第11話

 絢爛な内装など目もくれず、マグヌス君が眼前にある木製の扉の前で立ち止まった。

「ここですね……しばしお待ちを」

 彼女は一息の間に、蝶番ごと扉を蹴り飛ばし。戦争屋の合図で、私はその先にいる人影へと銃口を向けた。

「……来たか」

 昼間だと言うのにまるで地下水路を思い出させるような暗さ。

 僅かに差し込むステンドグラスの色づいた明かりが、デスクに肘をついたしゃがれた声の主。

 軍総司令、ヤコブ・アンカーストレイムの姿を映し出した。

 奴は自身の腕時計に目を向け、不満げに唸らせた。

「思ったよりも速かったな、やはり即興で作った物はまるで使い物にならない。……いやそれ以前に記憶を呼び覚ますとは……重大な欠点だ。即刻改善の目処を…」

 奴はこちらの事など御構い無しに、資料を見ながら、あれやこれやと推察にいそしんでいる。

 思わず手が出た。構えた銃口が奴の頬を一閃の光が頬を掠め、それを嘲るように失笑を私に向けた。

「アリトモ少尉。私の記憶では貴様はもっと思慮深い男のはずだが……私の記憶違いだったかな?」

 口の中からガリッと歯が削れる音が聞こえた。

 …十数年、こいつは総司令の立場でありながら、国王の馬鹿げた政策を止めることを一度たりともしなかった。

 こいつは国に蔓延る癌だ。しかしここで冷静さを失えば意図せず隙が生まれる。

 高ぶる感情を、体の熱を抑えるため、そしてそれを悟られないために静かに息を吐く

「……ご推察の通り私自身、教養に長けているとは言い難く、あまりにも不快なものを相手出来る程の忍耐力は持ち合わせておりません」

「フン、せっかく生きた命をわざわざ弄ばれに来たのか? 随分と哀れな思考を持っているのだな、これでは死んだアカネ軍曹も……」

 その言葉を聞き終える前に、銃口から放った閃光をヤコブの肩へと貫く。

「てめぇがあいつ語んじゃねぇよ」

 それを皮切りとし、光弾銃のトリガーを連続で弾き続けた。

 銃口から立て続けに数十もの輝きが放たれ壁に穴を開け、薄暗い部屋に円形の光を差し込ませる。

 この銃に連発性があったことなどいま知った。しかしそんな些末なことはどうでもいい、こいつを確実に殺せるなら、徹底的に行使する。

 青ざめたヤコブが机の陰に身を隠し、私が発砲を続けながら近づくと、怯えた顔を覗かせ

詭弁のようなものを私に投げつけた。

「国が勝つための力を求めるのは当然の事‼︎それにこの国の末路などたかが知れている!破滅だ! 国の概念など消えて無くなる。今の王がそれを証明した‼︎正統な王家を排除し、自分勝手に生きている‼︎ いずれ奴に変わり、新たな王がこの国を収める‼︎その時代のため、兵士は命令にを忠実に従う必要がある‼︎ 」

「従う必要……確かに、そりゃ大切だ」

 銃を収め、穴だらけの机を蹴っ飛ばすと、奴は愕然とした顔つきを浮かべた。

「だが、お前に尽くす意味はない」

 へたり込んだそれを壁際まで追い詰め、見せつけるようゆっくりと、ホルスターから銃を引き抜く。

「待て! 話せば分かる! 」

「理解する気はねぇよ」

 撃鉄の音に合わせ放たれた弾丸は、ヤコブ喉元に穴を開き、そのまま体内に留まる。

「ぐがっ!…喉が」

 悶え苦しむヤコブは床を這い回り、熱源である弾丸のある喉を掻きむしっている。

 ミハイルの話では、延焼銃の火力は光弾銃どころか、普通の銃にも劣る。

 ただその後、弾丸は余熱によって、炎が猛り始め。撃たれたのが人間なら黒焦げになるというものだという。

 彼のあどけなさからは想像もつかないほどエグい代物。……おおかた、製作がマグヌスで監修が戦争屋といったところだろうな。

 そうして嗚咽を繰り返したヤコブの体を、徐々に炎が飲み込んでいく。

「……終わったな」

 慢心と取れるかも知れないが、この状況で奴がどうこう出来る手段などない。

 ……にも関わらずなんだ、この胸騒ぎは。

 踵を返した先、マグヌス君が安堵の表情を見せながら、私の方へと駆け寄ってきた。

「アリトモさん、終わったんですよね。これで」

「………」

「アリトモさん?」

「……いや、まだだったな。行くよマグヌス君、このまま国王を討ちに行く」

「えっ……ですが」

「おや、だいぶ張り切ってるね〜、そのまま王様にでもなっちゃえば?」

「くだらねぇこと言うな、それよりお前も力を貸せ。元からそれが目的だろ?」

「そりゃもちろ………゛あ? なんだいそりゃ」

 奴の笑い混じりのふざけた声は、何かを一点と見つめるとドスを効いたモノへと変えた。

「なんだ、不都合でもあるのか?」

「違う!君にじゃない、とにかく伏せろ!」

 真っ青な顔で珍しく声を荒げた戦争屋は、私とマグヌス君を庇うように覆い被さった。

「ちょ…どういう事ですか⁉︎」

「喋らないように、それと頭だけは守ってろよ」 

 やけくそ気味に笑う彼女の視線の先、調度品や壁の影に隠れるように置かれた、いくつかの小型の機械。

 それらは赤い点滅を発しながら少しづつ速度を速め、やがて瞬きをするよりも速くなった頃_

 そこからは一瞬の出来事だった。


 爆風が轟音と共に襲い掛かり、床だったものがガラガラと音を立てて崩れ落ち、重力に誘われるがまま私の体は暗くどこまで続いているか分からない穴へと身を落としていく。

 そんな中で、頭によぎったのは気にも留めていなかったヤコブのある言葉。

『思ったよりも早かった』

 ……なるほど、

「はなかっら、こうするつもりだったか……」

 その時チラリと見えた黒焦げの死体、それが時折指を動かし、硬直した顔の頬を痛快とばかりに釣り上げ、

「私の勝ちだ」そう口を動かしていた。

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