第2話

 マグヌス君が言うには資料に書いたのは事件の詳細だけで、容疑者として警戒すべき人間については纏めきれていない。だから資料室に行き、その確認するのが最初の仕事だ。

マグヌス君……いや、だめだ。思考を切り替えねば…

 将校暗殺事件と呼ばれる今回の事件。

 この事件の犯人は、おおよその軍人に見当がついている。しかし今更、資料室に行ったとして何か目新しい物情報が得られるとは思えないが……。

 そんな具合で資料を脇に挟みながら、寒さ漂う廊下を手を擦り合わせながら歩いていく。

 ……正直、今回の仕事はこれまで以上に気が重い。危険が伴うのもそうだが、もし万が一に彼女にも危険が及ぶんじゃないかと考えると気が気でない。

 無論、彼女も軍人だ。それ相応の覚悟があって所属しているのだろうが、それにしたって今回の事態は異質だ。

 そのせいか、いつもと変わらないこの廊下も不気味なほど静かで、聞こえるとすれば私の靴の音ぐらい……

「早く行こう」

 なんとも言い難い気味の悪さ、人一人いない今の状況。もし犯人がいま自分を狙っていたら、そんな想像をよぎらせてしまった。

 だが幸いにも、私の部屋から資料室までは、幾つかの曲がり角を曲がればすぐにでも着くような場所にある。

 そう、あったと思う……あるはずッ‼︎



〜〜〜〜〜

 思えば最近は、報告事などは、マグヌス君に任せっきりだったのを思い出した。

 軍曹になって初めて自分の部屋を与えられ、それ以来自分の生態系に合った環境作りのため、

外に出るのは出征意外の時には無い為、そうつまり……

『上官の癖に迷ったんですね』

 いる筈もないマグヌス君の声が頭から聞こえてくる。

 どうせ出て来るなら道でも教えてくれれば良いのにと軽く微笑した後に、そんなことを考えた。

『嫌ですよ。ご自分でお探しください』

 なんだこいつ自我でもあるのか。

 見覚えの無い格子窓の廊下を歩くこと幾星霜(実際には十数分程度)迷路のような、代わり映えのしない廊下から不意に人の気配を感じ、足早と駆け寄った。

 見慣れない軍服、おそらく別の部署の軍人だろうか。

話しかけるのに少々躊躇うが、これ以上無駄足を踏む訳にいかない。

「すみませーん、あの、資料室って……」

 声を掛けたのは私の方、だが私はその人物の美しさに見惚れしまい、思わず言葉を発するのをやめてしまった。

 まるで辰砂から作られたかのような、赤みがかった朱色の髪、それが美しくなびいた様に私は魅了されてしまったのだ。

 ーーーーーだが何故だろう。彼女の纏う雰囲気には、確かな憂いがあった。

 少しして彼女は、途中で消えたであろう私の呼び掛けに気づいたのか、こちらの方向へ足取りを進めた。

 そうだ、まかりなりにも仕事中、一刻も早く適当に切り上げて自室に帰らなければ。

「あぁそこの君、すまないが聞いてもいいかい?」

 彼女は意外にも、フランクな言い方で私に話しかけた。

「あぁ、すまない考え事をしていた。ところで聞きたいのだが……」







「「  資料室どこだか知ってるか?

     司令室は何処だい?      」」




……「「  ゑ っ 」」


迷子が仲間になった。

(迷子・談)



(……気まずい)

 先程まで会話がまるでなかったかのように静寂が周りを囲い込む。

 確かにお互いが迷子であると分かったこの状況は非常に気まずいものだ。しかし気まずさとはおおよそのすれ違いから起きるもの。会話さえすれば解消できる。

 しかし自体はそう簡単ではない、改めて彼女が付けている肩の階級章と胸の徽章に視線を移す。彼女の階級章の模様は緑と黄色のストライプ……詰まる所大将だ。

 徽章とは、所属部隊を表す印であり、彼女が着けた多角形のマークが示すもの、私の記憶が確かなら特殊部隊の自由軍。

 間違いない『戦争屋』だ。



戦争屋、彼女達はこの国の戦争が苛烈さを極めた頃、海からやってきた鉄の砦のように大きな船から現れた。

 規模が縮小し放棄せざる負えなくなったいくつもの重要拠点を、彼女たちは瞬く間に占拠しこの半島を手中に収めるほどの力を、ひと月足らずで確立した。

 しかし彼女たちはそれをしなかった。

 彼女らは手に入れた領土をこの国に献上し地位を得ると、自ら部隊を率いて長く続くはずだったであろう戦場の数々を、最小限の被害で収めた。まさに理想の英雄像と言えるだろう。

 マグヌス君からの情報では、彼女たちは理解の及ばない方法で戦況を大きく変えるという噂もある。

 ……正直、戦争屋という組織にはこの手の話に事欠かない。

 正確な規模は分かっておらず主軸とする彼らの本拠地も不明、一説には二千年前には活動していたなんて噂もある。普段から冗談など口にしない彼女からそんな突飛な話が出たものだから思わず吹き出してしまったが

今考えると、それは愚かなことだと反省している……。

 噂はその物事を情報を推し量るには、丁度良い材料だ。例えばやたら真実味のある噂とあまりに突飛な噂では出所によって信頼度は大きく変わる。

 関わりのない街の住人や下級兵が興奮気味に話す、真実味ある噂話。

 直接関わりを持っている王族の宮仕と佐官以上の軍人達が深刻そうに話す、突飛な話。

この状況なら、信じるべき情報は明確だ。

「……くそっ‼︎ 」

 イラつきのあまり出た舌打ちを手で隠す。まったく、予想外のことが次々に重なる、今日は厄日だ。

 視線を向けた先の彼女は、刻みに肩を揺らしながら軽快なステップで廊下を歩いている。

 幸いにも聞かれていなかったようだ。もし彼女に聞かれていたら、何をされるか分かったもんじゃない。

 本来なら接触はまだ避けて起きたかった。なぜなら彼女たちこそ____


   




 将校暗殺事件の容疑者なのだから

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