第4話

「お待たせしました。コーヒー、ホットとアイス。それにダージリンティーとスイーツ各種です」

 ワゴンに運ばれやってきた数々のケーキ、テーブル一面を覆うその光景は、まさに壮観であった。ふんわりとしたスポンジ状のものからサクッとした生地状のものまで、それを少しずつ味わいながら笑みを浮かべる彼女は実に愛らしい。

 しかしなぜだろう、その笑顔が私の持ち金の殆どでできていると考えるだけで、コーヒーに塩っ気を感じるのは。

 グラスに刺したストローから口を離し、戦争屋がせせら笑いを浮かべた。

「そんで、まず何か聞きたいことは?」

 正直聞きたいことなど山ほどある、しかし最初に聞くとすれば、

「戦争屋、貴女がこの国に追われている理由はなぜですか?」

 そうそれだ。

 ケーキに切り込みを入れながら発したマグヌス君の言葉、彼女はそれを口に運び飲み込んだ後、補足として言葉を付け足した。

「国での貴方の評価は二分している。表では敗戦を覆した英雄と持ち上げられてますが、その一方で貴方は事件の容疑者とされ、今回の逃亡により、それは確かなものだと決定づけられたでしょう」

「……つまり?」

 クッキーを口に咥えながら聞き返す戦争屋。

 マグヌス君は手に持っていたフォークを置き、真剣な眼差しを戦争屋へと向けた。

「それはただの結果に過ぎません。私たちが知っているのは、軍も戦争屋も互いに対立関係にある現状。そしてそれには私達も知らない重要な意味がある。……違いますか?」

 マグヌスくんの問いかけに、戦争屋は満足そうに笑みで返す。

「あぁその通り。そしてさっきの話、ちゃんと覚えてるかい?」

クッキーを摘みながらこちらに目配せする戦争屋。

おそらく先ほど言っていた『不死の実証』についてなのだろうが、にわかには信じがたいことだ。

「……そんなこと本当にあると思うのか?」

 そう返した私に彼女は不満げに口を尖らせた。

「む、さては信じてないな? 文学の発展があまりないこの国でも『不老不死』の脅威はわかるだろ?」

「分かりはするが、所詮一時のまやかしだ。戦争で困窮した国が眉唾に走るのなんざよくある話だし、むしろお前らがなんでそんなに過敏に反応を示すのかが俺には分からない」

それに対し、戦争屋は小難しそうな顔で頭を掻き、

「参ったな…まだ言うには早いと思ったんだけど」

 そう呟くとなぜか彼女は襟元を開け、自身の胸元へと手を突っ込んだ。

「えぇ〜っと確かこの辺に…」

「何してるんですか貴女は」

「経験上ここに隠してバレた経験が無くてね。触ろうとした奴は全員殴った」

「なるほどその手が…」

「ありませんから、感心しないでください」

「なんか自分の胸弄ってんのひたすらに虚しいな」

 突然そんな事を口にしたと思えば戦争屋は片手間で軍服のボタンを外し、放り出された胸の塊と絹のような肌を露わにした。

「な、ななっーー!」

「あれ〜どっか落としちゃったかな?」

 顔を真っ赤にするマグヌス君をよそに何かを探す戦争屋。

 なぜ下を着ないのか、そう突っ込む余裕を私とマグヌス君は等に失っている。

「おっ! こんなところに落ちてたか……あてっ」

 テーブル下へと屈ませた体を引き抜きつつ、彼女は折りたたまれた一枚の紙を私の元へ差し出した。

「割とあっさり渡すんだな、最初は見せるのを渋っていたのに」

 促されるまま、紙の間に指を挟み開こうとする。

 しかしその手前、ある疑問が私の手を止めた。

「…戦争屋、お前これどこで手に入れた?」

「おや、それが何か知っているのかい?」

「…誰のものかは知らんが上等な紙だ。少なくとも末端の兵士や市民が持っているものじゃない」

 戦争屋が微笑しながら言った。

「ほう、よく分かったね。それはこの国の軍事司令、ヤコブ・アンカーストレイムのしたためていた日記だか」

それを聞くや否や、真っ青な顔でマグヌス君が机を叩きつけた途端に立ち上がった。

「ばっ…貴女正気ですか⁉︎ あの男は人望のあった前国王を殺した男ですよ⁉︎」 

「いや〜本当それ、あのおっさん目敏くて結局それ一枚しか盗めなかったの」

 マグヌス君の憤慨に対し、反省の色を微塵も見せずクッキーを摘む戦争屋。

「だから…この人、…あ〜もうっ!」

「ふふっ、可愛い」

 あんまり虐めてもらうと、溜め込んだ鬱憤が追加注文に繋がりそうなのでやめて欲しいが、それはそれとして

 これがもし、本当にあいつのだとすれば……

「戦争屋ちょっといいか?」

「ん、どったの?」

「お前いつから探り入れてた?」

「ん? そんなもん最初の…――あ〜なるほど」

 戦争屋は納得したような声を出すと背筋をソファにべったりとくっつけ、

 バツが悪そうに深く帽子を被り、顔を隠しながら

「んふふ…ちょっとまずったかね?」

 いまいち状況が飲み込めないらしく、マグヌス君が尋ねた。

「アリトモさん、どう意味ですか?」

 どう言ったものか… 

 まずこいつが事件の詳細を独自に調べたとして、その手がかりはどうやって掴んだのか?

 そしてそれを知っていたとすれば被害者三十六名のうち……いや、どれだけ多くの被害者を事件前から見殺しにしていたのか

「なるほど……確かに彼女は先の戦争で我々の仲間を殺したにも関わらず大将の地位を与えられたまま、軍と手を組んでいる可能性もあるかと」

「え? アリトモくんなんか言ってた? 黙ったままだよね?」

「ふっ何かと思えば……信頼度が違うんですよ、信頼度が」

「くっ‼️ かつて無いほどのこの敗北感はいったい…‼️」

 マグヌス君が得意げに鼻を鳴らす。

 変な争いが勝手に始まり勝手に終わった…。これが世に聞く女同士のマウントの取り合いなのだろうか…

「まぁ談笑ムーブメントに入る前に言っておくと、私がここに来たのはその為だとも言える。しかし綿密に語れば目的はやはり君をスカウトすることだ」

「……いや、やっぱりおかしいだろそれ。お前軍と繋がったままなんじゃないのか?」

「気になってたんだけどなんだいそれ? どうして私が軍と手を組んで一兵士である君達を狙う? 何かやましいことでもあるの?」

「……」

 おそらく疑ぐりかけるような眼差しで互いに睨み合っていたと思う。

 緊張が肌を焦がすようにピリつきを纏わせ、面と向かう相手の出方を伺う。

「…ふふっ」

しかし彼女が満足そうに笑みを浮かべたのをきっかけにその緊張感は一瞬で払拭された。

「やれやれ、わたし同様に君らも一枚岩じゃない様子。ならこれ以上の詮索は無しだ」

そう言うと彼女はグラスに刺さったストローを咥え、ズズッと音立たせる。

そして飲み終えたグラスから手を離し、その破片を床に散らさせるといつにもなく真剣な表情をこちらに向けた。

「不老不死はいる、実際にだ。だからこの国は国民や兵士を犠牲にしてでもその力を手に入れようとしている」

「じゃあそいつは一体誰だ?」

 彼女は何も言わず、私が持っている紙に視線を向けた。

 その仕草でおおよその察しがついた。やはりこの紙、生半可な情報で読んでよいものじゃないらしい。

 一呼吸の間を置き、畳まれた紙を広げ

 線のように綴られた、その僅かな文章を追う


○月×日


極秘裏の捜索に続き、不老不死を発見

対象はアリトモ・ヤマガタ軍曹と判明し、サンプルを回収。

また少尉になった段階で捕縛を試みる。



「…えっ?」

 読み上げた言葉にマグヌス君が声を漏らした。

「何ですか…これ…」

「落ち着けマグヌスくん」

 声と指先を震わせるよろめきそうになった彼女の肩を寄せる。

 ふだん聰明な(普段怒りなどで手が出やすい)彼女が当事者である私以上に困惑している。

 ……やはり彼女を巻き込むべきではなかったのだろうか?

「どうだいアリトモくん、実感が湧いたかな? 自分が不老不死の御技持ちだってことを」

「……全ての元凶が俺にあるってことか?」

「うーん…そういう言い方は良くないんじゃない? 現に殺してるのはこの国の奴らだぜ?」

 口元を隠し、探られないよう考えをまとめる。

 不老不死、将校暗殺事件。それと国王殺しの実績がある司令長官ヤコブ…

「辻褄……いや、物差しがでかすぎて計りきれん。なら信じるしかない…のか?」

「いえ──いいえ! アリトモさんこいつの自作自演の可能性もあります‼︎」

声を荒げ立ち上がったマグヌス君、それに対し戦争屋は優雅に足を組みながらコーヒーカップを片手に、

「信じる信じないは勝手だが、アリトモ君が将校になって最初に出会ったのが私じゃなかったら……そう思うと背筋がゾッとするけどね」

「だからそれは貴女が‼︎」

 顔を真っ赤にし、殴り掛からんという勢いで机を叩きつけるマグヌス君。

 ──その前に止めるべきだった。

 食器がぶつかり合う甲高い喧騒。

 痛々しく耳を刺す音は何重にも部屋を反響していたが、それはすんなりと案外あっけない収まりを示した。

だが実際に甚大だったのは、反射的に耳と共に塞ぎこんだ視界から見た光景の方であった。

「テーブルが………真っ二つに」

「……すみません」

 唖然とする戦争屋、頭を抱えるマグヌス君。彼女みたく思考が読める訳じゃないが、苦々しいその顔でどんなことを考えているかはすぐにでも分かった。

 散々と足場を埋め尽くす数多の食器の破片、山なり…いやこの場合は谷なりになるんだろうか?

「V字状かと」

 あぁそうだ、V字状だ。

 マグヌス君が叩いたことにより鈍い断末魔を上げた木製のテーブルは、その状態で食器の山から両端を覗かせていた。

「すみません…本当にちょっと頭に血が上ってしまって…」

「まぁ、これは仕方ないよ。私の為に怒ってくれた以上、文句なんてある訳が無い」

 しかしまずいことになってしまった。普通の店ならいざ知らず、私たちは戦争屋である彼女の店の備品を壊してしまったのだ。

 そんな動揺を見透かすように悪どい笑みを浮かべる戦争屋は、わざとらしぐらい大げさに小首を傾げた。

「おやおやおや……なんと大した力だ。うちの調度品はどれも防戦用に特殊加工されたものばかり、例え大砲が当たったとしても簡単に壊れるような品じゃないんだがなぁ〜?」

「あ、あの…」

「ん?」

 はぐれた子供の様に弱々しい声を出すマグヌス君、皮肉にもそれは年相応な表情であり、自分が心の内で彼女に求めていたものだった。

「本当にごめんなさい…。あの、可能でしたら弁償を…」

「あぁ、そりゃ無理だ! この国の金なんて外海じゃパン一斤にもならないよ」

「そんな…」

 まずい。完全に巻き込まれた被害者から加害者の立場だ。

 彼女の良心に付け込もうと悪魔もとい戦争屋は、彼女に視線を固定し舌舐めずり。

 下手に反論すれば何をされるか分かったもんじゃない。

「わかった、全面的にお前に協力する。それでこの件は手打ちにして欲しい」

 戦争屋は待ってましたとばかりに食い気味に返す。

「もちろん、私達はあくまで対等な関係さ♪いや〜まさかアリトモ君を勧誘しに来たつもりが、鯛でクジラを釣った気分だよ」

 上機嫌な彼女は足元に落ちたクッキーを口へと放り込んだ。

 ピリつく肌が全身に警告を示した。

 断言しよう、こいつは戦争以上の混乱をこの国にもたらす存在だ。

 だが……それが本当に悪しきものなのか、今の俺には判断しかねる。

 見さだめよう、こいつが私の…マグヌス君にとっての敵ならば、

 どんな手を使っても地の底まで落とし込めてやる。

 

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