第6話

 カフェテーブルの上に、機関銃の女が王城周辺の地図を広げ、戦争屋はそこで一つの部屋を指差した。

「ここだ、統括室。そこに今回の黒幕ヤコブ・アンカーストレイムがいる。彼は前国王の暗殺を行った国王の補佐として、実質この国の実権を握っている。今回の我々の目的は彼の抹殺と、その研究資料の破棄が第一だ。各自それを意識してくれ」

「ならどうして貴女は、優雅に紅茶を飲んでいるんですか? 」

 苦虫を噛み潰したような顔で尋ねるマグヌス君に、戦争屋はカップから漂う香りを味わいながら満足そうに微笑みを見せた。

「マグヌス君、私たちが向かうのは文字通りの死地だ。肉体、精神ともに追い込まれることになる、そんなときのために安息の地固めが大切なのだよ。これは万全を期すためにも、必要なことだ」

「なにを根拠に…」

「そうだ、まだメニューにも出してないのがあったな。確か……果実をふんだんに使った特製ミル・クレーp」

「素晴らしいですね、やはり休息は必要かと」

 差し出されたケーキを一目に、彼女はやや食い気味に受け取った。

 ……いいように扱われてないか?

 その様子に微笑を浮かべる戦争屋だったが、ふと何かを思い出したように周りをキョロキョロと見回し始めた。

「そういえば、ミハイルはどうした? 」

「ああ、彼ならそこのカウンターに隠れています」

 地図に書き込みを入れる傍ら機関銃の女ことフローレンスが、カウンターを指さした。

 そこからガタンと鈍い音が響き気になって覗くと、先ほど店で料理を運んでいた、銀髪の少年が頭を抱え悶えていた。

「あ〜……大丈夫か?」

「ぴゃゃっ! 」

 私が声をかけると少年は声を裏返し、慌ただしくウーデンの体の影に隠れ、そこから少しだけ顔を覗かせた。

「……私なんか嫌われるようなことしたか?」

「彼は人見知りのきらいがあってね、申し訳ないが慣れるまで待ってくれないか? 」

「それで接客なんてできたのか? 」

「なんとなく手順さえ決まってれば出来るってことない? 」

「……まぁ、わかる気がする」

「それよりミハイル、お客さんたちは大丈夫か? 」

 戦争屋の言葉に必死に答えようと、どもりながらもミハイルは、はっきりした声を出した。

「はっ、はい! ウーデンさんに言われた通り、お客さん達は勝手口から避難して頂きました! 」

「……ウーデン?」

「あっ」

 マグヌス君が繰り返すと少年は顔を真っ青にし、その様子を見て額に手を当てながらフローレンスが重くため息を吐いた。

「カラシニコフ……。戦争中は彼女の名前は読んではいけない。そう言いましたよね……?」 

「ごっ…ごめんなさい! あれだけ注意されてたのに! 僕」

「……構わないよ、どっちにしろ今回は派手に動きすぎた。どうせ御技も不死身も奴の入れ知恵だろうし、今更気にする事じゃない」

「ウーデン……」

 その名前を改めて口にする。するとそれまで素性の知れない、同じ人間かどうかも怪しい彼女は、同じ人間だったのだと、少しだけ安心感が生まれた。

「こんな時に名乗るのもなんだが、改めて……」

 そう言って彼女はゆっくりと歩み寄り、愉快そうに笑みを浮かべた。

「不老不死の御技持ち、スリアンヴォス・アンスポロ・ウーデンだ。呼び方は君達の好きなように、何だったらちゃん付けでも構わないぞ! 」

 不老不死……それがこいつの御技という物の能力か。もし文字通りのものならとんでもなく厄介な相手だな……。

「なるほどウーデンか、ところで名前のどこが問題なんだ? 何やら深刻そうに見えたが……」 

「むぅ……さらっと流された悲しみはあるが、特別君たちに関係あることじゃない。ただ私にとって都合が悪いだけだ」

 気になる言い方でどうにも引っ掛かるが、掴み所のないこいつのことだ。問い詰めたところで、きっとはぐらかされるに違いない。

 ……それに、隠し事があるのは戦争屋だけじゃないしな。

「ところで彼はいったい? 見たところ貴方と同じ軍服を着てるで様ですが……」

 マグヌス君の視線に反応し、少年は身をビクッと揺らし身を強張らせる。

「あぁ、彼はうちの武器開発と製造の担い手のミハイルだ。ほら、ミハイル挨拶して」

「は、はいっ!あ、あの……」

 ミハイルと呼ばれた少年は顔を赤らめ、モジモジと落ち着きがなかったが、やがて意を決したように大きな声を出した。

「ミ、ミハイル・カラシニコフです! 特技はえーっと……機械弄りと武器を作る事です!」

「よ〜し 良くできたね〜偉いよ〜! 」

「……子供も戦わせるのか?」

「まさか、彼は根っからの技術者だ。戦闘なんてさせないよ」

 そう嫋やかに笑みを浮かべ、戦争屋はミハエルの頭を優しく撫でた。

「ありがとうね、おかげで誰も犠牲にならずに済んだ」

 その言葉を聞いたミハイルは恥ずかしそうに、あたふたとしながら身振り手振り繰り広げる。

 それにフローレンスが軽く息を吐く。

「まったく貴方は甘やかしすぎです、少しは厳しく接して頂かないと彼の教育にもよろしくありません」

「えぇ〜、せっかく二コフが初対面に向かって挨拶できるようになったのに〜? いつもなら君の方が真っ先に褒めてるくせに」

 頬を膨らませる戦争屋にフローレンスはすぐさま視線を逸らした。

「……私だって頑張っていたんですがね」

 耳が真っ赤にし、聴こえるか聴こえないかの小さな声。

 そしてその後の不自然な沈黙、中心にいる戦争屋は何か嫌な雰囲気を醸し出していた。

「……アリトモ君、潜入は明日でもいいかな? 私とフローは、………そう、ちょっと8時間程の休憩に入るから。あっ、二コフを部屋に入れないように遊んどいてくれないか?」

 戦争屋の眼差しが先ほどの戦闘よりも鋭く光っている。

 なんかよく分からんがガチだ。

「何を言ってるんですか‼︎ オカダたちの話では、前線にいる兵士がこちらに帰ってきてるんですよ! 今日やらないでいつやるんですか‼︎ 」

 抱きつこうとする戦争屋を、寸前でいなすフローレンス。そんな彼女の背後には既に離戦争屋が回り込んでいる。しかしフローレンスはあらかじめ察知したように見事な回し蹴りを炸裂させた。しかしその攻撃も戦争屋が片手で受け止めたせいで大したダメージにはなっていない。

 ニヤリ笑い、勝機を確信した戦争屋はすぐさまフローレンスに手を伸ばす。

 フローレンスの一呼吸に呼応するかの如く、止められた右足は片腕ごと戦争屋を吹き飛ばし

壁へと埋め込んだ。

「なるほど今日は腕と足の強化か! 」

 そう血を吐いて笑い声を響かせながら戦争屋が身を乗り出し、フローレンスまっしぐら。

 その打ち合いの凄まじさやいなや介入する暇など全く与えず、いろんな意味で止めに入ろうなどと考える気すら起きなかった。

「……何を見せられてるんだろう、これ」

「さぁ……」

 そんな光景をただひたすら眺めているとふと、緊張ぎみの震え声でミハイルが小さい声で語りかけてきた。

「あの、お二人はその……」

 彼は煮え切らない様子で話し始めたかと思えば、意を決したように突然、

「武器はお好きですか⁉︎ 」




 店のキッチンカウンター数々の調味料や茶葉が瓶に詰められて置かれており、一見するとただのお洒落なカフェにしか見えない。

 しかしその裏に隠れていた部屋には、幾万と呼ぶべき人殺しの道具、見たことのない機械類の類が部屋を埋め尽くしていた。

「すごいな、店の棚の裏がこんな風になってるとは……」

 私とマグヌス君はその異質な雰囲気に脚を踏み込むのに躊躇していると、ミハイルは無邪気な笑顔を向けた。

「あぁ、心配なさらずともウーデンさんとフローレンスさんは、ああしてよく遊んでらっしゃるんですよ」

「いやそっちじゃな……心配、遊……えぇ?」

 日常茶飯事なのか、そうだとするとフローレンスの気苦労は察するに余りある。

 関係は無いが、これからはあまりマグヌス君に迷惑をかけないようにしよう、そう心に誓った。

「ん? これには見覚えがあるな」

 手に取ったそれは記憶に新しい黒い物体。思えばこれのおかげで私とマグヌス君は軍を追われ、こんな危険な作戦に参加せざるおえなくなった。そう思うと結構……、

「ムカつくからパクるか……」

「あ、あの…アリトモさん、これ良かったら」

 緊張気味に声を震わせながらミハイルは、厳重に閉ざされたジュラルミンケースから、やたら滑らかな形状をした拳銃のような物を私に渡してきた。

「……見たこともない型だな。弾丸の装填箇所も見当たらないし、銃口に穴も空いてない、これって本当に銃か?」

「いえっあの、えっとこれは、弾丸がいらない銃、なんです」

「……どう言う意味だ?」

 私がそう聞き返すと彼はたどたどしかった態度から一転、興奮気味な声調で語り始めた。

「はっ、はい! これを私達は光弾銃と呼んでいていて使うのは弾丸ではなく、内蔵したコイルを利用していて、そこに蓄えらた電気エネルギーが銃の形状より大きな……! 」

「うんうん、そうか〜…」

 まったくわからん。

 嬉々として話すミハイルの言葉は、どれも初めて聞いたものばかりで、これっぽちも分かる気がしない。ただその熱量から凄いものとだけは理解できた。

 そろそろきつくなってきたが、こんなに楽しそうに話す彼の言葉を遮るのは少々、……いや、かなり気が引ける。助けを求めたくも、こんな時に限ってマグヌス君は、なにかしらの機械に向かって鍵盤を打ち込むばかりで、気づくそぶりすら無い。

「まずは習うより慣れろだと思うよ」

 隠し扉の入り口で、もうそれは着ているのかと疑いたくなるようなボロボロの軍服で壁にもたれながら戦争屋はため息を小さく吐く。

「準備のほどを進めといてくれないか、……悲しい事に今日の予定は潜入しかやる事がないからね……」

「当たり前です! しばらく反省なさってください、まったく、今日中に蹴りをつけると言っておきながらあなたは! 」

 先ほどまでの勇ましさは何処へやら、今はぐちぐちと文句を垂れるフローレンスの言葉に言い返す事もせず、それをじっと堪え聞いている戦争屋、その姿はまるで捨てられた子犬のような哀愁を帯びていた。

 そんなことおかまいなしとばかりにマグヌス君が戦争屋に尋ねた。

「戦争屋、結局これはなんなんですか?」

「ちょと私傷心中……」

「知るか」

 冷たくあしらうマグヌス君に、戦争屋が口をとがらせながら銃を手に取った。

「これは普通の弾丸は使わず、代わりに高密度の光の粒子をぶつける。使い方は普通の銃と一緒、トリガーを引くだけさ。簡単だろ?」

 説明し終えた彼女は銃を私に投げ返し、ボロボロになった自身の袖を引きちぎると、あげた片腕に指差した。

「じゃあ試しに私の腕撃ってみな」

「わかった」

「……流石にもう少し躊躇って欲しかったな」

「どうせ御技とやらで回復すんだろ? 」

「それもそうだけどさ……あっ、角度はこのぐらいでいいかな? 」

「……高度な笑いですね、私には理解しかねます」

 息を殺して銃を構える。そうしてトリガーに掛けた指をゆっくりと、

 


 

 …それはどの様に表現するべきか、熱の塊というべきかそれとも別の何かなのか。

 ポトリと落ちた腕は、穿った円形状の箇所から焦げ臭い匂いを発していた。

鉛や鉄とは別次元の、とてつもないエネルギーの何かだということは理解できる。

 とにかくそれはトリガーを引ききると一瞬で眩い楕円形を発し、一瞬で戦争屋の腕に風穴を開けた。

「それは『光』だ、高密度の電子の塊。……それこそがそいつの最も恐ろしい所でね。どんなに厚い装甲だろうが、こいつにかかりゃあ虫眼鏡越しに熱せられた紙も同然! 当たった箇所は熱にやられて、勢いそのままに貫通する仕組みさ!」

「嘘だろ……」

 そんな突飛な技術、再現するにもこの国でもどれほどかかるか……。

 いや、威力だけじゃない。それ以上にわざわざ装填や、残弾数の心配を必要としないのはこれ以上にないほど大きな利便性を持っている。

「……戦争屋、あなた腕落ちたままですよ」

「ん? ……ほんとだ。弾着部分が焼けたからかな、まぁ少しすれば元に戻るだろう」

 そう言ってしばらく経つと、落ちた腕はひとりでに動き始め、ちぎれた箇所に吸い寄せられるように筋肉繊維の接合を始めた。

「ほらね」

 その一連の様に、戦争屋は得意げに指を動かしている。

 アンデットの戦闘の時とは違い、今のは再生する間にそこそこの時間があった。

 推測だが損傷具合によって、失ったパーツがなければ補填が利かないのか、もしくは大量のエネルギーを消費するからなのか。……もしこいつへの対抗手段があるとするならこれだろうな。

「そいつは君にあげるよ。少々癖の強い銃だが、まぁ君ならうまく使いこなせるだろう」

「……言っておくが、私はまだお前を信用してはいない」

「そりゃそうさ、互いに後ろ暗いワケがあるしね。君は彼女の為に戦う。私は革命のために。今はその関係でいい」

 戦争屋はからかう様にケタケタとした笑いながら、その場を後にした。

 僅かな間だが、奴の力は信頼できる。戦争を終わらせるという理念にも共感できる。しかしこのままこいつの口車に乗っていいものなのか?

 こいつらは今まで他の国にも対等以上に渡り合ってきた。

 そんな奴らが、戦争を終わらせるための大義として、半島中の人間を殺して周ると

でも言い出せばどうなるか、事実奴らにはそれほどの力がある。

「もっと慎重に行動すべきか……」

 そんな中、ミハイルは眩いばかりの眼差しを私に向け言った。

「アリトモさんすごく格好よかったです! 構えてる姿とか、なんというかその……すっごく憧れます! 」

 幼さ故の語彙力で一生懸命伝えようとするその姿。

 ……懐かしい。どうやら私という人間はその無邪気さというものに、どうしても警戒心を絆してしまうらしい。

「他の武器も見せてくれるか? 」

 私がそういうと、彼は嬉しそうな顔で力強く頷き返した。

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