛び散った血潮の跡がある。
ジッとそれを見ていると、不安そうに彼女が話しかけて来た。
「アリトモさん、やはりお身体が優れませんか?」
「いや大丈夫、それよりも出る事を考えよう。一日の殆どが地下なんて、まるでモグラみたいだしな」
私がそう返すと、彼女は少しだけ笑った。
「そうですね、どこかに出口でもあればよいのですが……」
そう言いながら彼女は、辺りに視線を配っている。
……薄々感づいてはいる。戦争屋の不老不死という能力、恐らく私にもそれが備わっている。
だからこそあいつは私に近づいた。
しかしそれが逆に謎を深めていく。それがただの勘違いならば良いのだが……。
不意ににどこからか鼻につく嫌な匂いが辺りから漂ってきた。
「この匂いは…」
「アリトモさん、ちょっと手伝ってください」
彼女があたりを付けた瓦礫の山を少しずつ崩していく、すると次第に匂いが強まりそれが姿を現わすと、激臭が喉の奥に入り込み、思わずむせ返った。
「アリトモさんそれ……」
「ああ、……どうやら間違いなく死んだらしい」
焼死した身体は、石臼にひかれたように瓦礫に押し潰され、炭火のようになっている。
……いままでこんなことを巧妙に隠して、緻密にやってのける奴だ。案外、何かしらの策があってあんな力技をやったのかと思ったが……。
「命なんて所詮こんなもんか…」
少しの沈黙が続いた。
「そういや戦争屋は?」
マグヌス君が指さした先、そこでは瓦礫に埋もれた戦争屋が安らかな顔で静かに寝息を立てている。
「こいつにも疲れとかあんのかね?」
マグヌス君は物珍しそうに戦争屋の寝顔をジッと見つめたが、興味をなくした様に別方向へと視線を向けた。
「向こうから何か音が聞こえますね、出口かもしれません」
「本当か! どうする、コイツ起こすか?」
彼女は食い気味な口調で返す。
「必要ありません。むしろそのまま埋めた方が今後の為です」
「むにゃむにゃ…うぅん、君にはメイド服がよく似合う…」
「アリトモさんを性的な目で見るな」
やけにはっきりとした寝言をほざく戦争屋を踏みつけるマグヌス君。
「なぜメイド服が私に繋がるんだ……?」
「うぅ〜ん、恥じらう顔も可愛いね」
「あっ、これは私にも分かった。……なにうちの子に手出してんだ、き○がい色魔」
「なんで今のわかったんですか」
落ちてきた地点を背に、埃っぽい暗がりを歩き続ける。
そうしていくつか道を曲がった先、目の前の明かりがその地下空間の実態をあらわにしていく。
真っ直ぐ伸びる幅広い道のその果てには、王城でも珍しい柵のような見た目のエレベーターがあった。
「マグヌス君ここって……」
「ええ、間違い無いでしょうね。」
言葉を濁らせた彼女の表情がひどく青ざめている、きっと私も鏡で見たら同じ顔をしているはずだ。
そこにあった、出口より見過ごせないもの。
真っ直ぐ伸びる幅広い道と、等間隔に作られた脇道の側面に所狭しと配置された、気味の悪いほど鮮やかな緑の液体とその中にいる人間の姿。軍人のみならず王城の使用人や小さな子供、その数は千や二千では数えきれない、それほど多く同じものが視界に広がっている。
「いつからだ? ……この国はいつからこんな外道に成り果てた?」
「わかりません、ですが数から推察するに、私たちが敗走したあの時期にでしょう」
次第に湧き上がっていく感情が確実な殺意を塗り固める。
まさかここまで零落していたとは、……なぜ自分はその片鱗すら気づけなかったのか。
国の為にと戦う道を選んだ兵士の意思を無下にし、何も知らない一般人をも手に掛ける。
これは戦争の為でもなんでもない、都合の良い方便として戦争を用いてるだけの、ただの死体漁りだ!
(まだ分かんないの? それを見過ごしてた君も同罪なんだよ)
透き通ったガラスの容器から聞こえ顔を向けた先、ひどくやつれた自分の姿が目に映った。
なさけない土のような顔色のそれが、地下水道で聞こえた自分を責め立てた声を鮮明に掻き立てた。
(君がもっと早くに気づいていれば、彼らは死なずに済んだ。それってつまり君のせいだろ?)
「黙れッ‼︎」
衝動のまま拳を容器に叩きつけると、ガラスで出来た器は液体や、幾つもの破片を床へと散っていく。
同時にやかましいサイレンが辺りに響き、気づいたマグヌス君が真っ青な顔でこちらへ駆け寄る。
「なにをやっているんですか⁉︎何かしらの防衛装置でも発動したら‼︎」
「来るな‼︎」
彼女はビクッと体を硬直させ、伸ばしかけた手を申し訳なさそうに引っ込める。
やがて呼吸が落ち着いてしばらく経った頃、自分が冷静でない事を自覚した。
「……いや、済まなかった。気が動転しているらしい。悪いが警報を止めてきてほくれないか」
「……わかりました、ですがアリトモさん。たまには私を頼ってください、どうか…一人で抱え込まずに」
「…ああ」
私が頷き返すと、彼女は少しだけ頬を緩ませ、その場を後にした。
…しかし、緩ませたと言っても彼女のあの顔つきは、どこか不自然で、作り笑いに近かった。
ふと自分の指や、手の甲に食い込むガラスの破片が目に留まった。それが見た目通りの痛覚と、あの声を少しずつ呼び覚まし、苛立ちのまま拳を強く握りしめた。
「そうだ、まだ何も終わっちゃいない」
この国を野放しにするわけにはいかない。彼女を守るためにも、
この国は腐りきった。もはや国王を殺すだけでは足りない、この国にいる全ての害悪を潰す。
(おいおい忘れたのかぁ? 君の目的はマグヌスを守ることだろ?)
当たり前だ、その為にこの国を壊すんだ。そうすれば彼らの魂や彼女も……!
巡り巡る思考の中、一つの疑問がその勢いを停滞させた。
「……戦争屋なら、どうするのだろう」
何かの影が自分を覆う。それは比喩でもなんでもない。
蜘蛛の巣見たく広がった器の亀裂から、人形のように力の抜けたそれが、自分に向かい倒れ正面から受け止めた。
「……冷たい」
白く美しい肌を持った中性的な顔立ち、
それに触れた瞬間、同時になんとも言えない神妙な気持ちになった。
「男のような骨格でも、肌や髪の艶やかさは、まるで女性のそれ。……本当に人形みたいだ」
腐敗臭はない、しっとりと濡れた皮膚には所々の継ぎ目があり、その肌に目を凝らすと、縫い目を境に肌の色味は薄く変化している。今までのアンデットよりも人としての形を保っていながら、その存在は……、
「とても人間だと思えない……」
「滑稽だな、それが死体にでも見えるか? アリトモ少尉」
背筋を舐めるような悪寒。それが全ての神経を駆り立てる。
一瞬だったが間違いない、あの陰湿な口調、声は違えど、覚えがありすぎる。
「この体こそ、この実験の最終目的
。造られた肉体だ」
「てめぇ、どうやって……」
「死体を操るだけでは芸がないだろう?我々が必要なのは次への段階、不老不死の実証だからなァ……」
奴はどこに……そう思ったのも束の間、腕の触感が過敏になって伝えたのは、肉体の奥から響く脈動。
「…まさかお前」
手を離したそれが地面でおかしな挙動で動き回り、痙攣のように顔をヒクつかせた後、何事もなかったかのように立ち上がり、地下空間に響き渡るほどの笑い声をあげた。
「素晴らしい、素晴らしいよ!ここにある素体の全てが私の命、今の私は完全に……いやもはやその言葉だけで足りえるほどの存在へと昇格した!」
「ヤコブ……お前どうやって」
頭の整理が追いつかない私にヤコブは小さく鼻を鳴らした。
「御技を侮るなよ。全ての御技は当人の野望を叶える術を持っている」
ヤコブは舌打ちを鳴らし、私の首を掴み上げるとそのまま壁に叩きつけた。
「見ているのだろう? ステンボック。不老不死だろうが私の残留思念なら、魂を潰して殺す事など容易い。わかったらそこから一歩も動くな」
「マグ、ヌス君……」
ヤコブはいやらしい顔つきを浮かべると、私の喉元にガラスの破片を。
力づくで離そうにも、奴の腕はまるで時間が止まったようにピクリとも動かない。
「ヤコブ、お前いったい……!」
「殺しはしない、ただ実験の次の段階。そのために私には君達が必要なのだよ。……せいぜい気をしっかり持ってくれよ?」
無理矢理天井に顔を向けさせられ、奴は無防備になった喉元にじっくりと破片を切り込み、その傷穴を興味深そうに指をくい込ませ容赦なく掻きほじっていく。
「ふぅむ、声帯は異常なし。やはり作用しているのは内臓系統か……やはり解剖すべきはモツだな」
喉の奥で蠢く異物感、言葉なんてものはまともに発せられず、息をするたびに嗚咽が出そうになると、奴は一層強く締め上げ体を壁に押し付ける。
「アリトモさん、どうかそのままで」
微かに聞こえた彼女の声。
それが耳に入るのと同時にやってきた、頬をかすめる衝撃波と霧散する血潮。
僅かの瞬きの末に、私の目の前に現れたのは、血を頬に滴らせた彼女の顔だった。
「アリトモさん、お怪我は⁉︎」
心配そうな表情で私の肩を掴むマグヌス君、その彼女の少し後ろで目に写ったのは、首から上にあたる部分が消失したヤコブの体が転がっている。
「アリトモさん?」
その声にハッとなり、うまく出ない声の代わりに全力でうなずき返す。
それに対し、彼女は嬉しそうに微笑んだ後、安心したように肩を撫で下ろし、
「よかった…」
一言そう呟いた。
戦争屋 羽鷺 彼方 @usagikanata
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