第7話


〜〜〜〜


 嬉しそうに話すミハイルへ、微笑みを向けてその話を聞いているアリトモ。

 そんな彼の様子をカウンターの椅子に腰掛けながら、マグヌスはそっと頬を緩ませた。

「やっと笑ったね」

 ウーデンがかけた言葉に彼女は思わず身をビクッと揺らす、

「……何のことですか? 」

「アリトモ君のこと心配してたんだろ? 」

 微笑を漏らしつつマグヌスの隣の席に腰掛けながらウーデンは、懐から取り出した細長い喫煙具を口につけ、そっと静かな息とともに白煙を吹かせている。

 それにマグヌスは面倒臭そうな顔つきで返した、

「ああ見えてあの人は責任感を背負いやすい方です。あまり負担をかけないで頂きたいのですが……」

「ハハッ確かに。……彼は軍に務めて長そうだが、君にご執心のようだね。一体どんなご関係で? 」

 マグヌスは無愛想な口調に加え、突き刺すような鋭い眼差しを彼女に向けた。

「それは貴方が知る必要のあることでしょうか? 」

「無論あるとも、私は彼が好きだからね。………待った、言い方が悪かった。だからあばら掴むのはやめて痛い痛い! 」

 爪を食い込ませるマグヌスの手を無理矢理ひっ剥がし、自身の肋骨を撫でながらウーデンは、

少しだけ顔をうつむかせた彼女を見て、ため息交じりに息を吐いた。

「いつ死ぬか分からない戦場で、そこまでの信頼関係は強固なものだが、危ういといっても良い。どれだけ互いが大切でも……いや大切だからこそ別れはやって来る」

 じっとその言葉を聞き続ける彼女に対し、戦争屋が冷たく厳粛な、殺気にも似た空気を纏わせた。

「その覚悟……君はともかく、アリトモ君は出来ているようには思えないな」

 声掠れではっきりと、告げられたその言葉の意味を彼女は理解している。ウーデンがアリトモに固執する理由はなんであれ、彼についている自分という重しが、戦争屋にとって余分なものであるからだ。

「……アリトモさんは、戦争孤児になった私を拾ってくださいました。その時から私はあの人のために生きようと誓い、軍に身をおいています。ですが……確かに貴女の言う通り、私たちには死ぬ覚悟はあっても、離別する覚悟はないかもしれません」

 それに対し、戦争屋はマグヌスの肩に腕を回しながら、俯いた彼女の横顔を瞬きもせず見つめ続けた。

「分かっているなら話は早い、君達のそれが親愛ではなく、共依存だということも分かっているかい? 」

「エゴだと分かっていてもそれが私にとっての幸せです。……その気持ちを、一時のものにはしたくありません」

 そう言った彼女の視線の先では、アリトモが銃を片手ににミハイルと話している。なんとも言えない面持ちのまま、彼女はそっと声を漏らした。

「この人の力になりたい、そう願っていても私一人では戦争を変えることは出来なかった。結局は怪我をしたアリトモさんを野戦病院に運ぶことすら精一杯で、前線期間を終えて王城で仕事を行うようになってからも、彼の心の翳りを未だに拭うことはできていません」

「翳り《かげ》? 」

「十万以上の軍人が衝突しあった先の戦争、そこから無事にこの国に帰れたのは百数人ほど、

決して少なくない死者の中には、アリトモさんが最も信頼を置いていた部下も含まれており、彼の目の前で命を落とされました」

「なるほど……そういったわけね」

そう頷くウーデンに、彼女は続けて言った。

「アリトモさんの弱点はそれです、彼は極度にだれかを失うことに怯えている。おくびにも出しませんが……」

「敵が狙うとすれば、そこをだろうね」

「アリトモさんは私を気にかけてか、自身の悩みすら私に打ち明けません。何を聞いてもはぐらかされるばかり……しかし時折見せるんです。視線が私を通り抜け、どこか遠くを見ているその表情。……あぁ、この人の心の翳りは拭えない。少なくとも原因である私では」

 唇をかみしめ、彼女は自らの不甲斐なさを恨むように、強く拳を握りしめる。

「アリトモさんはどこかで私を引き離して、一人で死にたかったのかもしれません。……しかし、私があの人の部下でいる限りあの人の心に枷をつけてしまう」

 そうして彼女は、意を決したように息を吐き、

「……戦争屋、私にもしもの事があったら、その時は」

 彼女の言葉を遮り、ウーデンは彼女の顔に煙を吹きかけた。

「けっほ、けっほ…何をするんですか!」

「ダメだよぉ、私は君の代わりになるなんてまっぴらだ」

 咳き込む彼女の頭を撫で、戦争屋は穏やかな微笑を彼女に向け言った。

「君にもしものことがあったら。……その時には、一緒にアリトモくんに拳をお見舞いして発破をかけてやろうじゃないか。私は貴方をおいては死ねませんってね」

「……それではまるでプロポーズです」

「良いじゃん、アリトモ君みたいなのには直接言わなきゃわかんないんだから」

 そう笑う戦争屋に、マグヌスは呆れたようにため息をつかせた。

「貴方じゃあるまいし、そんな馬鹿正直なことはできませんよ。……ですが」

 下がっていた彼女の口角が少しだけ緩ませる。

「そうですね、……そんな風にできたらいいですね」

 マグヌスの表情は先ほどの思いつめた様子から一変し、柔らかく温かみのある笑顔を見せる。

「休憩は十分かな? それじゃあそろそろ」

 軍帽を深くかぶり直し、軽く咳払いをする。

 辺りの雰囲気が一気に引き締まるその中心で、彼女は声高々に言った。

「これから我々は王城に潜入し、一番の目的であるヤコブ・アンカーストレイムの誅殺を行い

、戦争の終結を目指す! 他人の命を弄ぶ人体実験などもってのほか、我らの道を阻むものは構わず殺せ! 平和云々は後回しで構わない、私達はこれより、この国に革命(レヴォリューツィア)を起こす!」




〜〜



 水滴が滴る音が枝分かれに反響を続ける。

 真っ暗なその道は、歩けば歩くほど湿気が肌にまとわりつき、ランタンはそのせいでガラス部分に結露ができている。

 それを片手に携えながら、戦争屋が先導して歩き、道中軽い解説を交えた。

「これから攻め入る王城は、四方を海に囲まれており、入る際には唯一掛かってある橋での身分検査が必要になる。しかし少ない人数で大多数を相手取るのは余計な時間がかかる。だからこそフロー達と別れて街の下水道から、城に通じている地下水路を歩いてる訳なんだが……」

 戦争屋は歩きながらマグヌスくんに顔だけをを向けた。

「なんで君、地下水路の地図なんて持ってたんだい? 」

「元々私は、軍で実戦と書類整理を行っていました。その中でこの地下水路に関する書類があったので気になってとっておいたんです」

 マグヌスくんは淡々と当たり前のように返したが、それってつまり軍の書類を無断で盗んだってことだよね?

「盗んでいません、少々拝借しているまでです」

「……今私声出てたかい?」

「いえ、顔でなんとなく、というかだいぶ今更なんですがこっちで方角はあってるんですか? ここなぜかコンパスも使えないので方角もわからないのですけど…」

 確かにここの地図を見るに、水路は何層にも重なり、絡み合うように作られている。城への道筋以前に自分たちが何処にいるのかすらまともに把握できていない。

 それに対し戦争屋は懐から小型の機器のようなものを取り出すと私の方に投げつけた、

「携帯通信機だ。フローが同じものを持っているから、距離が離れすぎない限りは位置の共有ができる。受話器のボタンを押してくれれば連絡が取れる」

 指示された通りボタンを押すと、端末はしばらくの雑音の後に聞き覚えのある声を発し始めた。

『こちらフロー、盗聴の恐れがあるので本名は控えさせていただきます。私と二コフは王城の顔パスを通過し、今城内部の合流地点に向かっています。やはり元締めの予想どうり私たちは問題なく通れました』

「そうか……やはり認識していないのか」

「どういうことだ?」

 戦争屋の言葉を補足をするように、フローレンスが通信機越しに話を続ける。

『私達はこの国から敵として認識されてることは間違い無いはず、しかし私と二コフが通った時に兵士達は特に関心を抱いてる様子も無く、いつも通りの仕事をしているように見えました』

「それって、……一般の兵士は私達の裏切りを知らないで過ごしているってことか?」

「断言はできませんが、さきほど橋の警備が私に花束を贈ったのを考えるに敵意があるようには思えません」

 戦争屋が私から端末を奪い取った。

「あっはっはっ‼︎ フロー、そいついったいどんなやつだい? あとで少しお話ししたくてね!」

「何を勘違いしているのか知りませんが、確か貴方の話ではそちらのお二人をスカウトした折に、軍人に催涙ガスを投げつけと仰いましたよね?」

「ああ、こっちにしちゃ好都合だが、普通そんなことをしでかしたら当人達から情報が伝わってるはずだ、それを知らないとなると……恐らくだが既に」

 その言葉を遮るかのように、硬い何かが落ちた音があたりに反響する。

「……」

 それが鳴りを潜めた後でも次第次第に緊張は募っていき、水滴が落ちる音だけが耳にこびりつく。

 戦争屋がゆっくりと手持ちの通信機を口に近づけ静かに語りかける。

「……フロー、急だが障害が発生した、先にに行動しといてくれ」

 纏わりつくような嫌な湿り気が体を包む。それに連れ、床の水音が弾かせながら呻くような声がそこらじゅうから聞こえるようになった。

「どうやら囲まれているようですね、大まかですが規模は二、三十ほど……。やり過ごす手段はなさそうですね」


「あぁ、だが食後の運動には丁度いい。それに見てよ、あの子めっちゃ可愛くない?」

「お前、前向きにしては歪みすぎやしないか? 明後日の方向むいてるぞ」

「まぁ、無事な明後日があればそんな妄言も許されるでしょうね」

 光弾中に手を伸ばし、刀を抜き、軍服の袖を引き上げる。

 それぞれが得意とする得物で構えを作り、荒い息遣いをする全てに意識を向ける。

「そろそろ来るぞ! 」

 戦争屋のその言葉をきっかけとし、大量のアンデットが甲高い奇声を発し襲いかかってきた。

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