第5話

  〜本部、軍統括室〜

 

「申し訳ありません‼︎」

 埃っぽい部屋の中央、一人の若い軍人が声を張り上げ謝罪を口にした。

 頭を下げ、年代物の机に肘を置いた恰幅のいい男にひたすら許しを請いている様であった。

「戦争屋、及びモルモット候補2名、取り逃がした失態は全て私めの過ち故にございます!

責任は全て私めにあります!ですか何卒部下だけは!」

 対する男は、眉間に寄せたシワを崩すことは無かった。

 軍人の一歩後ろでは部下と思わしき十数人あまりの男女が真っ青になった顔に脂汗が流れている。

 男は軍人の様子をしばらく眺めると、小さく溜息をついた。

「わかった、貴様は用事みだ今までご苦労だったな」

 そう言うと男は傍らにおいてある軍刀に手を伸ばし、若い軍人の首をはねを飛ばした。

 その様子を見ていた他の軍人がどよめき始める。

「ヤコブ元帥、何を……」

「貴様らの意思は不要だ、しかしその肉体は有効に使わせて頂く。喜べ国家の為に命を使えるのだ、まさに軍人の誉だろう!」

 男は笑った、逃げ惑う者がいればこれを切り捨て、銃口を向ける者がいればすぐさま構えた腕を切り落とす。ひとたび怯えた表情を見せたのならつまらないとばかりに舌打ちを鳴らし、真っ二つに斬り裂いた。

 やがて周りには散らばった亡骸と血潮が床を埋め尽くす。生臭い血の匂いの中、男は死骸を踏みつけ、歯ぎしりを立てた。

「……このような半端者達が、まだこの国にいるから未だに我が国は半島統一を成せないのだ」

 死体を睨みつけるにつれ、男の歪んだ口元は釣り上がり、高響する笑い声に変わっていった。

「しかし、しかしだ! 我等の御技が造ったマリオ・アンデット(操り死人)がいれば、半島だけではなく全ての大陸の支配もたやすかろう! 」

 男は踏みつけた死骸の頭部を蹴り飛ばした。そして倒れた筈の人間が徐々に徐々にと呻き声とともに体を起こし始めた。

「奴らがここから逃げる事など不可能! 既に次の手は万全に! 完全に! 十全に! 整えられている! 」



〜〜〜





 緩まった表情で最後のクッキーに手を伸ばす戦争屋。だがそれを掴み取る寸前、彼女の表情が張り詰めた糸のように迫真めいたものに変わった。

「匂う…」

 そう呟くと彼女は唐突に立ち上がり、血相を変え個室の外へと走り出した。

「おい、どうした!」

 反射的に私とマグヌス君は彼女の後を追った。

 密閉された個室では気づかなかったが、尋常じゃないそれに思わず鼻を摘まんだ。

「何だこれ……腐臭か⁉︎ 」

「アリトモさん! 外の様子がおかしいです‼︎ 」

 異変は腐臭だけではなかった。心地の良い穏やかさに包まれていた店内の方から聞こえてくる激しい銃撃音。

 狭い通路の先、戦争屋は壁にもたれながらその光景を目の当たりにしていた。

「おう、来たかい……丁度いい。あれが私達の敵、『アンデット』。彼女と戦っているのがそれさ」

 そこで目を凝らして初めて気づいた。

 そこに居たのは、戦争屋と同じく黒色を基調とした軍服に身を包み、目測でもゆうにトンを超えるほど大きな機関銃を両手に持った女性が、休みなく銃口から火花を散らす姿だった。

「なんだ……あれ」

「マイワイフ」

「うっそだろお前⁉︎ 」

 この際女同士とかそういうのはもう気にするところじゃない。それよりもあんな芸当できるのは真っ当な人間じゃない。もしかして本当にこいつの言っていた通り、御技なんてものが……

 絶えず轟音が響く中、女はこちらに気づいたようで手を止めることなく顔をこちらに向けた。

「ああ、元締め気付かれましたか。見ての通り敵襲です。おそらくはこの国の軍人かと、勧誘が終わったのでしたら助力を求めたいのですが……」

「なんてぇ〜⁉︎ 」

 確かに口が動いてるのは見えるんだが、その言葉は機関銃の撃音に掻き消され、うまくこちらには聞こえてこない。

「敵襲です‼︎ 我、助力、求む‼︎ 」

「ごめんフロー! まっったく聞こえない!」

 表情的におそらく怒声混じりの大声でなにか言っているんだろうが、申し訳ないことにその詳細はかすりとも聞こえない。

「あれ貴女を呼んでるんじゃないですか?」

「えっ、そうなの? よくわかったね〜」

「あ〜、なんか通じるところありそうだよね。上官に手を焼いてそうなところとか」

「自覚があるのなら直してください」

「よし、じゃあ軽く蹴散らしてくるわ 」

 鞘から刀を引き抜く戦争屋を見て、マグヌスくんがすかさず止めに入った。

「馬鹿言わないでください! あの銃撃の中、刀一本で突っ込むなんて馬鹿のすることです」

「じゃあ問題ないね! 私は戦争バカだ」

「命を粗末にするなと言っているんです! 残された人のことを考えたことあるんですか⁉︎ 」

 声を荒げたマグヌス君に、戦争屋は面を食らったように黙った後、静かに微笑み、彼女の頭を優しく撫でた。

「ありがとうね、…だが心配には及ばない」

 彼女はゆっくりと体を目の前の惨状の方へ向ける。

「私は何があっても死なないから」

 そのまま彼女は刀を構え立て、一呼吸置くと一直線に、銃弾止まぬ雨の中へと突っ込んで行った。





「フロー、助力に来たよ。敵はいくつだ?」

「先ほどまで六十でしたが、頑丈なのがいくつか居る模様。切り捨てるよう頼みます」

「オッケー、引き続き牽制よろしく! 」

 戦争屋が敵に近づいているにも関わらず機関銃の響く音は止む様子はなかった。

 弾丸の防御壁は向かってくる敵を真っ向から阻む。しかし驚く事に敵は、その弾丸を身に受けようが、身を弾かれてなおその足を止めることなく、前へ前へと着実に距離を縮めてきている。

「ほ〜う、流石の耐久力だ。伊達に死人は使ってないね。だが、意思がないなんて解釈違いもいいとこだ! 全然そそられないね!」

 戦争屋が近づいてくるそれらを一撃で斬り払い、トドメとばかりに宙に残ったその胴体を容赦なくサイコロ状の肉塊へと変える。

 ……改めてぞっとする。先ほども見たがこいつの戦闘技術は常軌を逸したものだ。

 戦場で学んだことは生き残ること。相手は殺すが、敵以上の損害を出さないために無茶をしないのが戦場の鉄則だ。

 しかしこいつのそれはなんだ? 瞬時に相手に詰め寄って反応の追いつかないうちに叩き斬る。まるで盤上のゲームのであるかのようにその一挙一動には、怯えも躊躇いもない。

 相手を殺すためだけに。自分の命も厭わない、窮鼠が猫を噛むように無謀な戦い方。

 だからこそわからない、……なぜこんな奴が今まで生き残ってこれたんだ。

 彼女が兵士を切り捨てる間にも、機関銃からは薬莢が飛び散る。

 当然、弾丸が綺麗に彼女を避ける事はない。

 無防備な彼女の背後を立て続けに銃弾が貫き、鮮やかな鮮血が彼女の軍服をじんわりと滲ませていく。

 だがそれでも機関銃は止まる気配はない。

「何を考えてるんだあいつは……」

「……間違ってる」

 血相を変えたマグヌス君が唇を噛み締めながら、機関銃の女のそばへと近づいてく。

「おや、貴方は確かアリトモの部下の……」

「何をしてるんですか!彼女の姿が見えてるでしょう⁉︎ 聞こえてるなら手を止めてください‼︎ 

「ああ、彼女の心配をしてくださってありがとうございます。しかしご安心を、彼女の特技は死なないことですから」

 機関銃の女は顔色一つ変えず、淡々とした口調で返し、

 マグヌス君の緊迫した表情は、その一言でプツリと切れた。

「何を……?」

 ……戦争屋、彼女の観察を続けている最中でわかったことが一つだけある。

 数多の銃弾を受け、彼女の体は致死量を超えた流血を床に散らしている。だがそれだけではない、頭に当たれば血とは別の何かが吹き出し、当たればその足取りはひどくぶれたものになる。

 にも関わらず彼女は、片膝をつくどころか……。

 にっかりと笑い、ピースサインをこちらに向けていた。



 無数の弾丸が敵を穿つ、一度敵がその肉片を散らしたのなら、彼女はそれらを問答無用に叩き潰し、むせかえるような血の匂いを楽しむかのように高笑いを響かせ続けた。 

 ……そうして無尽蔵と思われた敵の最後の一人にとどめをさすと、役割を終え惰性で回り続ける機関銃のモーター音を残して、室内が静まり返った。

「ただいま〜、いや〜ちょっと張り切りすぎたわ〜。もう全身赤黒いし動きずれぇ」

 愉快そうに笑いながら髪をまとめ上げる戦争屋の足元には、億劫になりそうなほど、多くの兵士の死体が埋め尽くしていた。

 正直言おう、ドン引きである。

「あっ待って、背骨に弾丸食い込んでるわ〜。フロー、ちょっと取ってくんない? 」

「その前にお風呂に入ってください、衛生観点においても見逃せません」

「えぇ〜今じゃなきゃダメかい?」

「いま以上に適切な時があると?」

 機関銃の女に首根っこを掴まれながら、頬を膨らませる戦争屋は店の奥へと連れ込まれていった。

「……ごめんマグヌス君、ここ逃げてきたの間違いだったかもしんない」

 投げかけた言葉に彼女は反応を示さなかった、

 その代わり転がった生首を深刻そうな面持ちで凝視していた。

「どうしたんだ?」

「アリトモさん……これどう思います?」

「どうって。うちの軍人の死体じゃ…」

 突然走った悪寒が、喉元で言葉を詰まらせた。

 最初は血生臭い死体に吐き気が湧いて出たのかと思ったが、

 自重に転がるそれと目が合った瞬間、脳に迸るとてつもない衝撃がそれから目を離すことを許さなかった。

震える足がそれに近く度に、纏わりつくような嫌な汗が全身から吹き出した。

「なんで、ここに…」

「アリトモさん、彼は」

「みなまで言うな。……分かってる、この前弔ったばかりなんだぞ」

 脈打つ生首を抱え上げる。もう会うことはない、そう思って土の下に埋めたこいつの顔を、また拝む事になるなんて思いもしなかった。

「お前、やっと静かに眠れたってのにな……」

「復讐したいかい?」

 その声は顔を覗き込むようにして私に告げた。

「これが今回の事件の発端さ、御技を使ってこれら……元彼女彼らは、死体を利用され操られている。死んでるから死なない従順な兵士。これを軍は”マリオ・アンデット”と呼んでいた。……操り死体とは、名前だけでも製作者の歪みが見えてくるね」

 諦観の眼差しに加え、憂いを帯びさせる声を吐く戦争屋。彼女の濡れた髪と軍服は血液を滲ませた水を滴らせ、その肌にじっとりと吸い付いている。

 そんな彼女の背後からドタドタとけたたましい足音が響いてくる。

「待ちなさい! 貴方まともに洗ってないでしょう!」

「二分ぐらい入れば十分だ!」

「インスタント食品より早い湯浴みに意味があるとでも!? とにかく体は拭きなさい‼︎」

投げつけられたタオルを顔面で受け取り、

 渋々面倒臭そうな顔で戦争屋はいい加減な手つきでタオルを自身の肌に擦り合わせ

た。

「いつ勘ぐられたのかは知らないが、この国は『不老不死』という夢を信じきっている。それも自分の国の軍人を殺して、その死体を研究材料にするほどにね」

バスタオルを肩に掛ける戦争屋、彼女は当たり前のように私の肩に手を回し猫撫を語りかける。

「道は既に一つだけだ。ここで立て籠もるよりかは徹底的に攻めてみるべきだと思うが、…どうする?」

 状況が状況、ここまで来たならもう関係ないでは済まされない。確かに、奇襲まじりの強襲なら確かに早い方がいい、だがそれよりも……、

「戦争屋、アカネは……こいつらは生きてはいるのか?」

 その問いかけに、最初は口を濁していた彼女だったが、溜息をこぼすと私の目を見つめたまま重く口を開いた。

「……いや、蘇生行為を行っても内臓が機能していない。名前通りマリオ・デット、操り死人だ。何か期待してるようなら悪いが無駄だろうね」

「そうか……いや、そうだよな……済まない」

 とっくの昔に痛感した事だ、死んだ人間が二度と帰ってこない事なんて。そう理解していても可能性があればとどうしても期待してしまった。

「アリトモさん…謝らないでくださいね」

 私の心中を察するようにマグヌス君は凛然とした口調で私に言った。

その意味も分かっている。謝れば私は救われた自らの命を後悔することになる。

彼らによって私は生かされた。しかし知らないうちに手に入れていた不老不死の力によって彼らの眠りを妨げてしまった。

「許されたいが為に謝るのはただの自分勝手だ」

だからこそ、私は進まなくてはならない。彼らの死をこれ以上弄ばれない為にも─。

 固めた覚悟と吸い込んだ息を大きく吐き出し、

「……戦争屋、俺は何をすればいい? 誰を討てばいい? 」

「アリトモさん幾ら何でも話が飛びすぎです! 」

 マグヌス君は鬼気迫る表情で私の目の前に立ちふさがった。

「冷静になってください! いくらあなたが死ににくいとはいえ、国を相手に革命でもしでかすつもりですか⁉︎ 」

「革命だろうがなんだろうが関係ない、私は戦争を終わらせる」

「そうとも、戦う心にわざわざ理論立てする必要はない。害する敵は殺す。実に単純で分かりやすい。なぁに安心したまえよ、戦力も武器も城を落とす程度ならすぐにでも用意できる」

 そう話した戦争屋は肩にかけていた腕を組みはずし、手を叩きながら周囲へ呼びかけた。

「ミハイル! フローレンス! そういうわけだ、急遽ながら予定を早め、王城に潜入する。ミハイルは武器の用意、フローレンスはオカダ達に連絡しておいてくれ」

「その前にその血塗れボロ雑巾になった軍服をはやくお着替えなさい。みっともない」

 呆れた様子で機関銃の女が、戦争屋の軍服を引っぺがしタオルを被せ、叫ぶ彼女にお構い無しとばかりの力で戦争屋の体を無造作に拭っている。

「ちょっ、ま…痛い痛い! 禿げるって! そんなに強く擦られたら頭禿げるって! 」

 しかめっ面で戦争屋を睨むマグヌス君、私は戦争屋に聞かれないようこっそりと彼女に耳打ちした。

「安心しな、私は変わらない。あいつが俺を利用しようとするなら同じ事をするまでだ」

 それを聞いた彼女は一瞬だけ顔を強張らせ、威圧的な口調で戦争屋に近づいた。

「戦争屋……貴女の目的はなんです? アリトモさんを誑かし、あまつさえ戦場に駆り立てようだなんて、いったい何を企んでいるんですか」

「先ほど述べた通りだよ、この国は道を外れた。それにみんな戦争に飽きて来た頃合いだろ?」

 タオルからちらりと顔を覗かせ戦争屋は、神妙な顔つきで倒れている兵士の方へ視線を向け、その唇を湿らせた。

「私はねェ、殺しも戦争も好きだよ?でもね、そりゃ私の個人的趣味の話で、赤の他人を巻き込むほどのものじゃない……誰かが苦しむ顔は見たくないんだ」

「……貴女は矛盾している」

戦争屋は乾いた笑いで返す。

「だがそれって、完璧って言葉よりも人間らしいだろ?」

 睨みつけるマグヌス君に、笑い混じりに戦争屋が返す。

 ……こいつがどんな人間なのか、今だによくわからない節がある。戦争が好きと言っておきながら、その行動には欲求だけではなく、この国の実態を知りそれを許せないという善性の様な物も見せている。それを端的に表す言葉があるなら矛盾という以外に見つからない。

だからもし、こいつが彼女の前で国を変えてしまう奇跡を見せようとしているのなら…

「この国が戦争の果てに見出したのは、不老不死という悪夢だ。例えそれで今回は勝てたとしても、その次の戦争はどうなる? 互いに死なないのならばそれこそ欲をかいて永遠に終らない戦争を繰り広げ続け、多くの人間を苦しめることになる…」

一度瞳を伏せ、ニタリと笑みを浮かべ

「だから、私たちが終わらせる!」

そうしてかぶっていたタオルをマントのように羽織り、人差し指を天高く掲げる。

「戦争を終わらせる為に戦争をする、そのための戦争屋だ!」

 マグヌス君の未来を守るために、俺はこいつを利用し尽くしてやる

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