第3話

 ……いや、むしろこれはチャンスと考えるべきでは? 

 少なくとも他に人がいる気配はない、つまりは一対一。

見る限りだとあちらの装備はライフル一丁と軍刀一振り。一方私は脇に抱えた資料がひと束。

 ……うん、死んだなこれ。

 ちょうどいいのは向こうにとって私が無防備であること。

 すぐに着くだろうと思って小銃置きっぱにしたのが……いや、あっても変わらないか。

 そもそも彼女達は最大の容疑者、それなのになぜ未だにこの国で自由にしていられるかと言えば、先ほど述べたとおり。彼女達……詰まる所、戦争屋という組織がこの国では英雄であるからに他ならないからだ。

 先の戦争、というか現在も続いてる二カ国の争いは、我々の敗北で終わるはずだった。

 その訳というのもこの半島に属した三つの国、そのうちの二つに挟まれている我が国『ネッケブロート』は幾度と無く繰り返される戦争を終わらせるべく、あろうことか他の二カ国に宣戦布告、同時に敵に回したのである。

 とても兵法に学がある人間の発想だとはとても思えない。もちろんその作戦に苦言を呈した者はいた。こんな馬鹿げた行為、到底許せるものではないと。

 しかし彼らが次に公の場に姿を現したのは断頭台の上であり、以降王政の言葉に逆らったのは一人としていない。

 絶望しかなかった。いくら他より機工技術が高くとも、両側から同時に侵攻されればただでは済まない。そのうえ部下を危険にさらし、こんな馬鹿げた作戦に命をかけさせるなんて……。

 個人では抗いようもない絶対的勅令。

 ……だが、やるしかない。安寧を、勝利を勝ち取る為に、

 自分に何度も言い聞かせ、体を奮い立たせる。

 背けば死ぬ、それならいっそ戦場でうまく立ち回るしかない。そうして私は目の前の人間を幾度となく踏み越え、数多の死地に足を踏み入れた。

 そして数年後……多くの犠牲を払った末、ついに西に位置する国『ロフ』と和平を結ぶことに成功した。その結果にたどり着くまでに失ったものは大きすぎる。しかし私の心は喜びに満ちていた。

 相手を鏖殺するだけではなく、このような道もあるのだと、敵であった彼らと協力し平和を勝ち取ることが出来るのだと胸が熱く滾った。

だから、



……今でも、そんな確証のない希望に、そんな戯言にすがりつく過去の自分を、恥じることしかできていない。



 ロフとの戦いが終わり、半島最後の敵国である『ルイス』が私が最後の戦争だ。

 現地に着いて最初の光景、そこはまさしく戦争とは名ばかりの、地獄にも劣らぬ劣悪さだった。

 ルイスと我が国に武力的差はあまりない。しかしそのせいで私たちは五年間も前線に身を置き続け、その最後は、自軍敵軍関係なしの殺し合いに変わった。

 その原因は今でも分からない。何か常識では考えられないようなことが起きているとしか。

 敵を殺し仲間を殺す、そんな自分が人間じゃなくなっているんじゃないかと、体の震えが止まらなくて、堪らずマグヌス君を連れて逃げ出した。

 撤退間際の出来事だったが、いまでも覚えている。

 敵味方関係なく地面を吹き飛ばす砲弾。走行する戦車に足をかけ、目の前にいる人間を区別なく轢き潰す。

 その様を見ては一人、戦場で高笑いを響かせた朱色の髪の女。

 それが戦争屋だった。






 肌寒い時雨が体を冷やす。ただえさえ雪が降りそうな寒さなのに、雨が降っているせいで飾り気の無い廊下が、普段よりも物々さを際立たせていた。

 戦争屋はというと、周りを目を配りながら鼻歌交じりに歩いている。どうやら先程言っていた司令室を探している風だった。

「アリトモくん、だったかな?」

 突然私の名前を呼び、軽い足取りでこちらに近づく彼女に反射的に敬礼で返した。

「はっ! いかがしましたでしょうか?」

「ああ、そんなにかしこまる必要はないよ。大将なんて肩書きだが、私たちは調べたいことがあるからここに来ただけだし」

 調べたいこと……一人でか? いったい何のつもりだ?

「なにも大将殿自らでなくとも、資料室ならばこれから私も向かうつもりでしたのでよろしければ……」

「あぁ、そっちじゃなくてね。例えば……そうだな」

 彼女はゆるりと口角を上げると、文字通りの意味で、私の目と鼻の先に顔を寄せてきた。

「君、……体に違和感は無いかな?」

「違和感、ですか……?」

「そう、なんか変だな〜おかしいな〜って感じる時はない?」

「……そうですね。特に支障はありませんが、大将殿のようなお美しい方に側におられますと、少々胸が高鳴ってしまいますね」

「……ふ〜ん、なかなか気の利いた言い回しじゃないか。気に入ったよ」

 戦争屋は妖しい笑みでそう返した。

 こいつ、私が事件を嗅ぎ回っているのを既に知っているのか? だとすればこれ以上、こいつに関わるのはまずい……。

 離れようとする私の袖を強く引っ張り、戦争屋が強く私の体を自身へと引き寄せていく。

「……ッ! 大将殿、いったいなんのつもりですか」

「あ〜ちょっと待ってね、気になることがあってね」

 戦場で時折感じるゆったりとした時間の流れ、心臓の鼓動がやかましく頭に響いてくる、まずい、このままでは殺される!

 密かに死を覚悟した私に、彼女は肩につけた階級章に小首を傾げた。

「君、……いつの間に少尉に昇進したの? 」

「……えっ」

 戦争屋が発した当たり前の一言に、私は耳を疑った。

 確かに私は昇進し、肩についたそれも、新しくマグヌス君につけてもらったものだ。

 だがそれは今朝になってからの話。知らないほうが当たり前でむしろ大将という上位でありながら、何故自分の元の階級を知ってる?

 じんわりとした汗が顔を伝う。

 私と彼女の間に関係性は何もない。なぜそのことを知っている?

 目を背けたくても戦争屋が私の下顎部をがっしりと掴んで、目を離さない。

「さて、君には話しておかねばならないことがいくつかある。少しばかりご同行願いたいのだが……」

 口を濁らせた戦争屋がチラリと覗いた先、それはまるで数十の槍で刺すかのような威圧感を発し、危険信号を体全体に駆け巡らせた。

 そして自分はこの悪寒に覚えがある。

 あれは確か……そうマグヌス君が用意したとっておきのケーキを勝手に食べてしまった時だ。

 聞けばあのケーキは、特別任務の際に頂戴した王室用の特別な品だと言っていた。

 あれはとても美味かったなぁ〜、機会があればもう一度。

 そんな懐かしい思い出を振り返りながら、遠くから見ている彼女に視線を向ける。人としてその眼光の鋭さはありなのかと問いたくなるほど殺気に似た何かに満ちたマグヌス君がそこには居た。


 ……あっ、思い出した……

     あの後、半殺しにされたんだった。










「今回は大将殿の目もありますからデコピン程度で済ませてさしあげます」

「普通の人間はデコピンで人は吹き飛ばさないし、ましてや血が出るほどの攻撃力はない」

「それで、あんなとこで何をなさって居たのですか?」

「うわっ! なんか変な汁漏れた‼︎ ‼︎ 」

「話を聞け」

 軽蔑の眼差しを浴びながら、私と戦争屋は実の部下であるマグヌス君に正座の状態で座らせられた。

 彼女は、心底呆れたように大きなため息をつきながら彼女は尋ねた。

「それで、いったい何をなさっていたので? 」

「何って、なんというべきか……」

「そうだね〜……あっ! じゃあこういうのは? ハニートラップ」

「馬鹿なんですか?頭かち割りますよ」

 なんかいつもよりキレ具合が半端ないんだが、これは私のせいなのか?

 とにかく下手なこと言って半殺しコースだけは絶対に避けたいところ。何とか穏便に、

 そう神経を張り詰めている私を他所に、戦争屋は見定めるような顔つきでマグヌス君の肩に手を回していた、初対面なのにスキンシップが激しいぞこいつ。

「君がマグヌスくんか、……ふぅ〜ん」

「……何でしょうか?」

 明らかに嫌悪感剥き出しなマグヌス君、そんな彼女に戦争屋は重いため息をつきながら肩を落とした。

「フローめ、外見を過少報告していたな〜…」

 改めてマグヌス君を見る戦争屋の目がギラリと光り、彼女は涎を垂らしながら、

「聞いてた話よりずっと美人さんじゃないか‼︎」

「……は?」

 気持ちはわかる、だが大将にそれはまずいって。

「素晴らしい、君のその綺麗な蒼眼。君自身の思慮深さを謙虚に表しているかのようだ」

「……なんの真似ですか?」

「ん?気を悪くしたかい? いやぁ〜それならすまないね。だが私的にはちこっ〜とアリトモくんに用があるわけで、まぁ長くなりそうだしちょっとお茶でもして話さない?」

 突然饒舌に口説き始める戦争屋。最初は口をポカンとさせ聞いたいたマグヌス君だったが、次第次第とその表情を歪ませ、奥歯をガリッと削る音を鳴らした。

「……戦争屋、言葉としての意味は国や人民を焚き付け、戦争を引き起こして利益を得る。そんな悪逆な賊が、いったいアリトモさんに何の用で?」

「いやマグヌス君、流石にそれはまずい。相手は仮にも大将だぞ」

「それこそが問題です。こんなふざけた奴、好き勝手させれば貴方が願う平和も、こいつは嘲りながら踏みにじる、そういう人間です」

「ふざけた奴か、なかなかひどい評価だね。私は欲求に従順に生きてるだけなのにさ……」

 わざとらしく眉尻を下げる戦争屋、しかし口を手で覆うと徐々に徐々にと微笑を漏らした。

「いいねぇ……グッときた。どうだいアリトモ君と一緒に私の仲間にならないか?命も望みも思いのまま、ただ少しばかりこの国を裏切ってくれさえすれば……」

 彼女の言葉を聞き終える前に、マグヌス君が戦争屋の頬を引っ叩いた、

「おふざけも大概に、人の死を糧に生きるほど私達は落ちぶれてはいません」

「ふふっ最っ高、それは根強い愛国心からかい? それとも……」

 打たれたにも関わらず、それも楽しむかのように笑みを浮かべ戦争屋。確かに今の言葉はムカつくし殴って良かったと思うけど、流石にこれ以上はまずい。

「あ〜、すまないが両方落ち着いて。大将殿におかれましても今回のことは互いに内密にしましょう」

「え〜、君はくるんじゃないの?」

 そもそも行くなんて一言も言ってねぇ。

「君は非常に聡いと聞く、そんな君がこんな国に固執する意味はないだろう?」

「……大将殿、貴女はきっと私たちより多くの国を見て来たのでしょう。その結果としてこの国がロクでもないと思うことは否定しません。しかしいくら貴女が強く、この国が無様な繁栄をしようとも、死なせた同志を裏切るような真似、死んでもごめんでございます」

 断固たる決意のもと伝えた言葉に、彼女は頭を掻きながら小さく声を唸らせた。「……参ったなぁ。君がこの軍にいるのもまずいし、それをここで伝える訳にもいかない」

 面倒臭さそうに「あ〜あ」と息を吐きながら、戦争屋が腰につけた黒い物体に手を伸ばした。

「しょーがない、来てくれないと私も強硬手段を使わざるおえないんだ……ごめんね」

認識するよりも早く、直感がそれを危険であると即座に体を動かす。

「まずい‼︎ マグヌス君、早くこっちへ」

「おお〜っと、そいつは困るなぁ〜…言ったろ? 仲間にするって」

 手に持ったピンを引き抜いて、奴は私達が踵を返していた方角へそれを振りかぶった。

 その黒い物体がどういうものかは知らない、ただ戦争屋は嬉々として、

「グレネーーーーーードッ‼︎」

 彼女の叫びに呼応するようにガスを噴出し、廊下全体を埋め尽くさん勢いで拡がり始めた。

「何をしてるんですか貴女は⁉︎ 」

「安心したまえ、死にはしない。まぁその後の保証はしかねるけどね」

 兵士達が各部屋からドアを蹴り破り、充血した目を擦ったり咳き込み続けながら一斉に飛び出してきた。

「チッ!なんだよ、これ⁉︎」

「あいつらだ!絶対に仕留めろ!」

 一瞬のうちに構えられた銃口は、それぞれまばらながらも数多の銃弾を発する。

 逃げる間もなく直撃しそうだったすんでそれを、戦争屋が引き抜いた刀で弾き飛ばした。

「いやぁ〜すまないね、なにせ隠したい手の内もある訳で、こんな強引しかできなくてね」

「テメェ…!」

「しかしまぁ安心してくれ……この手の修羅場は大好きなんだ」

 そう一歩、足を踏み出した戦争屋は、構えた太刀で向けられた全ての銃口を一瞬のうちに切り捨てた。

「よし逃げるか!」

 あまりに早いその現象、他は唖然としていても、当の本人は慣れた感じで次の行動。踵を返し、私たちの腕を勢いよく引っ張理ながら、全力疾走を行っている。

「ちょっ……戦争屋! 貴女いったい何のつもりですか」

「おっ! さすがに本部、今の騒ぎを聞きつけてもう来やがった」

 誰かこいつと会話できる人間はいないのだろうか? ちなみに私は半ば諦めている。

 逃げてく途中、ただの棒と化した銃を持った軍人についてある違和感を覚えた。

「戦争屋、なぜあいつらは武装状態にあったんだ? 幾ら何でも速すぎる」 

「あぁ、彼等は私を殺すのに失敗した場合の保険だったようだ」

「「……は?」」

「まぁ、その保険もあっけなく失敗に終わったようだけどね」

 そう一人高笑いを響かせる戦争屋に、マグヌス君は頭を抱えた。

「貴女、……本ッ当になんなんですかっ‼︎」

「花も恥じらう戦争屋‼︎ ラブ&ピースを掲げる、愛の組織さ! 」







「最悪です……貴女のせいで完全に私たちも敵扱い。これから先どうすれば……」

「まぁ、あの軍に居続ける方が危なかったと思うよ。警告なしで発砲してくるとか野蛮すぎるし」

「どの口が言うか‼︎ 」

 軍の本部から逃亡し行く宛のない私達は、王城大通りから外れた路地裏に身を隠しながら、彼女が根城にしているカフェへと向かった。

 本来ならこれ以上戦争屋とは関わりたくは無いし、今すぐ帰って布団に包まりたくとも帰る場所も布団もねぇ。

 ……ただ一つ、気になるとすれば。

「戦争屋、お前がもったいぶってる軍に居ない方が良いってやつ、あれってどう言う意味だ?」

「おっ! やっと信頼してくれる気になったかい? 」

「信頼とはまた別だ。…ただし、場合によってはしてやっても良い」

 その言葉にマグヌス君が過敏に反応を示した、

「どういうつもりですか? こいつのせいで私たちは…」

「悪いマグヌス君、俺はこいつのことが気になってな…どうしてもというなら君とはここでお別れだ」

 彼女は眉間にしわを寄せ、少し黙り込んだ末、

「いいえ、私はずっと貴方の側に」

「……そうか」

 それに続く言葉はなく、それ以上は話さなかった。

だけど正直ほっとしている自分がいる。

 ……その返事を何処かで期待してしまい、君を心配するそぶりを見せておきながら実際にはこの臆病者は、見捨てられたくないと願ってしまっている。

「どったのアリトモくん、いかにも物憂いげって感じの顔して」

こちらの心情などお構いなしに砕けた口調で、戦争屋が顔を覗き込んでくる。

「……なんでもない、それよりもお前はこの国の情勢を知っているのか?」

「情勢?」

「本来はこんなところで話すような事じゃないんだが…この国が新王政になってからというもの国民の不満は日夜高まり続けている」

「…ほぅ」

 戦争屋は興味が湧いたのか私の言葉に目をパチクリとさせていた。

「かつては半島全域を支配下に置いていた我が国『ネッケブロート』、そこから独立を果たした『ロフ』と『ルイス』。当然この国の力があれば、たかだか分裂した程度の国など目ではない」

「だがこの国の有様を鑑みるに余裕があるようには見えないがね。それはいったいどいう訳で?」

「それは…」

 その問いに答えるには時間が惜しい。だがそれを既に察したマグヌス君が周囲に目を配らせてくれている。

彼女を尻目にしつつ私は戦争屋への話を続けた。

「数年前のとある戦争で両陣営、敗北に相応しい痛手をこうむった。…これは私の直感に過ぎない、だが確信持って言える。貴族連中が領地を守りきれず、手付かずの土地がそこら中に点在したのも、ある戦争を境に国が縮小の一途を辿り続け『戦争が終わらない現象』が続いているのも、新しい国王が即位してからの出来事だ」

戦争屋は顎を触りながら、吟味するように何度も頷いた末、

「……ふぅん、そうかい」そう言った。

「でも、それを私に話してどうするんだい? おねだりするならもう少し愛嬌を込めないと私は動かないよ?」

「別に、ただ話しておくべきだと思っただけだ。それよりもお前の目的はなんだ? 何しにこの国に…」

言い掛けていた言葉を遮るように聞こえてくる四、五十以上の駆け足の音。それに加えて警鐘の鐘が街全体に響き続ける。

それに戦争屋が小さく舌打ちした。

「もう来たか……とにかくこっちに来てくれ着くまでに時間は掛からない」

走り出したかと思えば、戦争屋は突然立ち止まった。

「そうだ…私も君に倣って伝える事がある」

「……なんだ?」

彼女はくるりと首をこちらに向け、それまでに見せたことがない程の真剣な眼差しで言った。

「この国は人の道を外れる行為、『不死の実証』のために動いている。それを防ぐためにここに来たのさ」

「──、ひとつ言っておく」

「どうぞ」

「お前バカなのか?」

「…ふふっ、心外」

 ふざけているのかそれともだいぶ頭が湧いてるのか?

 それとも戦争屋は宗教団体でしたとかそういう話なのか?

真意が全く掴めない、そして彼女はそんな私の心中を読み取るかのように怪しげな笑みを浮かべ、

「私の正義を君が信じるかって話だよ」

 









 大通りの外れ、静かな路地をいくつも曲がると、自然豊かな独立した空間に、赤松で作られた小さな喫茶店が、息をひそめるように佇んでいた。

 根城と聞いていたから、物騒な外装だと思い描いていたがそれとは真逆で、木漏れ日から差し込んだ心地よい陽の光によってカフェとしての印象をより強めていた。

「すごいですね、こんな所に店があったなんて」

 興奮気味の声を抑えるマグヌス君に頷いて返事を返す。

 「あぁ、カフェなんて娯楽はそれなりに裕福な軍人のためのものだが……ここには軍服を着た人間は見当たらないな」

 それどころか席に座ってる客の多くは、決して身なりがいいとは言えない街の子供や若い男女がカップを片手に談笑に花を咲かす穏やかな様だった。

「すみませーん、このカフェラテ? っていうの一つくださーい」

「あっ、はっはい! 今すぐに‼︎」

 店の中で、肌の白い銀髪の少年がコーヒーをトレイに乗っけ、両手で持ちながらもあぶなっかしく一生懸命運んでいる姿が目に付いた。

 少年はコーヒーを運び終えると、声変わり前のはつらつとした可愛らしい声で、てくてくとそばに駆け寄って来た。

「いらっしゃいませ! お好きな席に……あっ!戦争屋さんおかえりなさい‼︎ 」

「やぁニコフ、お手伝いご苦労様。部屋は空いてるかい?」

 戦争屋はしゃがみながらニコフと呼んだその少年の頭を優しく撫でた。嬉しそうに声を漏らしている彼だが、戦争屋とはどういう関係なのだろう……。そんな疑問を抱いていたが、彼がエプロンの下で覗かせているのは戦争屋と同じ黒色の軍服。なるほど、彼も戦争屋なのか。

 彼はなでられている途中、きょとんと首を傾げた。

「そういえば聞いてたより早かったですね、もうお仕事は終わったんですか?」

「いや失敗した。だが代わりにアリトモくんを連れて来ることができた。私たちは奥の部屋で話してるから何かあったら呼んでくれ」

「分かりました、コーヒーはお入れしますか? 」

「あぁ、頼むよ」

 笑みを浮かべながらヒラヒラと手を振る戦争屋に連れられ私とマグヌス君は店の奥へと入っていく。



 区切られた個室には脚の低いテーブルと対となったソファーが置かれており、

暖色の電球がゆったりとした色合いで部屋をほどよく包んでいた。

私とマグヌス君の反対で、ニンマリと口角を上げ戦争屋はソファに座って足を組む。

「さて、どこから話そうか?」 

私は隣にいるマグヌス君に耳打ちして、

「どうする? まずは事件について聞くべきだと思うんだが……」

「その前に一つ、あなたに聞きたいことがあります戦争屋」

 やけに真剣な表情、いったい何を…

「ここのカフェ、スイーツはいかほどのものですか? 」

 いったい何を聞いてるんだ?

「もちろん、うちで栽培した果物や、他の国との貿易で手に入れた物を加工して腕の立つ人間が提供している。その点についても折り紙付きさ」

「アリトモさん……」

「くっ……! そんな目で見つめてもダメだ‼︎ これからのことを考えると余計な出費は…」

「事件に関する資料作成代」

「そういうアプローチに切り替えるか」

 つぶらな瞳で物欲しそうに見つめてくるマグヌス君、しかしまずい。いま頭の中で甘やかしたい庇護欲と理性のせめぎ合いが繰り広げられているこのままでは……。

しばらく続いたその葛藤、その結果軍配が上がったのは、

「……少しだけならいいよ」

 そう言うと彼女は、先ほどの少年にも負けず劣らずのいい笑顔で鼻歌交じりにメニューを手にとった。

……さて、私の所持金は何分ほどしか耐えられないのだろうか。

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