第10話

 ほの暗い地下に刃が火花を散らし、時折二人の姿を明るく映し出す。

 重く振り下ろされる刃をいなし、その隙を狙おうと懐にまで距離を詰める戦争屋。

 しかしアンデットの動きは彼女がその刀身を喉元に突き立てるより早く、彼女の腹を蹴り飛ばした。

 何十という打ち合い、幾つもの血しぶきを散らせたその果てはついに迎えようとしていた。  

 やがてそれまでなかった鈍い音が響くと、戦争屋がアンデットの太刀筋に弾かれ、二メートル後方へと飛ばされた。

 体勢を崩した彼女の隙を狙い、アンデットは懐から取り出した拳銃を彼女に合わせ、六発の銃声を放つとともに、刀身を構え立て彼女めがけ向かっていく。

「マグヌス君、やはり私と彼は違うよ」

「アリトモさん…」

 私は成り行きでなんとか生きているだけに過ぎず。

 不老不死という強力な力があったとしても、まともに戦うことすらできないのは…

「私には彼のような強さはないからだ…」

 仲間の死に目を背け、悪辣な戦争から目を背け、何も変えようとしなかった自分とは…。

 血気を携えている彼の身体は、既に限界を迎えようとしていた。

 顔や手などの肌には稲妻のような亀裂が走り、一滴の血すら滴る事もないその身体は、私たちを殺したとしても、やがて自壊するものだとは察するに容易い。

 ___だからこそ、満身創痍の状態でありながら、戦争屋を倒すため。そのためだけに自壊する運命に抗おうとする姿は、ひどく輝いて見えた。

「……歩みを止めた、私とは違う」

 意図せず口から漏れ出たその言葉に、彼女は少しだけ頬を緩ませた。

「確かに、貴方と彼とは違う。……だからこそ彼にも出来ないことを、貴方は成し遂げるんです」

「買い被りすぎた、私にそんな力はない」

「物理的にではありませんよ」

 彼女はクスリと微笑み、撫でるように優しい声で言った。

「大丈夫……私は知っていますから。貴方の心に翳りがあることも、私を変えてくれた貴方がここにいることも……だから」

 最後に彼女は何かを呟くように口を動かしていたが、か細くよく聞こえなかった。

 その言葉を最後に、私と彼女は事の顛末を眺めていた。




 銃弾を避けざま、戦争屋は仰け反った体をバネにし、大きく振りかぶった刀を投げつける。

 飛んでくる銃弾とすれ違い、空気を切り鳴らし、一直線に飛んでいく刀はアンデットの右腕を胴体ごと貫き、釘のようにその腕を押さえつけ、自由を許さない。

「‼︎……こしゃ・・くなッッッ・・・‼︎」

「キミだって不意打ちしたじゃん」

 残った左腕を力ませ、引き抜こうと体をねじるアンデット。

 その意識が戦争屋から逸れたのを機に、戦争屋は鞘を投げ捨て、脇目も振らず一直線。

 勢いのまま地面をひと蹴りし、突き出した膝を胸中に刺さった刀の柄頭へと打ち付けた。

「ぐ・・・がァ‼︎ 」

 彼の背中から突き出る切っ先。それは次第次第と体の亀裂を大きく広げ、青く脈動するアンデット特有のそれが赤黒く変化し、脈打つ度に速度を速めていく。

「感謝するよ、名前も知らないアンデット。おかげで楽しいひと時を送れた」

「まだ……だ!まだ、おれは・・・私は、なにも‼︎」

 刀を握り続ける彼の意思に反し、肉片がぼろぼろと崩れ落ちる。その足取りは幼児のように拙く、歩幅も狭くなっていった。

 それもそうだ、支える肉が落ちているんだ。両腕の肉が無くなっても、彼は刀を口に咥え戦争屋との距離をにじり詰める。もはや彼の意思などどこにもない、殺意のみが動かしている。

 そうして腱を繋ぐ肉もなくなり、がくんと前屈みに倒れていく。

「……もう休みなさい」

 戦争屋は倒れ駆けた彼の体を優しく抱きしめた。

「その執念はやがて暴走し、やがて倒すべき敵が見えなくなる。たとえ脳や心臓はえぐられようとも、想いが死なねば人は生き続ける。……だが、それは呪いで、人間の意志ではないのだよ」

「ガグァァァアァァ ‼︎ 」

 地下空間を震わす、数秒ほどの断末魔が響く、それは一瞬の閃光を照らしやがてそれが治ると、二度と反響することはなかった。





 微睡むような感覚の中、揺れと共に響く靴の音が意識をはっきりとさせる。

 重くぼやける視界で見えたのは、いつもより近く見える地面と、記憶を鮮明に掻き立てる朱色の髪。それが、私にただ一つの真実を伝えた。

(そうか、私は・・・・また死んだのか・・・)

ーーーーーー



「どうにもならねぇな……」

「おや戦争屋、目が覚めたようですよ」

「ん、ほんとだ」

 手探りで壁伝いに歩く地下水路、不意に聞こえたその声は、流水の音に消されそうなほどの弱々しく、マグヌス君が反応を示さなければ気づかなかったほどだ。

 戦争屋は腕に抱えているアンデットの頭を両手で支えながら顔の近くに寄せた。

「やぁ、今どんな気分?」

「すごいですね、尋ねてるだけで人を煽るその語彙に」

 先ほどまで緊迫した場面だったからか、戦争屋とマグヌス君の漫談のようないつもの絡みに、思わず笑みがこぼれた。

 状況は依然変わりなく良いとは言えないが、変に強張っているより断然良い。

「さて、休む時だなんだと言っておきながら、君に頼みたい事がある」

 アンデットが気怠そうに答える。

「なんだ?……地図が燃えて道にでも迷ったか?」

「おやご名答。その察しの良さで目をつけられた口か?」

「道を曲がるたびに逐一確かめてたら誰だって察しがつく。王城までの道なら教えてやれるが」

 戦争屋は小首を傾げ、ぶっきら棒に返すアンデットに問いかけた。

「いやに協力的だね、もしかして罠でもあるのかい?」

「……さぁな、さっきまで殺し合いやってたんだ。そう思うなら好きにしろ、ただ俺は……ヤコブ・アンカーストレイム。あの野郎の使い捨ての駒で終えるつもりはないってだけだ」

 アンデットの瞳は鋭く、またそれを間近で覗き込んでいた戦争屋がニヤリと口角を上げた。

「よし、信じよう! 敵側だったやの情報は心強い。ついでにヤコブの能力なんかも教えてくれると助かるなぁ〜同志♡ 」

「わかった、わかったから頭を撫でるな! それと同志はやめろ。お前らみてぇなイカれ野郎共と一緒にするな」

「それ私も入ってるんですか⁉︎ 」

 心外とばかりに声を荒げた彼女に我慢できず、思わず吹き出して笑っていたら内臓を貫く様な拳が腹に突き刺さった。死ぬほど痛い。





「それにしてもうまいこと首だけが残ったね〜なんかコツでもあるの?」

「なんだよ首だけ残るコツって、元から癖でもついてたんだろ」

「癖?」

 私が言葉を繰り返すと、彼は「あっ」と声を漏らし苦々しい表情を見せていたが、ため息混じりで言った。

「俺はあいつに首を切り落とされ、そうやって死んだ。……だがはっきりと覚えてる。それまで無かった感覚が、急に実態を感じさせ。気がついたときにはあいつの言いなりにしか動けなかった」

 ランタンの灯りに照らされた彼の表情は、穏やかさの裏に確かな力強さを持ち合わせており、それはまるでなにかの覚悟を決めているようでもあった。

「……その様子だとただ死体を操るだけじゃなさそうだね。敵の御技」

「『残留思念』、魂を操る能力だと奴は言っていた。……死んで口も利けないアンデットに、嘘をつくとは思えん。信じていいだろう」

「魂を操る……ねぇ」

 戦争屋はその言葉を反芻しながら、重厚な鉄の扉を少しずつ押していく。

 窓から差し込む光が眩しく輝き、血が飛び散った自分たちの体を明るく照らした。

 瞬きを繰り返すと、ぼんやりとした風景が鮮明になっていった。どうやら王城にある西側の大きな通路に出たらしい。

「……こんなに色んなことあったのに、まだ一日すら経ってないのか……」

 高く昇る日を見つめ、そんなことをぼやいた私を、マグヌス君は優しく、

「此処からなら目標のいる統括室まで五分もかからず行けますね」

「ねぇ頭の中読んでた?『優しく』って言ってるよ‼︎ 」

「知りませんよ、第一他人の頭の中なんて読めるわけないじゃないですか」

「いつも読んでるじゃん‼︎」

「あっそうだ!ねぇ二人とも、私ちょっとやりたいことあんだけどさぁ…」

「お前ら自由すぎんだろ⁉︎」




 渡り廊下に飾られている、陶磁器製の大きな花瓶を、踏ん張りを効かせ両腕で抱えあげる。

「戦争屋、この花瓶でいいか?」

「そうそう、そんな感じの。じゃあそれを彼の両隣に置いといてくれるかい?」

 彼の首は、マグヌス君が持っていた水色のハンカチの上に鎮座し、その両隣を豪勢に盛られた数々の花に彩られている。

「……俺はどうして部下をミンチにした奴らに、手厚く弔われているんだ???」

「まぁいいじゃないか、ちゃんと君達全員分弔うつもりだからさ」

その言葉にアンデットはため息をついた。

「意味がないだろう。こんなことしたって」

 首の動くこともないアンデットだが、そう発した彼は表情として俯き、穏やかで冷静で哀愁に満ちていた。

「死んだ人間はそれで終わり、涙を流したところで死人が帰ってくる訳でもない。想われたところで死人は想いに応えられない」

「だから、無駄だって?」

「……あぁそうだ」

戦争屋は顎を触れながら考え込み、しばらくして花瓶に活けられた花を何本か詰んで、それを編む片手間に言った。

「アンデット、私はただの人殺しに感傷的になるつもりなど毛頭ないよ。……ただ私の信条に従うなら君はそうではない」

「信条……?」

 彼女はクスリと笑った。

「そう、信条さ。戦争で命を落とした者、空腹のなか飢え死んだ者、凍てつく寒空に消えた命、そして死してな弄ばれ続けた命。どんなに酷い最後を迎えても、故人の生前を思い返せば同じく人だった」

 戦争屋は少しだけ悲しそうに眉を下げた。

「……君の言う通り、弔うという行為は私の気休めなんだろう。だけどね、苦しみを無かったことにするのでは無く、死した命を慈しみ、人としての生と死があったことを証明する」

 そう微笑みながらアンデットの頬を優しく撫でた。

「先ほどの君の闘志、あれは紛れもなく人間のそれだった。胸を張るといい」

「お前………なに、どさくさに紛れて俺の頭に花冠載っけてんだ! 」

「わー可愛い〜」

 まるで話の聞かない戦争屋に諦めがついたのか、アンデットは小さく溜息をついた。

「…そんで放火魔、お前には義理はないはずだろ?」

 放火魔……状況的に、私のことを言っているのだろうな。不本意だが。

「私のはせめてもの礼だと思ってくれ。……短い間だったがお陰で、自分の足りないものが分かった」

 アンデットはドスの効いた声で、私を睨みつけた。

「俺は俺の為に戦っただけだ、勝手に意味を見出してんじゃねぇよ」

「もちろん分かってる、だから勝手に改めただけだ」

「…何を決めた」

「戦争を終わらせる。そしてマグヌス君を守る」

「馬鹿力の奴か……。あれに殆どの部下がやられた。お前よりも強いように見えるが」

「私からすればまだ子供だ」

「そうかよ。……見誤るなよ、自分の目的」

……あぁ、そうするつもりだ」

「おっなんだい?人生相談? 私も混ぜてくれよ。そうだなぁ、最近フローが全然構ってくれなくてさ〜」

「惚気なら聞かねぇぞクソが‼︎いつまでも居座ってると今度こそぶっ殺すぞ! 」

「あいあい、わかったよ…まったく短気だね君は。それじゃあ名残惜しいがそろそろ行くとするか」

 彼女は振り向きざまに、手をひらひらとアンデットへ向けた。

「じゃあねアンデット、縁があったらまた今度♪」

 アンデットはぽかんと口を開き、何かを言いかけたが結局はそのまま、ため息だけを吐いた。

「……お前だいぶ性格悪いな」

「生憎と、それが私の性分だ」

「……わかった、わかったからささっと行け。それと二度とこっち振り返るなよ」

 そう悪態をつきながら催促をするアンデットに別れを告げ、私達はその場を後にした。


〜〜〜〜〜〜〜


「あ゛あ〜、あんにゃろうやっぱいけ好かんわ。なんであんなのに負けたんだろうな、俺」

 口からぽとりと血が滴り落ちる。

「また今度って、できねぇ約束取り付けやがってクソが!」

(不純化した魂になって痛みも、感情も亡くなって。ひたすら何も無い感情に向き合い続けた)

 痛みが徐々に息を吹き返し、激しい嗚咽と共に赤黒い血の塊が口から吐き出てくる。

(あの時ああしていれば、もしも間違えずにいたら、そんな後悔が頭の中を覆う)

 口の中は鉄の味しかせずそこから流れ出る血は茶色く酸化し肌にこびりつく。

「……マジで信じてんのか?こんな俺に次があるなんて」

 あの時消えたはずの生への渇望。

 それは目の前で仲間を失っても変わらず、あいつと相対しても変わらなかった。

 だからこそ悔しい、その価値を今になってやっと理解できたのに。

 だけど…案外悪くない。

 死体でありながら人知れず生まれたその感情は、果たしてどうでもいいものなのか。

「……少なくとも俺には価値があった、そうでなくともそう思いたい」

(俺の行動が何かを変えた。それだけでもあいつらに胸を張れる)

 まぶたが重くのしかかり、呼吸すらできてるのか怪しくなってくる。

「ああ、待っててやるよ。全部終わるその時まで、だから二度と……俺なんかと話すんじゃねぇぞ」

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